支配の鍵(インペリウム・クラウ)
「閣下」
聞き覚えのある紳士的な野太い声に、守田は背後を振り返った。そこには軍服を着たあの鰐顔の男と、その後ろに全身白ずくめの甲冑を着た大勢の兵士たちが、明らかに地球の物とは思えない前衛的なライフルを持ち控えていた。閣下と呼ばれたのはもちろんこの男である。
「なかなかよいタイミングだ同志バロッツ。よし、そこの眼鏡女を捕らえろ」
プレアはその言葉に反応して須賀理の元へ駆けようとするが、黒づくめの男ストラフに止められる。
「待て小娘。動けば、あの女を即座に殺す」
須賀理に向かって一斉に銃が構えられ、プレアは成す術もなく悔しげに立ち尽くすしかなかった。バロッツと呼ばれた鰐顔の男は、命令通り須賀理を捕らえようとするが、そこへ守田が立ちはだかり、上から目線でこう言った。
「おっと、ンな蛮行この俺が見過ごすとでも思ってンのかヨおっさん?」
これは、売られた喧嘩は常に買ってきた守田特有の条件反射であった。バロッツはそんな彼の肩にそっと手を置き、爬虫類独特の色が読み取れない表情でこう言った。
「拾った命は大切にするべきだ。さ、そこをどきたまえ」
守田が深い溜息をついて首を振り、バロッツの腕をつかんで下から突き上げるように睨みつける。
「俺は
守田は次の瞬間バロッツに重たい張り手を浴びせられ、水槽の壁面に全身を打ちつけられて喀血し、地面にどさりと転がることとなった。呼吸もままならず痛みに呻き苦しんでいる守田をよそに、バロッツは須賀理をそっと立たせて両肩に手を置き、動かぬようにした。須賀理は茫然自失といった顔でうつむいており、抵抗すらしようとしなかった。
「当初は彼奴らが手塩をかけて創り上げたこの星を乗っ取り、地球人どもを利用して復讐の手掛けとするところであった。だが、もっと手っ取り早い策を思いついた。リエフの娘よ、この女を救いたいか?」
ストラフは戦いのなかで、プレアが須賀理を大切にしていることを見抜いていた。
「恵子を放して!」
プレアの悲痛な叫びにストラフが底意地の悪い嘲笑で応える。
「それは貴様の心掛け次第だ。この女を救いたくば、あの鍵を盗みだして我に献上せよ」
「鍵……何の事を言ってるの?」
「フン、IMGFのくせに察しの悪い。銀河警察の地下に保管されている最果ての牢獄を示す鍵、
プレアはその鍵がどんなものであるのかを知っていた。
天の川銀河で重犯罪を犯した者は銀河法で裁かれたのち、謎の巨大牢獄船に収監される。銀河内を不確定の進路で自動運行するよう設定されているので、船がある場所と行先はこの銀河で誰一人として知る者はいない。その在り処を特定させるのがインペリウム・クラウである。
その鍵は、プレアの故郷フリートス星にある銀河警察本部の地下に、厳重なセキュリティシステムによって保管されている。
「私に歴史的犯罪者になれと」
「勘違いするな、我はこの女を救う手立てを教えてやっているにすぎん。犯罪者になるかどうかは貴様の勝手だ、理解したのなら返事をしろ」
プレアは彼が何を考えているのかを瞬時に理解した。そこに収監されている人数は1億は下らないと聞いたことがある。ストラフは、釈放する見返りとして重犯罪人たちを旅団に引き入れ、復讐の走狗として使うつもりなのだ。
「返事をしろと言っている」
プレアは人生の中でもっとも重い選択を迫られていた。銀河の安寧を取るか、須賀理ひとりの命を取るか。
――いや、前者を選択すればこの場で皆殺しにされて終わる。まずは後者を選択したように見せ掛けて、どうにか欺ける手を考える。
「恵子の命を保証すると誓える?」
「その前に、余計なことを考えず有りのままを差し出すと誓え」
「……わかった。約束する」
「ククク、そうか。ならば我も誓ってやる」
ストラフは残りの仮面を忌々しげにはぎ取り、傷だらけの不気味な顔を晒して歓喜した。
「いいぞ、これで復讐の手管が鮮明になった。困惑するリエフの顔が目に浮かぶ。いいか小娘、今から24時間以内に現物を我に届けろ。1秒でも遅れたら残虐にこの女を殺す……。同志バロッツ、出航準備だ」
「ハッ」
バロッツに命じた次の瞬間、建物が揺れ始めた。すなわち、この建物こそが、宇宙船なのである。
「閣下、準備が整いました」
ストラフは相槌を打った後、プレアにこう伝える。
「さて、帰りはそちらだ。早くしないと船上から飛び降りることになるぞ」
プレアの前に守田が突き出される。守田はいつの間にか後ろ手に手錠を掛けられており、兵士のぞんざいな扱いにふてくされて舌を打った。須賀理は相変わらず床を見つめたまま顔を上げようともしなかった。二人はそんな彼女を少しの間だけ見て無言のままここを立ち去ろうとしたが、ストラフに呼び止められる。
「鍵を確保したらそれで連絡しろ。我々はとある星で待機している」
プレアは投げつけられた長方形の機器を拾いあげ、俯いたままの須賀理をもう一度見た。
――恵子、必ず助けるから、それまで無事でいて。
誓いを新たに彼らに背を向け、出口と示された方角に守田と共に駆け出していった。
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