ロシアから来た須賀理の隣の席のクラスメイト

 4月9日午後4時25分

 時坂市琴鳴町 伏竜山登山口裏手の小さな公園前


「オイ、今から山ン中入るって本気で言ってンのかよ?」


 なにも知らない守田のために開いた超常現象についてのレクチャーが終わったのは西日が傾きはじめた頃で、近くのコンビニで遅めの昼食を済ませたあと、須賀理の提案で、彼らは学校の裏山に移動していた。須賀理がぐずる守田の手を取り山道に入る。


「論より証拠ってことで、はい黙ってカモン。あ、もしかして君、早くお家に帰らないといけないおぼっちゃま君?」


「父子家庭にそんなのねーよ」


「じゃ、終わったらうちで晩ご飯だ。ボクのターン! ドロー! 早速マミー召喚!」


「ハン、安い同情くれて餌付かせようって気か? ンな施し誰が受けるかっての」


「もうマミーにライン入れたよ? 了解道中膝栗毛だってさー」


「勝手に決めンじゃねえ!」


 須賀理が鼻歌まじりに歩く後ろを、守田はブツクサと文句を垂れながらついていく。ある程度進んだところで須賀理がおもむろに歩みを止めた。分かれ道である。片方は山に登る道で、空の青が見渡せるほどに拓けており、もう片方は木漏れ日が遮られ、両脇に赤い前掛けをかけた小さな石彫り地蔵が続く薄暗い道であった。ちなみに守田は実体のない物に滅法弱い。


「お、おい……もちろんコッチだよな瓶底眼鏡」


「んーん、コッチ。てか瓶底言うなこのクソボケが!」


 ところが須賀理は当然のように不気味な道を指し示し、立ち止まる守田を置き去りにして、これまでと同じ足取りでズンズン先に歩いていく。守田が慌てて須賀理との距離を縮める。


「なぁ、本気でこっちであってンのか?」


 須賀理が進みながらこう答える。


「この道は賽の河原って呼ばれててさー、ここ通ると呪われるって知ってる?」


 守田は「知るわけねえだろ」と突っ込むのも忘れ、心の中で自分を恨むことに必死だった。不気味な墓石と地蔵が心理的にかなり効いており、なんでコンビニにいるときに断れなかったのかと後悔している。


 地蔵の道が終わると途端に荒れて細くなり、ついに木の枝や草で鞭打たれるような道なき道を歩むことになった。濃い緑の匂いにが鼻につく。


「その呪いについて学校で聞き込みしたり色々調べたの、そんな折に、朝の5時半頃ここに来て調査してたら、さっきのお地蔵さんを長年世話してる老婆にバッタリ会って、話聞いたら、子供たちがお地蔵さんに悪さしないようにってあえて広めた風習だって教えてくれたの」


 先ほどまでの恐怖心が嘘のように和らいでいく。


「へっ、そんなこったろうと思ったよ」


「ファイルナンバーX082地蔵の呪いは、残念ながら単なる迷信ってことで解決済み。こうやって世の中の不思議な謎を解明していくのが我々Xファイル部の使命なのだ」


 X082ということはつまり八十二回目の調査報告ということになる。それを彼女は今までたったひとり、周りから変人扱いされながらも部活の結果として残しているということだ。


「科学的に説明がつけらンねぇモノがこの世にあってたまるかっての。おい、まだ歩かせる気かよ」


「でもねー、そのあと山を下りる前に、お礼を言おうとして振り返ったの。そしたらそのおばあちゃんさー、


「は……?」


 話の急展開に思わず足が止った。須賀理が同じように足を止め、神妙な顔つきで振り返る。


「忽然と姿を消したようにいなくなってた。で、そのとき思い出したんだよね。……」


 守田の上がりぎみの気分が一気に最下層まで叩き落とされる。背後に強烈な気配を感じた。後ろに老婆が立っているのが見なくても分かった。今からでも遅くない全力で逃げよう。と、そう心に誓ったそのとき、


「ウソだよ~ん。……あれ? 何その反応。ちぇっ、話して損したし」


 無反応を決め込んだのは男の意地である。守田は、須賀理がふたたび歩みはじめたのを見計らって細長い溜息を吐き、悪態をついてその後を追った。


「ご乗車まことにありがとうございます。まもなく終点、秘密基地でございます。どなた様も落とし物お忘れ物なきようご注意願います……ジャン。ここだよ!」


 視界が開けた先に見えたのは、森の木々に囲まれた辺り一面に黄色が広がる世界だった。よく見ると、直径にして約50メートルほどの小広い畑の中央に不思議な模様が描かれている。菜の花が複雑な起伏を残して螺旋状の円を描いて倒れているのだ。言わずと知れたミステリーサークルである。須賀理のお気に入りの空間である。


「どゃあんちゃん、目ん玉飛び出たやろ? ここは誰も知らんワイだけのとっておきの場所で……っせ」


 須賀理が得意気に説明しようとして言葉を止めた。ミステリーサークルの中心に先客がいたのである。時坂中学の制服を着た、黄金こがね色の髪をした青い眼の美しい少女が立っている。須賀理たちに気づく様子もなく、祈りを捧げるように空を見上げている。


「ま、まぁたお前かああプレ子おお!」


 須賀理の声に気づいてゆっくりと振り返った少女の名は、プレア・ウラジーミロヴナ・リトヴァク。昨年、時坂中学に留学してきたロシア人で、学年を跨いでずっと須賀理の隣の席のクラスメイトである。


 しかしそれは世を忍ぶ仮の姿であり、プレアがプレアデス星人であることや、銀河警察の密偵であること。なにより、十年前に出会った宇宙人であることを、この時の須賀理はまだ知らないのである。

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