Episodes[1] // 重力の変動にご注意を
首都オカヤマ。
日本の岡山が現在の首都であることを忠志が知ったのはつい先刻のことであった。三百年後の世界で首都が岡山になっていると知ったら、京都人は何と思うだろうか。東京でさえ首都として認めていなかったのである。『えらい、だだっ広い場所でよろしおすなぁ』などと歯ぎしりする様子を思い浮かべ、少し笑みが漏れた。
市街地の中心に高速鉄道オカヤマ駅があった。病院からは徒歩で五分。利便性は申し分ない。
市街地といっても忠志が知っている風景とは大きく異なる。どこまでも続く田園や荒れ地の中に、巨大な墓石のようなビルが疎らに生えているだけである。とはいえ、駅周辺ともなれば並木道の一つはある。開花したばかりの桜の枝には小鳥が止まっていた。春の穏やかな日差しが心地よかった。
駅ビルの印象は時代が異なっても大きく変わる事はない。横に長く、高架が貫いている。オカヤマ駅は一目見てそれが駅であることが分かった。
忠志とホシはプラットホームに停車している列車に駆け込んだ。その直後、背後で扉が閉まった。
「三百年後になっても駆け込み乗車するとは思わなかった……」
忠志は息を整えながら、そう言った。
一方のホシは、疲れた様子もなく、冷然と返答する。
「予定通りの時刻に起床しなかったあなたの責任です」
「はは、手厳しい……」
忠志は朝が苦手だった。寝ぼけた彼は、今朝もまたホシに対してプロポーズしたのだという。記憶はないのだが、お冠の様子を見ると疑う余地はなさそうだ。その結果、予定が大幅に遅れたのであった。
「ところで、姫路に行くんでしたっけ」
忠志はメガネの位置を両手で正しながら、ホシに尋ねた。
「はい。厳密には、ヒメジ遺跡駅です。そこから車に乗り変え、東ハリマ自治区に向かいます」
「なるほど」
忠志はその時初めてハリマが播磨の意味であることに気が付いた。
車内は高速鉄道というよりも通勤列車のようであった。特急列車のような上等なシートもなければ、古き良きボックスシートや転換クロスシートさえもない。ただ、壁に沿ってベンチシートが申し訳程度にあるだけである。まあ、新幹線なら岡山から姫路まで二十分ほどだ。立っていても知れている。
キュイーンという甲高い音が車内に響く。
『Bonvolu zorgi pri variado de graveco』
――重力の変動にご注意ください。
それは、一瞬のことだった。ドンと音が聞こえたかと思うと、次の瞬間には、列車はヒメジ遺跡駅に到着していた。
扉が開くと、忠志はホーム上に嘔吐した。まるで、見えざる胃カメラが内臓を駆け巡ったかのようだった。
ホシによると、列車はフォースフィールドで作られた真空チューブ内で一気に秒速百キロメートルまで加速するのだという。普通であれば乗客は加速度に耐えきれず押しつぶされてしまうはずだが、重力子エミッターによる重力調整のおかげでその憂き目には遭わない。だが、最大の問題はヒトを前提に設計されていないということだった。忠志は、その重力変動に酔ってしまったのである。
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