Episodes[19] // 急がば回れ


 忠志はツバメとアカネの力を借りて、少尉のコアシステムが完全に機能停止する前にストレージからすべてのデータを抽出を完了していた。そして、デジタルフォレンジックの手法で、様々な揮発性の情報も同時に取得していた。二人は、さすが技術復興省の研究員である。


 少年には悪いが、手錠をはめて、部屋の隅にフォースフィールドで閉じ込めることにした。目の届く範囲においておかなければいざというときに対応できない。


 そして、昼過ぎになった。


「でも、少尉は感染していないといっていたはずなんです。もしかして、この地域にいると、通信以外の手段で感染する可能性があるってことでしょうか」


 忠志の問いに、アカネはしばらく考え込んでから答えた。


「まあ、可能性は否定できません」


 専門家のその言葉は、基本的に可能性がないと考えた方が良いということを意味する。


「急がば回れ。事実に基づき考えるのが得策です」


 と、ホシ。


 ログから分かったことをホワイトボードに整理する。


「時系列順でイベントを並べるとこうなりますね」



2301/05/14 (火) 東ハリマ自治区中央病院にて誕生


 (略)


2330/03/12 (水) 10:15 ヒライ少尉、 本省研修のため東ハリマ警察署を出る

2330/03/12 (水) 12:02 ヒライ少尉、 警察省庁舎に到着

2330/03/14 (金) 13:30 ハリマ熱病の最初の発症(ツバメ)が確認される

2330/03/23 (月) ??:?? 嵯峨が複製される × 4 → 死亡

2330/03/24 (月) ??:?? 嵯峨が複製される

2330/03/28 (金) ??:?? 嵯峨の意識が回復する

2330/03/31 (金) 17:30 ヒライ少尉、東ハリマ警察署に交代要員として帰署

2331/04/01 (土) ??:?? 技術復興省ハリマ庁舎の立ち入り捜査に参加

2330/04/05 (土) 11:31 ホシ、嵯峨が東ハリマ自治区に入りヒライ少尉と会う

2330/04/05 (土) 11:45 アカネが釈放。ホシ、嵯峨とともに技術復興省ハリマ庁舎を訪れる

2330/04/05 (土) ??:?? 東ハリマ中央病院ツバメを搬送し応急処置を行う

2330/04/06 (日) ??:?? ハリマ熱病対策チームを組織

2330/04/07 (月) 13:30 ヒライ少尉、コアシステムが再起動(ハリマ熱病を発症?)

2330/04/07 (月) ??:?? 遠隔治療のシステムを開発し、リリース

2330/04/08 (火) ??:?? シミュレーターを用いた実験

2330/04/08 (火) ??:?? nebulai-visiond停止法による応急処置に成功

2330/04/09 (水) ??:?? 日次死亡者ゼロの政府統計が発表される

2330/04/09 (水) 19:21 ホシ、嵯峨、ヒライ少尉のハリマ熱病発症を確認

2330/04/09 (水) 19:28 ヒライ少尉の治療を試みるが死亡



「まず、二三〇一年生まれということは、二九歳……。一歳年上だったのか」


 忠志は年下と思っていたが、NebulAIの年齢は見た目では分からないものだ。

 とにもかくにも、自分に近い年齢の知人が亡くなったということにはショックを隠せない。もし自分が明日死ぬとすれば――少尉が最期に抱いた絶望感は想像に難くなかった。忠志は胸が張り裂けそうになった。


 だが、少尉のためにも今はできることをするしかない。


 忠志はとにかく前に進むことにした。

 

「四月七日……この再起動が発症と考えると、この前後にフライトモードが解除されたということはありませんか?」


 アカネが否定する。


「可能性は低いです。死亡直後のネットワークインターフェース状態を見てもリンクダウンしたままになっています。それに、もしフライトモードが解除されたとすれば、カーネルログに痕跡があるはずですが、ありません」


「ウィルスには潜伏機能をもつものがあります。あくまでも予想に過ぎませんが、パンデミック発生時に既に感染していて、潜伏期間後、発症したという可能性も考えるべきでは」


 そのホシの指摘も尤もだった。

 だが、疑問が残る。


「潜伏期間ですか? でもツバメさんは即座に発症していたような」

「何か条件あるですよ。何かの条件を満たせば発症するとか、です!」


 ツバメの指摘を踏まえると、もう一点気になることがあった。


「ぱっと見で気になるのは、発症時刻が十三時半ってことです。発症するのは必ず十三時半ってことでしょうか」


 ホシはタブレット端末で医務省の症例データベースを参照して、頷いた。


「確かに、発症時刻が正確に記録されている事例では、現地時刻の十三時半となっています」


 忠志は顎に手を当てた。


「ということは、あのシミュレーターの実験を行ったのは十三時半ではなかったから、発症しなかったと考えられる……と。しかし、そうだとすると、そうだとするとですよ? もうちょっと早くに発症していてもおかしくない」


「もっと何か条件があるですよ。例えば若年者は、潜伏期間が長いとか」


 ホシは同意する。


「確かにデータベースによると、三十代は比較的少なく、二十代の発症例はほとんどありません」

「じゃあ、これから、若年層の発症が増えていくってことですか?」


 ふと、忠志は少年に目を向けた。

 少年は壁にもたれかかったまま、動かなかった。


「今の時刻は!?」

「十三時半です」


 そう答えるホシの声が僅かに動揺していた。

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