つまり、現時点では盗みだすのは不可能ということになります

 午後2時45分

 首都イディア近郊


 一行は、首都から1時間ほど離れた森に、アジトから乗ってきた移動専用機を隠し、現地人風の服装に着替えて赤いスポーツタイプの車に乗り換え、森を出た。


 前衛的な車の後部座席で流れゆく景色を眺めながら、守田はふと思う。

 意外と普通だと。

 街も、施設も、家も、乗り物も、デザインはいかにも未来的なのだが、今着ている服装も含めて地球と大差がないのである。


 行き交う車が増え、道の先に周囲の建物よりも飛びぬけて高い二つの尖塔が見えてきた。無機質な銀色に覆われた細長い台形をした銀河警察の本部と、屋上がやじりのごとく突き伸びた地上200階建ての白い総合宿泊施設。今作戦の橋頭堡となる、ホテル・フィリオムラモースである。


 午後3時40分

 ホテル・フィリオムラモース


 超高層ホテルの前で車を降りると、車は自動的に扉を閉め駐車場へと移動した。地球で流行りつつある自動運転は当たり前の世界で、燃料はもちろん水素である。


 人々が行き交う暖かみのあるベージュに統一された瀟洒しょうしゃなロビーへ入り、何台もあるエレベーターのうちのひとつに乗り込みそのまま120階の部屋へと向かった。受付はあったがチェックインはしなくてもいい仕組みだ。


 部屋の前にたどり着いてプレアが指紋認証を済ませると、ドアが自動的に開いた。内壁と同じ色の会議室並みの広い部屋である。白で統一されたテーブルやベッドに鞄を置き、各々必要な荷物を取り出していく。


 ルチェアはゆったりとしたソファに腰かけ、地球にあるような黒いラップトップを5台開いて早速作業を始めた。プレアが、人体に必要な一日分の栄養と空腹感を満たしてくれる青色の液体が入ったペットボトルを守田に渡してこう言った。


「荷物持ちご苦労様。どう? 私の星」


「んー何ていうか、ぱっと見、地球とあんま変わンねえな」


「多分それは、地球人の遺伝子の深層部に私たちの遺伝子の痕跡が残っているからだと思う」


「てことは俺たちの祖先はプレアたちってことになンのか?」


「色んな星の遺伝子が持ち込まれて異種間交配が繰り返された結果だから一概には言えないけどそうなる。昆虫も動物もみんな他星から集められた遺伝子によって組み換えられた産物。だから、地球はこの銀河で最も価値の高い星になる」


 そこで、ルチェアの一言で二人の会話が止められる。


「姉上、さっそく問題が発生しました」


 ルチェアは難しそうな顔で腕を組み、画面を忌々しげに睨みながらこう言った。


「地下50階の保管室管理者は特定できたのですが、現在、その人物がこの星にはいません」


「どういうことだ?」


「管理者のフィドゥチャ・リペッドは、勤続年数11年の経験を持つベテラン捜査官のヴェガ人で、警察学校卒業後、本部配属となったのでそのままこの星に残り、現在に至るまでただの一度も不正を犯したこともなく、仕事以外の取り柄のない面白味のない独身貴族の潰しの利かない男性でありますが、この度、業を煮やした故郷の親から遂に白羽の矢が立てられ、」


「その辺のクダリはいいから早く本題に入れよルー」


 ルチェアがムッとして守田に舌を出す。


「つまり、お見合いで帰星しています。連休明けの出勤日は5日後となっております」


「それまで待ってたら須賀理はお陀仏ってか。IDとか偽造できねえの?」


「地下49階までのIDパスとセキュリティロックはなんとか出来たとしても、最後の難関、DNAスキャンの壁は本人のDNAを入手しない限り絶対に超えられません。つまり、現時点では盗みだすのは不可能ということになります」


 ルチェアの素気無い発言にプレアが眉間に手を当て小さく呻いた。守田はそんなプレアを見て、考え出せる限りのことをルチェアに提案した。


「そこを避けて入るルートとかねえのか? たとえば非常用通路とか」


 ルチェアはラップトップのキーをタンっと叩き、反転させ守田に見せながらこう言った。


「あるにはありますが、40階までしか繋がっておらず非常時以外は赤外線センサーが至る所に張り巡らされています」


「じゃあ、忍者みてぇに換気ダクト通るとか」


「圧力感知式なので子ネズミ一匹侵入することは叶いません」


 守田が、ルチェアの向かいのソファにドカッと腰かけ天井を仰ぐ。


「おいおい、いきなり手詰まりかよ。他に手はねえのか?」


「……ひとつだけ方法があります」


 ルチェアが目を瞑って腕を組み、小さな溜息をついてこう答える。


「サーバールームに格納されている本人のDNAデータを、改造したデータとすり替えるのです」


「お、どうにかなるってことだな。だったら早いことやっちまおーぜ、チャチャっとよ」


 ルチェアは呆れるような溜息をつきながら首を左右に振り、


「ちなみにこの端末ではサーバーにハッキングするのは不可能です。よって、


「外から?」


「はい。外壁を登って窓から侵入するのです。状況が理解できましたか? 知能指数の低いおバカさん」


 プレアはルチェアの回答を得て、周辺をウロチョロしながら少し考えたあと、守田を見こう言った。


「俊雄。鍵のほう頼める?」


 守田は飛び上がるようにソファから体を起こし、


「俺がっ!? ちょ、ちょっと待て、急に言われてもその、心の準備が……じゃあ誰がサーバールームに侵入するんだよ?」


「フッ、どうやら、それがしの出番のようですね」


 気がつくと、ルチェアはいつの間にか窓際に立っており、手をついてガラス越しに景色を眺めていた。守田が冷静を取り戻してこう言った。


「いや、ここはお前じゃなくてプレアだろ」


「銀河の平和のために……余がひと肌脱ぐとしましょう」


「誰もお前の裸なんか見ねーよ」


 ルチェアがぐりんと翻って冷たい視線を守田に向ける。


「そなたの遺伝子がこの先の未来に残滓ざんしすら残らぬよう、根絶やしにしてやりますか?」


「やめてくれ。冗談に聞こえねンだよ、宇宙人なだけに」


「低脳のくせに宇宙人を侮辱する気かキサマー!」


 午後4時5分


 守田は保管室管理部専用の青い制服に身を包み、小型の3Dプリンターで作られたマスクを被って変装した。ヴェガ人特有の銀髪で肌の色は濃い青。画像の男性そっくりに仕立てられた鏡に映る自分を見て感嘆の声を漏らしている。


 準備が終わっていたプレアに、細工されたコンタクトレンズを目に入れられながらこうぼやく。


「ハァ、やるっきゃねえんだよな……。プレア、お前ってけっこうドSだよな。言っとくけど俺まだ中坊だからな、こういうの初体験だぜ?」


 プレアの服装は守田とは真逆で、体の曲線がくっきりと分かる全身銀色のタイツスーツである。周りの景色に同化する素材だ。目の前のふたつの出っ張りがすごく気になる守田が、須賀理と比べると少し劣るがCは下るまい、と食い入るように見つめている。


「俊雄は自分のことを秘密兵器と言った。今がその真価をみせるとき……プクク」


「秘密兵器とはなんでありましょう」


 声を上げて笑い出したプレアを見ながら守田がぶすっとした顔でこう答える。


「……無事帰ることが出来きたら教えてやる」


 準備を終えた二人が立ち上がる。ルチェアが二人の装備品をチェックしながら説明を加えた。


「いいですか、スムーズにいけば今から約20分後には目的地点にたどり着きます。もし同僚の職員に会ったらこう答えるのです。あったまきたんですっ飛んで帰ってきたッス、独身貴族最高、お見合いなんてバチくそどうでもいいッス、あ、ついでなんで鍵の点検してくるッス、と。くれぐれも一語一句間違えることがないように気をつけてください。ガイドはその網膜スキャン用のレンズがしてくれます。DANスキャンさえ突破できれば、中の鍵は指紋認証で開くので問題ありません。これは差し替えようの偽鍵です。なくさないようさっさと鞄にしまってください。通信チェック」


「ああ感度良好。もうここまできたら一か八かだ。プレア、4時半ジャストがタイムリミットだ。でないと俺はとっ捕まってブタ箱入り。お前も大変だろうけど頼んだぞ」


「了解」


「姉上もう一度確認しておきます。ここから150階まで登り、このワイヤーガンで50メートル先の本部に渡り、窓を破壊して内部に侵入。これが窓をぶち破るためのレーザーカッター。そしてこれが俊雄のDNAデータが入ったインターフェイスです。腰のポーチに入れておきますのでくれぐれも落とさぬよう気をつけてください。もしものときは、すべての作業を中止して即座に撤退してください。いいですね?」


「うん。そうならないことを祈ってて」


 ルチェアは、二人の引き締まった顔を見てニタリと笑い、


「それではお二人とも準備はよろしいですか、ミッションスタートです」

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