負い目背負ったままずっと生きてくよか断然マシだ

 宇宙船から出ると、すぐに階段へと続く道に繋がっていた。等間隔に備え付けられたフットライトを頼りに、ごつごつとした揺れる岩の階段を倒けつ転びつ駆け上がっていった。


 彼らが古ぼけたトーチカの中から出てきたのは午後11時27分頃で、守田は地上に出た瞬間荒くなった息を整えようと地面にへたり込んだ。しかしその暇も許さんとばかりに地面が裂けはじめ、トーチカや周りの草木などがその中へ崩落していくのを見て、慌てて距離をとった。


 地響きと共にそこから何かが迫りあがってくる気配がした。地下で見たどでかい施設そのままの形をした、銀色から黒に変色させた宇宙船だ。


 直径1キロはあるその宇宙船は、空に向かってゆっくりと浮上し、辺り一面に影を作った。映画のような綺麗な船尾灯や、エンジン音や機械音もなく、空の闇に溶け込むように浮上していく様を、守田はあんぐりと口を開けて見守っている。


 宇宙船はそのあとも上昇を続け、地上から約500メートルのところで姿を消した。夜空は元の姿を取り戻し、呆れかえるほどの静寂が訪れる。


 二人はなす術もなく、ごっそりと消えた景色の代わりに空いた巨大すぎる穴の底に目を落とした。闇が深くて何も見えない。先ほどまでの出来事を消し去るようにそれは空いていた。そこから吹き上げてくる生暖かい地熱で、二人の髪が揺れている。


 プレアは、緊張の糸が解けた人形のようにへたり込み、なぜか突然大声を上げて泣きはじめた。


「恵子に、恵子に見られた、うあああああん」


「はあ? 何を見られたんだよ」


「見られた、恵子に見られた、うあああああん」


「だから何を見られたかって聞いてンだろ!」


「も、紋よ、紋様、うああああん」


 同じ宇宙人ならともかく、好きな人の前で紋様を見られることは生き恥を晒すことと同じで、須賀理が始終うつむいていたのは自分のせいで完全に嫌われたと思いこんでいる。プレアにとってそれはとても恥ずかしいことだったのである。


 守田は呆れ混じりにこう言った。


「ハッ、あいつがンなこと気にするタマかっての。むしろ喜んでるぜ、やっと本物の宇宙人に出会えたってな。それにクラスメイト、あいつの当てずっぽはまさかの大当たり。……て、つまり賭けはアイツの勝ち、か。なぁ、それよかコレ外してくれよ」


 プレアが泣きながら守田の手錠を外し、穴に向かって八つ当たるようにそれを投げつける。


「俊雄の見解なんて聞いてない」


 守田は、あの勇ましかった姿が嘘みたいに泣き崩れる少女を見てふと思う。あの戦いは本当に凄まじかった。現実とは思えない光景だった。守田はそんな彼女を労い慰めてやろうと、まず自分のブレザーを脱いで彼女の肩に被せてやった。


「お前、やっぱ宇宙人だったんだな。なんでロシア人って嘘ついたンだ?」


「違うし」


「クク、この期に及んでまだンなこと……じゃあ試してやる。宇宙人って10回言ってみろ」


 プレアは泣きながらも律儀に守田の言うことに従った。言い終わったのを確認した守田がプレアに問題を出す。


「じゃあ、あなたは何人なにじんですか?」


 プレアはピタリと泣き止み、ほんの少し考えた後にこう言った。


「プレアデス人」


「ぶわはは、ホーラ引っかかった、やっぱ宇宙人じゃねーか!」


「違う、私から見れば、俊雄も宇宙人」


「う、そりゃまぁそーだが……あ、こんなのはどうだ、プレアデス人が自分の青い血を使って味噌汁を作りました。それを飲んだ俺はなんて言ったと思う?」


「……」


「ブブー時間切れー! 答えは、あー美味ち青い血、でした、ぶわはは」


 プレアがひとり笑う守田を冷めた目で見つめ、鼻を大きく一回すすって立ち上がる。


「こんなことをしている場合じゃなかった。恵子を助けに行かないと」


 守田は、自分を置いて立ち去ろうとするプレアを慌てて追いかけながらこう言った。


「オイちょと待てよ、行くってどう追いかけンだよ」


「俊雄には関係ない」


「は? どの口が言ってンだよ、関係ありありだっつーの。インペリアルなんとかってのを取りに行くンだろ? だったら俺もいく」


「無理」


「はぁ? なんで無理なンだよ」


「俊雄を危険な目に遭わせる行為は恵子の意思にもとる行為。だから連れていけない」


「ちょ、待てって。話はまだ終わって、」


 守田は、一方的に話を終わらせて去ろうとするプレアにむきになり、意図せず彼女の左手を掴んだ。


「痛……ッ」


 守田は、痛がるプレアに反応して即座に手を放し、藍の染料を湿らせたような布切れを見て、悲痛に顔を歪める。


「悪ぃ……傷の忘れてた。まだ痛ぇよな、ほんと申し訳ねぇ」


 守田が気まずげに謝ると、プレアは安心させようとやさしく微笑みを返した。


「大丈夫、時間はかかるけど、修復するから」


 守田は痛感した。痛みを堪え、必死になって戦ってもあの男は倒せなかった。プレアは、守田の知らない地球の外側では、そんな戦いが無数に待ち受けている事を言いたいのだ。


 ――なるほど、ハンパな気持ちじゃ連れてけねえってか。


 拳を握りしめ、固唾を飲む。


 ――だからって、ここでイモ引くなんてゼッテー出来ねえ。


 なんてったって、部長を救うのは部員の務めだからよ!


 守田はプレアの切実な思いを受け止めた上でこう言った。


「お前あのとき俺に言ったよな、須賀理のこと頼むって。あれは俺の中でまだ続いてンだよ」


 守田は、金髪の美少女に見つめられて少しだけ目を逸らし、改めてこう続ける。


「まぁ、俺がついてったところで役に立つかなんて分からねえ。お前のように、ぴょんぴょん飛びまわってチャンバラなんてマネ到底出来っこねえしよ。けど、だからどうだってンだ? 考えてみろ、お前もあの宇宙人のおっさんも俺がどんなヤツかまで知らねえよな? てことはつまり俺は、ってことになる」


 プレアは守田の言葉を理解するのに必死だった。


 ――ハッタリ半分、本音半分。ここで一気に片を付ける。


「地球人代表守田俊雄はサッカーでいうところのスーパーサブだ。お前にも、あのいけ好かねえ上から目線の宇宙人ヤローにもけして出来ねえことをやってのけ、アディショナルタイム1分ギリギリのところであのクソウルセー部活仲間を救ってやるのが俺の使命だ。もちろん須賀理だけじゃねえ、ひとり抱え込んで困り泣く、ほっとけねえ宇宙人のダチも俺の守備範囲だ。自分で言うのもなんだが、こんな秘密兵器押し入れン中にしまっとくなんて宝の持ち腐れだろ? だから頼む、ゼッテー損はさせねえ。俺を連れてってくれ」


 ――昨日までの俺ならたとえ頼まれたとしても、絶対についていかなかった。明らかにこれまでの自分を全否定する矛盾的行為だ。しかし、自分を曲げてでも決意を固めたのは理由がある。ダチを救うこと。それと、でけぇ一発を貰った借りをあいつに返すためだ。


 守田の揺るがない決意の矢が、プレアの心の的を見事に射抜いた。


「……多分これから先は俊雄の身の安全を保障できない。それに二度とここには戻れないかもしれない……それでも意思は変わらない?」


 守田が胸の前で拳どうしを突き合わせる。


「へっ、上等ヨ。負い目背負しょったままずっと生きてくよか断然マシだ」


「……分かった。ついてきて」


 プレアがそう言って再び歩きはじめた。勇ましく歩くその後ろ姿を守田は追った。


「で、何から始める?」


「宇宙船を隠してある場所に案内する。……ププ、秘密兵器」


「だあっ! あ、あれはその、たとえだっての!」


 プレアの笑い声がこの場において何よりの救いだった。だが、これでもう後戻りすることはできない。守田は強がるような笑みをひとつ浮かべ、力強く地を踏みしめた。

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