政府の陰謀とやらがその辺に転がってンのならよ、お前ひとりでも事足りたンじゃねーのかよ

 午後6時35分

 第三七普通科連隊陸軍基地 時坂駐屯地前


 時坂市の中部に位置するこの駐屯地は、コの字に入り窪んだ特殊な地形の峰広山に取り囲まれるようにして、今日も時坂市、ひいては日本の平和を護り続ける国内有数の広大な面積を誇る演習場一体型陸軍基地である。


 琴鳴町から駐屯地までの道程はまず琴鳴町西詰停留所からバスに乗り、JR時坂駅前で降りて時坂駐屯地経由白国車庫行きのバスに乗り継ぐのが一般的なルートであり、所要時間はおよそ1時間。一行はその一般的な交通手段を使って駐屯地に来ていた。深緑色の野戦服を着たむつくけき男が番をする営門の前で待つこと10分が経過しようとしている。


「おう、きたか」


 須賀理の兄智行は、戦闘服の下に紺色のジャージといった一風変わった恰好をしていた。戦闘帽の下に垂れ下がる優しげな目が久しぶりに会う妹を歓迎している。妹たちに手招きをして門の中へ迎え入れ、新兵らしく警衛勤務の面々に敬礼して面会手続きを粛々と済ませていく。面会は午後8時まで。警衛施設の空き部屋を使うよう営舎係の陸曹から言い渡される。


 部屋の中は木製の長机とパイプ椅子があるだけで他は何もなかった。一行は智行に対面にして座り、須賀理は守田たちの自己紹介を簡単に済ませたあとさっそく昨日の話に入り、謎の飛行物体の墜落を目撃したことや、自衛軍の出動などを簡潔にまとめて説明した。


「で、ここまで調査しにやって来たってわけさ。何か知ってるのは分かってるよ、教えてよお兄ちゃん」


 妹の普段の素行を熟知している智行は別段驚く素振りも見せず、戦闘帽を脱いで短く刈り上げられた頭を恥ずかし気にさらしてこう言った。


「ま、そんな事だろうとは思ったが……それを知って、一体何をする気だ?」


「とりあえず宇宙人と会話するのが目的かな。あわよくばエリオット坊やのようにウチに連れて帰るかも。だから、駐屯地内に侵入する手助けをお兄ちゃんに頼もうと……」


「お前、ここをどこかの遊園地と勘違いしてないか? いいか、ここは挨拶代わりに鉛玉をぶっ放してくるようなバーサーカーどもがゴロゴロいやがる楽園だ、許可証もなく立ち入ったことがバレたらどうなるかぐらい想像に難くないだろ」


「げ、お兄ちゃんもそうなの? 我々は死ぬまで戦士だとか言って20式小銃ぶっぱするの」


「……まだ銃は撃たせてもらってない。俺は、高が部活で危険な真似をするなってことが言いたいんだよ。明らかに部活動の範疇超えてるだろ」


 須賀理は制服のポケットから小瓶を取り出し、兄に見せつけながらこう言った。


「ロズウェル事件以降、誰も手に入れたことがない決定的証拠をその部活ごときが掴んだんだよ? 


 智行が妹の皮肉まじりの言葉に呆れ、話を逸らすために守田に水を向ける。


「君は恵子の彼氏か?」


「いえ全然違います。正しくは、付き合う予定すらない赤の他人っス」


「そこまで完全否定されると逆に傷つくし! 寧ろ、あんな約束をした仲だからこのまま付き合うってのもアリかも。狭い部室の中でキャッキャウフフのチュッパチャップスしたよね、ダーリン」


「そんなことしてねぇっつーの! ったく話をこじらせやがって。ついで言わせてもらうと恋人には絶対にしたくねえタイプだ」


「なぬっ! ボクのえちえちヌード想像してブヒってた童貞中坊が調子こいてンじゃねーぞコラ!」


 智行はからかっただけであったが、予想以上の反応を示す妹たちを見て大声を上げて笑った。一方プレアは下を向き、あんな約束とは一体、と一人静かに震えている。場が和んだのを切っ掛けに智行が隊内で起きた昨日の出来事を語りはじめる。


「俺たちは新兵だから関係なかったけど、確かに昨日の非常呼集はエグかった。深夜にヘリは飛び交うはトラックは何台も出動するはで隊内は大騒ぎってもんじゃなかった。とにかく隊内の警備は異常ってほど厳重になってるから侵入するなんてもってのほかだ」


 須賀理の頭の中に昨日の出来事が蘇る。兵士たちは容赦なく実弾を撃ってきた。兄の一言で厳重な警備の隙をつけたのは偶然だったことが、今更になって強烈に意識される。


「それに一応俺はこっち側の人間だからな、侵入の手助けなんかしたら軍法会議どころの騒ぎじゃ済まなくなる」


 兄に頼めば何とかなると思っていた。行き当たりばったりの発想だということを今更痛感する。


 そんな須賀理を見かねた守田がこう言った。


「オイ、何しけたツラしてンだよ。政府の陰謀とやらがその辺に転がってンのならよ……お前ひとりでも事足りたンじゃねーのかよ」


 須賀理はその言葉に目から鱗が落ちた。気持ちを改め、明るい表情を見せた妹に智行がこう言った。


「ただ、案外簡単に入ることができるんだよなこの駐屯地、というか演習場。お前が見つけたいモノは多分そこだ……演習場奥にある機密施設」


 須賀理の目に新たな輝きが加わる。


「妹をけしかけた彼氏くんが責任を取るという条件で口を滑らすけど、どうする?」


「お、やったな須賀理……て、彼氏とか名誉毀損でフツーに訴えますよ」


 智行は同意したものとみて、漏れ聞こえないように三人を寄せ集めてこう話す。


「この駐屯地を出てフェンス沿いの歩道を西に1キロほど歩いた所に壊れた自販機がある。その裏のフェンスが破れてて、自販機をちょいとずらせば演習場に潜り込めるって寸法だ」


「そのソースはどこから引っ張ってきたの? 信頼してもいい情報?」


「ウチの班の地元出身のやつにこっそり教えてもらったネタだから間違いない。入隊する前はをよく見に来てたそうだ」


 おおー、と言って小さく拍手する二人を見たプレアが遅れて便乗する。


「演習場にある施設はひとつだけだ。怪しい実験をしてるって噂が俺たちの耳にも入ってる。ただ、場所については不明だ。なんたって、俺たちにもその場所は極秘扱いだからな」


「流石頼れるボクの兄貴。有力な情報提供、心より感謝する! もし骨になって帰ってきたら時坂湾に盛大にふりまくことを許可しよう。弔砲は一人頭19発。忘れないでくれたまえ」


「ま、脅し半分で言ったけど、見つかっても殺されやしないさ。相手が子供だと分かれば尚更だ。ただし、見つかったら素直に手をあげて投降しろ。頭ハッピーセットのメルヘン野郎が警備に就いてくれてることを祈ってる。おバカ三人組に幸運を」


 一行は兄に別れを告げ、駐屯地を出てすぐ右に曲がり銀色のフェンスが連なる県道沿いの道を西へ歩いた。片側一車線の県道は車通りがまだ激しく、反対側の歩道側の街明かりがこちら側の薄暗い闇を払っている。フェンスの中は森が広がっており、外からは中の様子が見えないようになっている。


 程なくして兄の言っていた自動販売機が佇んでいるのが見えた。須賀理がこの日のために用意したリュックからマグライトを取り出して裏に回って照らしてみる。


「あったここだ。サンキューお兄ちゃん、後で大好きな萌画いっぱい送ってあげるからね」


 フェンスはシールを途中まで剥がしかけたような破れかたをしており、広げると屈んで通れるほどの隙間が出来る塩梅だった。

三人がかりで自販機を横にずらした後、守田が背後を見張りながらフェンスを広げ、須賀理とプレアが服に気を遣いながら順に穴を潜り抜けていく。通り抜けた二人が守田の侵入を助けるために中からフェンスを持ち上げる。一行は無事敷地内に侵入し、昨日と同じように道なき森の草をかき分けながらゆっくりと歩きはじめた。

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