Episodes[8] // スピンロック


 忠志はトイレの個室でため息をついた。


 女性陣に囲まれていては落ち着かない。ここが一人きりになれる数少ない場所だった。


 とはいえ、警備のため入口にはホシが待機している。そう考えると心は少し落ち着かなかった。ホシの嗅覚は鋭いことを知っているし、悪臭で愛想を尽かされるのも避けたいところだ。


 しかし、想定外だった。Tofuoは食べ過ぎると人体に悪影響があるらしい。ヒトにもNebulAIにも食べやすい調理法を開発した結果、人体が受け入れられるTofuoの量を超え、腹痛が襲ったと考えられる。


 資料を調べる限り毒物は含まれておらず、強いていうならヒト向けの食品よりも無機物の割合が高いぐらいだ。基本的には卵のような完全栄養食である。NebulAIならば、それだけ食べておけば死ぬことはないだろう。それがこんな結果になるとは……。


『え……まだですか……!?』


 廊下からアカネの声が聞こえて来た。

 

『はい』


 ホシの声だ。


『早くお願いします……』


 そういって、足音が去って行った。


『祝園アカネさんがトイレを使用したいとのことですが……』


 ホシの困り顔が目に浮かぶようだ。


「はい……善処します……」


 NebulAIは省エネ設計であり、排泄の頻度が低い。しかもNebulAIは自らの意志で中性までは性別を変更でき、手術をすれば性転換も可能な設計となっている。当然の帰結として、この建物にあるトイレは男女兼用の一基のみだった。忠志がよかれと思い行ったNebulAIの設計が、結果的に忠志とアカネがトイレを奪い合うという悲劇を招いた。なんという皮肉だろうか。


 せめてトイレが二基あれば……。冗長性の確保は重要である。


 再び足音が近づいて来た。


『まだですか……!?』


 今度は忠志に呼び掛けているようだ。


「すみません……」

『早くしてください……』


『まだですか……!?』

「すみません……」


『まだですか……!?』

「すみません……」


 アカネの声が徐々に切羽詰まったものへと変わってゆく。

 そこにホシが割って入る。


『くるくる回られても何も解決しません。空いたら呼びに行きますので、部屋でお待ちください。そちらのほうが効率的です』

『緊急なんです! そんな悠長なことをしていれば、人間としての尊厳が失われてしまいます』

『尊厳?』

『ホシさんは、腹痛を堪えてトイレの順番待ちをしたことがないのですか?』

『ありませんが……』

『この人でなし……』

『ぼく……私はヒトではありません』

『とにかく緊急なんです! 銃を貸して!』


 何やら命の危険が差し迫っている。


 どうせ、はもうそんなに出ないはずだ。忠志は偽陽性フォールス・ポジティブの便意を無理矢理押し込み、扉を開けた。と、同時に、光の速さでアカネが駆け込み、忠志は閉まる扉に弾き飛ばされた。 

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