これから銀河警察に乗り込み、鍵を盗みだす
午前11時13分
プレアデス星団内アルキュオーネ系第三惑星フリートス 極寒の地ストゥーリア プレアの
「うぅ寒ぃ……隕石地獄から逃れてやれやれと思ったら、今度は氷責めって勘弁してくれよ」
フリートス星を秘密裏に降り立ったその地は、一年中、薄暗い白で覆われた、吹雪が荒れ狂う極寒の世界だった。地球でいうところの北極に近いこの場所の名はストゥーリアで、プレアは住民のいないその地に、身内ですら明かしたことのないアジトを構えていた。
ルチェアは着くなりそのことを問い詰められるが、得意げにこう返している。
「恐れながら姉上のことは何でもお見通しでありますので」
末恐ろしい妹である。
一行は宇宙船を氷床に隠し、つけた足跡がすぐに上書きされる悪天候のなかをひたすら歩いた。ルチェアは全身銀色の可愛らしい宇宙服を着ており、プレアたちはもちろん制服のままであった。守田はブルブルと震える両腕をさすりながら、すました顔の彼女らを見てこう言った。
「お前らよくそんなカッコで平気でいられるよな。宇宙人って平均的にそうなのか?」
「……忘れてた」
プレアはそう言うと、守田の目を見てまばたきをした。脳組織に電波を飛ばし、気候に合わせて体温を調整できるようにしたのである。
「すげえ、さっきまでの寒さが嘘みたいに消えやがった! やっぱ宇宙人てスゲーな!」
喜ぶ守田の前にルチェアが立ちはだかる。
「フリートス星第521代天皇の第一皇女の御前でなんたる無礼な言動。ええい頭が高い! 控えよ! 下賤の民め!」
「はあ? なんだよコウジョって。こいつそんなに偉ぇのか?」
「姉上の下僕のクセにそんなことも知らぬまま付き従っておったのかキサマー!」
「たく、ウルセー
ルチェアは、頷くプレアを怪訝そうに見てこう言った。
「姉上、ダチとはなんでありましょう」
「簡単に言えば、ルーちゃんと私みたいな関係かな」
ルチェアはその解答を聞いた途端、真後ろに卒倒した。プレアがそれを見て起こそうとするが、その前にむくりと起き上がり、
「姉上ともあろう御方がこのようなちんけな男を知己と申されるのでありますか? なんと嘆かわしいことでありましょう……姉上どうかその眼をお覚ましください! このような野蛮で知能指数の低き原始星人は、可及的速やかに切り捨てるべきでございます!」
「俺の予感が見事に的中してやがる……」
プレアがルチェアの前に腰を落としてこう諭す。
「たしかに地球人は他の星々の民より技術も知性も劣るかもしれない。けど地球は、この銀河で最も美しく、多様性に富んだ星。私はそれを直接肌で感じた。俊雄は少し足りないところがあるけれど、けして馬鹿じゃない。私の大切なお友達」
「……左様でございますか。姉上がそこまでおっしゃるのであれば、やぶさかではございますが、ひとまず認めましょう。但し、姉上が出向先で毒された可能性は排除しきれませぬ故、よって」
ルチェアはそこで話を区切り、守田に視線を移して、怒気を孕んだ声でこう言った。
「そなたにはこれから、姉上の友としての資質を試させてもらいます。少しでも不徳の致すところあれば即刻姉上との縁ごと、そなたを斬ります。文字通りの意味故くれぐれも精進されたし」
ところが守田は、そんな不遜な言い種にも全く意に介さず、馴れ馴れしい態度でルチェアの頭に手を置き、彼女にこう告げた。
「ま、なんでもいいけど仲良くやろうぜ。ヨロシクな、ルー」
ルチェアはすぐさまその手を振り払い、
「何の意味があって手を置くのか、貴様」
「いや、こんなとき地球人はみんなこうすンだよ」
守田はそう言って、再びルチェアの頭の上に手を置くが、すぐさま振り払われる。
「答えになっておらん! 可及的速やかに正しい意味を述べよ!」
プレアは二人のやり取りを無視して、ひとり先を急いだ。
午前11時31分
プレアの隠れ家
プレアが何もない空間で手をかざすと、例のごとく電子文字が浮かび上がり、認証が開始された後、ちいさな雪小屋が現れた。入口に備え付けられた網膜スキャンで本人確認を済ますと自動で扉が開く仕組みだ。
十畳くらいの空間は三人で入れば少し狭く感じた。壁に何台かのディスプレイと、道具や武器が収納されている棚があるだけで他は特に何もない。地球のものと比べると何世代も先のデザインや形をしているので、守田は色んな物を手に取ってはいちいち感動していた。
そこでプレアが、地球で起こった事の顛末をルチェアに語りはじめた。それを耳にしたルチェアはかなり動揺していた。地球人を救うためだけに危険を冒そうとする、姉の考えについていけなかったのである。
「それがしは絶対に反対です! 姉上が成さんとすることは、銀河連盟を裏切る行為であります!」
「……うん」
「それに、
「おい、ルー」
「門外漢は口出し無用! て、先程から気安いぞキサマー!」
守田は、何も言えずにいるプレアを気遣い、気が収まらぬルチェアに対しこう言った。
「自分の姉が寸足らずじゃねえってことは、お前がよく知ってンじゃねえか。相手の言いなりになってハイ終わりって話で済ますはずねぇって考えるのは俺だけか?」
「うっ……そうはおっしゃいますが、成そうとしている事が異次元すぎて、明るい見通しがどう転んでも立たぬ故……」
「お前の姉ちゃんにはそれが見えてっから、やるって言ってんだろ? ま、その話は一旦保留だ。ところでプレア、やる前にひとつ先延ばしにしてた疑問に答えてくれ。お前、一体何者なんだよ?」
プレアがその質問に窮していたところ、ルチェアが割り込んで代わりにこう答えた。
「聞いて驚かないでください、我が姉上は銀河警察の優れ者、天の川銀河指折りの特別捜査官なのです。そなたと交友を持ったことだけは至極計算外のことであったようですが、地球に赴いたのもすべて任務上でのことで、すべからくこの事は極秘事項。もし他人にでも知られたら可及的速やかにその者を消さなければなりません」
「俺に明かしちゃってンじゃねえか」
ルチェアは守田の一言ではたと気づき、
「あ、姉上! こやつを即刻消しましょう!」
「お前がバラしたンだろ!」
「はわわ、余に向かって何を戯けたことを! やはりそなたは出合頭に斬り捨てるべきでした!」
「ルーちゃん?」
プレアの意味深な微笑みにルチェアが恐怖する。
「も、申し訳ありませぬ! こうなればこやつを斬り捨てたあと、それがしも追って割腹を、」
「手伝ってくれる?」
プレアは自ら守田に話すつもりだったが、妹が首を突っ込んでくれたのを機に漁夫の利を得ようと考えたのだ。ルチェアはこう見えても銀河警察学校を首席で卒業し、この春から特殊技術部門の捜査官として働いている。武器開発から情報操作まで何でもやりこなせる技術を有しており、すでに上司から皇族の身分を抜きにして、一目置かれる存在となっている。当初はひとりでするつもりであったが、プレアにとってルチェアの存在は願ってもない助け船だった。借りない手はない。
ルチェアは観念のため息をついてこう言った。
「毒を喰らわば皿までと言った所でしょうか、最早耳に入れてしまった以上、それがしにも一定の責任がございます。微力ながら助太刀致しましょう」
プレアは妹に心から礼を述べたあと、本題に入るために表情を引き締め皆にこう告げた。
「銀河警察の通信網はおろか基地も使えない。物資もサポートもない。頼れるのは、ここにいる3人とここにある道具だけ。それを駆使してこれから銀河警察に乗り込み鍵を盗みだす。これは任務外の作戦行動。捕まれば超S級犯罪者として3人とも死刑が確定する。そんなことを今からやろうとしている……。俊雄、最後にもう一度聞くけど、失敗すれば地球には二度と戻れない。ほんとにそれでもいい?」
「フッ、脆弱なそなたが離脱してもこれっぽちも支障をきたすことはありません。さ、地球まで送りましょう」
ルチェアはそう言って、嫌味たっぷりの笑顔で守田を見ながら、扉に手を向けた。守田がその仕草を鼻で笑ってこう返す。
「部長がしでかした事は部員がケツ拭かねーと、部として締まらねンだよ。それに、俺がここでイモ引きゃ、お前たち《宇宙人》は永劫的に
「……知能指数の低い原始星人の分際で言うではありませんか。ならばこの先の旅路にて、口だけではないことを証明してみせてください」
「へいへい、言われなくてもやってやるっての。で、これからどうする?」
プレアはディスプレイを起動させ、銀河警察内部を3D化した映像を映し出して説明に入る。
「まず、銀河警察地下50階を管理する人物を誘拐してIDを手に入れる。DNAスキャンをパスするためサーバーにハッキングして偽のデータとすり替え、保管庫に潜り込み鍵を入手する」
「潜り込むって、誰がそんな危ねぇ橋渡ンだよ?」
「私がその人物に変装して侵入する」
「情報操作はそれがしの出番ですね。相手が何処の誰であろうが、足跡ひとつ残さず完璧に潜らせていただきますのでご安心を」
プレアはそれに頷き、話を続けた。
「その後、あの男と連絡をとって、発信機を取り付けた偽物の鍵を掴ませて恵子を奪還。銀河警察に事情を説明して鍵を返し、男の居場所を特定して逮捕する」
「だったら最初から偽物でいいンじゃねえのか?」
「精巧な偽物を作り出すには、見本となる本物が必要不可欠。恵子の命がかかってるから、絶対に手を抜けない」
「そっか、で、俺は何をすればいい?」
「部屋に残ってルーちゃんの警護をお願い」
ルチェアは勝ち誇るような笑みを浮かべながら腕を組み、
「そなたに務まるとは思えませんが、姉上がどうしてもとおっしゃるのであれば、お茶くみ係としての帯同を許可します」
「なんだ楽だな。ま、そういうこった。よろしくな、ルー」
「だから頭に手を乗せるなとあれほど言っている!」
「じゃあ、いるだけの荷物だけを持ってすぐに移動する。行先は銀河警察本部の隣。ホテル、フィリオムラーモス」
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