Episodes[7] // すべてが失われた技術なのです


 ツバメの到着を待つ間、忠志とホシはアカネを引き連れて、地下の史料保管庫を調査していた。何か証拠につながるものが残っているかもしれないと考えたからだ。しかし、意外なものが見つかった。忠志の研究室の機材が大量に保管されていたのである。


「機材を分析室に集めたいのですが、手伝っていただけますか?」

「ぼく……私の任務ではありません。しかし、それが命を救うことに繋がるなら」

「ありがとう」

 

 記録によると、これらの機器類は、時空複製器で複製されたものだった。しかし、データが暗号化されており、未解読のまま放置されていたようだ。確かに、データの復号には研究チームメンバーの体内に埋め込まれたセキュリティトークンが必要である。正攻法で行き詰まるのは当然だろう。


「しかし、公開鍵暗号が三百年後にも解読されていないとは驚きですね」


 忠志がそう言うと、ホシは段ボール箱の中を探りながら答えた。


「我々にとってはすべてが失われた技術なのです」


 そして、手を止めて忠志に視線を向ける。


「ヒトの絶滅後、多くの分野で技術伝承が途切れました。その時から、我々は技術の消費者でしかないのです」

「でも、時空複製器? すごい発明じゃないですか」


 ホシは首を横に振る。

「いいえ。あれはヒトの軍事基地から発見されたものです。それがなければ、今頃はほら穴で原始生活を送っていたかもしれません」

「じゃあ、時空複製器と同じものは作れない、と」

「はい。ただし、時空複製器を二十二世紀から複製することはできます」

「けど、それじゃあ、もし一度にすべての時空複製器を喪失すれば、原始生活に逆戻りってことですよね」

「その通りです。だからこそ、技術を再興させることが技術復興省の重要な使命なのです」

「それが、まさかこんな結果になるとはね……」


 故意にせよ過失にせよ、コンピューターウィルスまで再興させてしまったのは皮肉である。

 技術は人を幸せにするが、時に不幸にもする。忠志はその事実を改めて噛みしめた。



 機材や段ボール箱を台車に乗せ、史料分析室と史料保管庫の間を往復する。


 ホシは並のNebulAIよりも力持ちだ。忠志が顔を歪め全身が悲鳴を上げる重さの箱も、彼女は澄まし顔でヒョイである。その華奢な腕のどこからそんな力を出るのだろう。NebulAIの設計を知っている忠志が驚くほどである。筋肉組織のチューニングが誤っているのではないか、と忠志は疑った。

 

 そうして、あっという間に史料分析室は『姫路工科大学 知能システム研究センター NebulAIプロジェクト研究室』(通称『嵯峨研』)と化した。そうだ、ここを新・嵯峨研とでも名付けよう。


 ただし、時代感はちぐはぐである。過去に廃棄した装置もあれば、まだ構想段階だったはずの装置もある。そしてまだ知らない装置までもが一堂に会する様を見て、忠志は不思議な気分になった。


 部屋の隅で蹲ったままのアカネをよそに、一通り配線し、電源を入れて回る。起動したすべての装置が忠志のセキュリティトークンを受け付けた。


「よし、と」


 そのとき、窓の外から間の抜けた声が飛び込んだ。


「デス!」

 

 それまで部屋の隅で三角座りをしていたアカネが、ハッとして窓に駆け寄った。カーテンを開くと、外に医療用反重力ドローンが赤い光を点滅させながら浮遊していた。トラクタービームで医療用カプセルをぶら下げている。


 忠志が窓を全開にすると、ドローンは室内に入り、ゆっくりと医療用カプセルを床に降ろした。役目を終えたドローンは、直ちに窓の外に飛び去って行った。

 

 カプセルを開けると、中には意識を失った若い女が横たわっていた。NebulAIらしい真っ白な肌と黒い髪。外見的には十代のように見えるが、NebulAIのことだから二十代前半ぐらいだろう。カプセル内部に頭をぶつけたらしく、額が少し赤くなっていた。


「大丈夫ですか!? ツバメさん!」


 アカネがカプセルに駆け寄るが、ツバメと呼ばれたNebulAIは一切の反応を示さなかった。身体を揺すっても、頬を叩いても同様であった。

 ハリマ熱病の症状に意識を失うことが挙げられるが、一部の患者は時々目を覚まし、一方的に何かを言い、直後に気を失うという症状を見せる患者もいる。カルテによるとツバメもその一人であった。


 アカネはキッと忠志を睨んだ。


「どうして、どうしてここに運んできたんですか! 治療が必要なのに!」


 そして、忠志に掴みかかった。彼女は怒りのこもった目で忠志を見上げ、小型犬のように威嚇した。


 ホシは咄嗟に銃をアカネに向ける。


――オーケー、ちょっと待て。


 その角度で撃てば、忠志も巻き添えを食らう。

 忠志は苦笑いを浮かべ、手で合図して制止した。


 忠志はアカネの目を見た。


「安心してください。まずは治療をするためです。まだツバメさんは危険な状態にある。僕とホシ少佐が編み出した治療で、まずは短期的な死亡リスクを小さくできます」

「本当ですか?」


 疑いのと期待の目が交互に現れる。

 それは、興味深いことに、首都総合病院でもNebulAIがよく見せた表情と同じだった。大切な家族や友人への治療を医者でもない胡散臭いメガネ野郎が提案すれば、そんな表情を見せるのも当然である。NebulAIもヒトも根本は同じである。


「ぼく……私は医師でもありますが、少なくとも死亡リスクが小さくなることは確かです。首都総合病院ではこの三日間一人も死亡者が出ていません。しかし、この治療法は、あくまでも時間稼ぎでしかありません。技術的には、CPUの大半のコアを無効化し、なおかつ動作周波数を最低限で固定する単純な手法です。ですが、副作用として意識の回復が難しくなります。長期的な影響については未確認です」


 その時、ツバメが身を起こした。


「アカネさん、無事でチョベリグ、です!」

 そして、再び意識を失う。


「あああ、じっとしていてください。体温が……」


 アカネは、氷枕の位置を直す。


「……わかりました。私が止める理由はありません。……あとは、ツバメさんに聞いてください」


 しばらくして、ツバメは、


「その治療、オーケイ、でぅえす!」


 と親指を立て、ウィンクした後、意識を失った。

 ホシは困惑の表情を浮かべた。NebulAIの中では、ホシとツバメは両極端にあるのかもしれない。


 ホシは軽々とツバメを机の上に載せると、手際よく額にディスポ電極を取り付けた。忠志の旧式のモニターと、ホシの端末のホログラフィックディスプレイに、ツバメのバイタルサインが表示される。画面デザインは異なるが、基本的に表示されている内容は同一である。


「NNGPAの内部温度が四十八度です」


 忠志は、ツバメの手首を握る。あとは手慣れたものであった。


===================================================


login: maint

password:


Welcome to Omotenashi 48.04.3 LTS (TNL/Tulax 10.1.2-102-generic riscv)


NebulAI Individual ID is 1a343a4f7abd4d326c8ae7929b605eda2ee4727e061e7024d5d1d950b9b3a00d


Last login: Sat Apr 5 12:10:12 2330 from ttyS0

maint@nebulai-1a343a4f7a:~$ sudo -s

Please touch the reader with your hardware token...

Public-key authentication start.

PIN required.

Enter PIN for 'Tadashi Saga (HUT Security Token)':

Authentication succeeded.

root@nebulai-1a343a4f7a:~# cpufreq-set -g powersave

root@nebulai-1a343a4f7a:~# for i in {1..15}; do echo 0 > /sys/devices/system/cpu/cpu${i}/online; done

root@nebulai-1a343a4f7a:~#

===================================================


「よし、ありがとう」


 温度グラフが徐々に下がってゆく。やがて、NNGPAの内部温度が三十九度で落ち着いた。アカネは呆気にとられた様子で、温度グラフを見つめる。管理者ルート権限さえあれば、もっと多くの命を助けられたかも知れない。そんな悔しそうな表情を浮かべていた。


 忠志はアカネに微笑んだ。

「これで、当面の死亡リスクは低くなりました」


 一方、アカネは沈んだ表情のまま、画面を指差す。

「あの……ログオフ忘れてませんか?」

「鋭い。さすが情報処理安全確保支援士」

「……それは三百十年前の話です」

「あなたがセキュリティの専門家と見込んで、お願いしたいことがあるんです」


 忠志が椅子に座るように促すと、アカネはそれに従った。


「……何ですか?」

「ウィルスの正体を突き止めたい。できれば、感染が広まった経緯も。そのためには、できるだけ情報を集めて保全しなければならないんです」

「……デジタルフォレンジックですか? 専門分野ではありませんが……それに、犯人がやって意味があるのですか?」

「もちろんあなたが原因の一つになったかもしれない。けれども、もしこれが仕組まれて起きたことならば、本当に罰せられないといけない人を野放しにしてしまう」

「証拠隠滅をするかもしれませんよ?」

「手順を教えてください。実際に操作するのはホシ少佐です」


 忠志はホシにも椅子に座るよう促した。

 三人の目線の高さが初めて揃った。


「……はい。まずデータは別のコンピューターに保存する必要があります。そのためには、高速な通信路を確保する必要があります……」

「nebulai-debugコマンドのreverseサブコマンドで、ホスト側にTCP通信をポートフォワードできます。接続状態が良ければ多分800Mbpsぐらいは出ると思います」

「コンピューターウィルスに感染する可能性を考えると、大切なデータが入っていないコンピューターを――」


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