Episodes[14] // Murdisto!


 忠志は廊下を歩きながらホシに尋ねた。


「一気に感染が広がったのに、感染しない人と感染した人がいる。本当にタイミングだけでしょうか。ホシさん、どう思いますか?」


 ホシは忠志のすぐ隣を歩いている。

 かつて一・五メートルの距離がそこにはあった。今や歩くだけで手が掠めそうな距離にホシがいる。


「年齢層でしょうか。三十歳未満の感染率はかなり低いです」


「でも皆無ではない」


「何か区別するための属性情報があるはずですが――」


 その時、ホシの表情が変わる。

 ホシは忠志の前に躍り出て、ホルスターに手を掛けた。


「え?」


 次の瞬間、曲がり角から少年が現れた。

 それは見知らぬ少年だった――否、どこかで見覚えがあるような気もする。



 とにもかくにも、友好的な挨拶から始めるのが礼儀だ。


「あの、あ、そうだ。ボーナス・マテヘンノン?」


――おはようございます。


 忠志は笑顔を浮かべ、うろ覚えでそう言った。


「Bonan matenon(ボーナン・マテーノン)です」


 ホシは小声で指摘した。


「そうそれ」


 ところが、少年は憎悪に満ちた眼差しで、忠志に向かって、叫んだ。


「Murdisto! Redonu al mi mian pacxjon!」


 直後、少年は拳銃を取り出し、忠志に向ける。検問所でホシに返した、あの銃だった。


 銃声が轟く。


 ホシは間一髪フォースフィールドを展開した。砂嵐のようなノイズが空間に走る。しかし、次の瞬間には、ホシの頬にかすかに血が滲んだ。


「く……エネルギー切れ」


 実験で簡易的な電波暗室を作り出すために、ほとんど使い果たしていたのであった。


 ホシは光線銃を少年に向けて撃った。少年がひるんだ隙に、忠志の上衣の裾を下に引っ張った。


「姿勢を低く! 私を盾に」

「そんなこと」

「いいから! 研究室の窓から避難装置で脱出する。私が死んでも逃げろ。合図で動く。いいな」


 ちらりと見えたホシの眼差しは、まるで戦場の軍人のように鋭く冷たかった。

 そのピンと張り詰めた雰囲気に忠志は何も反論できなかった。


「りょ、了解!」


 そういえば、ホシは警察少佐だった。


 少年が装填に手間取っている間に、ホシは小声で忠志に言う。


「走れ!」


 忠志を部屋に押し込み、もう一発少年に向かって光線銃を発射する。

 ホシは忠志に続いて部屋に駆け込むと、すぐに扉の鍵を閉めた。


 ホシは避難装置を起動する。

 窓が開き、低い共鳴音とともに地面に向かってトラクタービームが照射される。 


「飛び降りろ!」

「ええ!!?」


 忠志は窓から下を覗き込む。

 アスファルトの地面が見えた。忠志は東尋坊、いや、グランドキャニオンで投身自殺を強要されているかのような気分になった。


「大丈夫、反重力がある」


 ホシの説得も虚しく、忠志の足は動かなかった。


 だが、次の瞬間、扉の電磁ロックが解除される音が聞こえた。

 少年は職員のIDカードを入手していたのだろう。


「時間がない!」


 ホシは忠志を窓から突き落とした。

 忠志は情けなく叫びながら、ゆっくりと地面に降下していった。


 ホシは振り返って光線銃を発射する。同時に少年も旧式銃を発砲した。

 少年は手に火傷を負い、銃を弾き飛ばされた。

 ホシは脇腹に被弾し、よろめいた。


 銃を失った少年は、ナイフを持ち、叫びながらホシに向かって突進した。


「Foriru de mia vojo!」

――そこをどけ!


 ホシは身を躱し、ナイフを持つ手を掴む。

 その腕を捻り、次の瞬間には少年は地面に叩き付けられていた。

 

 ホシは少年の手を踏みナイフを手放させると、直ちにナイフ蹴飛ばした。

 ホシはなおも抵抗する少年を組み伏せ、左肩の付け根を強く掴んだ。


 少年はすぐに失神した。これがNebulAIの緊急停止スイッチである。


 ホシは、殺人未遂及び公務執行妨害容疑で現行犯逮捕すると少年に告げて、手錠を掛けた。黙秘権と弁護士を呼ぶ権利の告知も忘れなかった。

 

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