Episodes[2] // 申し訳ない


 こうなると物理的に冷却して時間を稼ぐしかない。

 アカネはホシの後頭部に氷枕を置き、頭部の周囲に氷嚢を置いた。


「ホシさん、申し訳ない」


 忠志はホシの首にメスを入れ、頸動脈にクランプ型の血液冷却装置を装着する。それでも、脳内温度は僅かに上昇を続けている。ホシのCPUは発熱量は他のNebulAIに比べても多い。五十度を突破するのは時間の問題だった。


 アカネはホシの全身に氷嚢を設置しながら、忠志に尋ねた。


「シングルユーザーモードでファイルを修復できないですか?」

「封じてあります。スマートフォンと一緒です……でも、リカバリーモードなら。そうだ、正常なシステムイメージで上書きすればいいんだ!」


「念のために確認ですが、ユーザーデータ、例えば記憶は削除されませんか?」

「ファクトリー・リセットをしない限り、保持されるはずです」


 NebulAIのコアシステムの記憶装置は、システムパーティションとデータパーティションに分かれている。システムファイルはシステムパーティションに、記憶のような可変データはデータパーティションに記録されている。


 リカバリーモードで書き込むのはシステムパーティションのみだ。もっとも、忠志が知っている仕様から変更されていなければ、であるが。


「しかし、万が一を考えると、バックアップできるのがベストです。私のスマホもそれで何回も文鎮化から救われました」


 と、アカネ。

 

「文鎮化?」

「スマホにカスタムROMを書き込んで失敗し、二度と起動しなくなることです」


「でも、リカバリーモードにはバックアップ機能はない……起動中にバックアップを取るなら、今ここでイメージをダンプするしかありません。でも、selfユーザー、maintユーザーでは、保存データに直接アクセスする権限がない。もし万が一のことがあれば、ホシの記憶は永遠に失われてしまう」


 アカネと忠志は眉間にしわを寄せて黙り込んだ。


 しばらくして、ツバメが突然大声を上げた。


「あ、良いアイデア思いついたにゃん!」

 

 アカネは怪訝そうにふり返った。


「にゃん?」

「時空複製器は百年経てば、今この瞬間に存在しているワレワレを複製できるようになるです。百年後、ワイはギリギリ生きてるかもです。つまり、失敗してもこのツバメ様がここにいる四名を複製して、再チャレンジさせてあげるですよ」


「……つまり、気付いたら百年後ってことですか」

「リスクの天パ、です!」

です」

「それデス!」


 バカバカしい。けれども、その馬鹿げた提案のおかげで、忠志は少し気が楽になった。


「……ありがとうございます。少し気分が落ち着きました」


 忠志は深く息を吸って、そして吐いた。


「でも、それは、失敗すればホシさんの命が少なくとも一度は失われてしまうことになる。あくまでも最後の手段として取っておきたい」


「良い考えが?」


「はい」


 忠志はノートパソコンを手に取った。

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