Episodes[1] // 救急車を
「……夜遅くに何ですか。睡眠こそが最も重要な基本的人権であると知らないのですか。労働基準法にも書かれているのです」
ボサボサ頭のアカネは、マーライオンの水のように文句を垂らしながら、大きなあくびをして椅子に座った。
しかし、忠志には、労働基準法にそんなことは書かれていないと指摘する精神的な余裕はなかった。
「……申し訳ない。緊急事態なんです。ホシさんが……高熱を……」
「高熱……まさか」
アカネはハッと、目を開く。
「……とりあえず……その、何というか」
忠志は真っ白な頭の中から言葉をたぐり寄せた。
「分かりました。何をすれば良いですか?」
「……救急車、救急車を呼んでください」
「はい……ツバメさんを起こしてきます」
アカネは宿直室へと駆けて行った。
忠志はノートパソコンの画面を開き、電源を投入した。
「ホシさん、電極を――」
そう言ってから現実に引き戻される。そうだ、患者はホシ自身なのだ。
忠志はディスポ電極を手に取った。
ふと、あの警察少尉のことが脳裏を過る。どうしてホシが感染してしまったのだろうか。コンソール経由で感染したのだろうか。可能性は否定できない。しかし――。
忠志はディスポ電極のシートを剥がそうと試みるが、指先が震えどうしてもうまくいかなかった。
「何してるんですか?」
いつの間にか帰ってきていたアカネが、忠志の手からディスポ電極を奪った。
「……気が動転して」
「分かります。私もツバメさんが倒れたときはそうでしたから」
アカネは冷静だった。手際よくディスポ電極をホシのこめかみに取り付ける。コンソールにはログインプロンプトが出力された。
さすが、経験者は違う――否、アカネとホシはそれほど親しくはない。しかし、忠志にとってすでにホシは大切な人だった。それは一方的な感情かもしれない。だが、忠志が冷静さを失うには十分だった。
「よし……」
忠志は使い慣れた旧式のキーボードを手に取った。CPUの使用率は百パーセント、kworkerがCPUの上位を占めている。
「恐らく、ハリマ熱病ですね」
と、アカネ。
「しかし、なぜ感染を。ホシさんには通信機能に障害がある。LPWANのメッシュネットワークには接続していないはずなんです」
頭を抱える忠志をよそに、アカネは医療キットを運んできた。
「原因を探るのは後です。とりあえず、脳内温度のコントロールを優先しましょう」
「……そうですね」
そこへ、ツバメが壁を伝ってやってきた。
「邪魔するです。医療ドローンを呼んだですが故障してるです。鉄道もこの時間は動いてないです。首都から派遣されるドローンを待つか、車で移動するですよ」
「車を運転できる人は?」
忠志の問いに、ツバメだけが手を挙げた。
「はい、です!」
「……ツバメさん、今は目が見えないのに?」
「大丈夫、身体が覚えてるです!」
「やめときましょう」
アカネは低い声でツバメを制止した。
忠志はコンソールにコマンドを投入する。
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maint@nebulai-b8a4a89750:~$ sudo service stop nebulai-visiond
>>> /etc/sudoers: syntax error near line 11 <<<
sudo: parse error in /etc/sudoers near line 11
sudo: no valid sudoers sources found, quitting
sudo: unable to initialize policy plugin
maint@nebulai-b8a4a89750:~$
===================================================
「……え!?」
忠志は我が目を疑った。
「/etc/sudoersが壊れている、だって……?」
これが本当ならば、管理者権限を封じられたも同然だった。
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maint@nebulai-b8a4a89750:~$ cat /etc/sudores
cat: /etc/sudoers: Permission denied
maint@nebulai-b8a4a89750:~$
===================================================
アカネがキーボードを奪う。
===================================================
maint@nebulai-b8a4a89750:~$ pkexec vi /etc/sudores
pkexec: command not found
maint@nebulai-b8a4a89750:~$
===================================================
「pkexecも入ってない……」
今度はツバメがキーボードを奪った。
「CVE-2070-E000223の脆弱性を使うですよ。アカネさん、画面の内容を読み上げるです」
「はい。$プロンプトが表示されています」
「オーキードーキー?」
===================================================
maint@nebulai-b8a4a89750:~$ nebulai-debug pull /home/self-1a343a4f7a/ekspluati-cve-2070-e000223 .
/home/self-1a343a4f7a/ekspluati-cve-2070-e000223 1.2 MB/s (124315 bytes in 0.1s)
maint@nebulai-b8a4a89750:~$ ./ekspluati-cve-2070-e000223
eraro okazis
malsukcesis konekti al networking service
===================================================
「えらーろ おかーじす、まるすくつぇしす こねくち ある ネットワーキング・サービス?……どういうことですか」
アカネの言葉に、ツバメは手を額に当てた。
「あちゃー……何でダメです!? networkingサービスのバッファオーバーランの脆弱性で特権昇格するですよ」
忠志は気落ちした声で説明した。
「ホシさんはシステムファイルが幾つか壊れてるんです。多分、networkingサービスも起動していない……」
「四方八方塞がった、デス!」
ツバメはひざまずいて、天井を仰いだ。
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