Episodes[8] // 『分からないということが分かる』のは大きな一歩です
日が沈み、海風が冷たくなった。
その日、めぼしい成果は得られなかった。ツバメのシステムからは、出土品からダウンロードしたというイメージファイルは見つからなかった。仮想マシンのログも、関連ファイルも綺麗さっぱり削除されていたのである。
「……空き領域を一度ゼロフィルしたみたいですね」
アカネは力なくそう言った。
「となると、復元はできないと考えるべきですね……」
ホシは顎に手を当てる。
「そして、事前情報通り、ウィルス本体が見つからない」
忠志は頭を抱えた。
手詰まりだった。
少なくともロードされていたカーネルモジュールはすべて正規のもので、忠志から見て将来の忠志が電子署名とタイムスタンプを付与したものであった。
それどころか、二〇五〇年に作成されたNebulAIの最新システムイメージと、ツバメのシステム領域から抽出したイメージを比較すると、先頭バイトから最終バイトに至るまで完全に一致していた。つまりシステム領域にウィルスが感染しているわけではない。残るのはユーザー領域であるが、少なくとも自動起動する類のコンピューターウィルスは発見できなかった。
にもかかわらず、ツバメを再起動すると、起動時には既に発症しているのである。カーネルモジュールが勝手に暴走しているとしか考えられなかった。
考えられることはいくつかある。二〇五〇年の段階で既にコンピューターウィルスに感染していたか、長年潜んでいた不具合が顕在化しただけなのか。
アカネは沈んだ表情のまま、黙り込んだ。
けれども忠志は明るい表情を努めた。かつて勤務先の理事長から受けたアドバイスを思い出したからだ。
――リーダーの素質として一番大切なことは、常に明るく振る舞うこと。
――リーダーというのは最初にバカを楽しみ始めた人。楽しそうだから人が集まる。リーダーが楽しめないなら、誰も楽しめない。
忠志は理事長に心の中で感謝した。
「大丈夫。祝園さん、あなたのおかげで、証拠もコンピューターウィルスも見つからないということが分かりました。あなたは技術者だから分かると思うけど、『分からないということが分かる』のは大きな一歩です。明日からはとにかく治療法を考えていきましょう」
忠志がそう言うと、アカネは視線を床に落としたまま、僅かに頷く。
ホシはじっと忠志の顔を見つめていた。
ツバメに点滴を施し、その日の作業は終了となった。継続的な容態のモニタリングは、ホシとアカネが行うこととなった。
警察の反重力ドローンが運んできた食料品のなかから、「
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