Episodes[13] // 大成功でしたね



 忠志は食卓を見渡した。アカネは味噌汁とTofuoトフーオ以外を完食している。一方、ホシが完食したのはTofuoトフーオと白米だけだった。味噌汁は一口で遠ざけ、だし巻き卵は半分を残している。そして今、顔をしかめながら、スプーンでほうれん草をつついていた。


 忠志は頃合いを見計らい、切り出した。


「朝からお集まりいただいたのは、正式にチームを結成したいと考えたからです」


 顔に笑顔を浮かべてはいても、声に疲労感は隠せなかった。

 それは食卓を囲うホシとアカネも同様だった。何とか様々な誤解を解くことはできたが、時間と体力の損失は計り知れなかった。


「『メンバーの心を掴むならまず胃袋から』と思ったのですが――」


 それは旧・嵯峨研のしきたりでもあった。新たなメンバーは、食事で歓迎する。


「――大成功でしたね」


 三パーセントぐらいは。

 忠志が自嘲気味に言ったその言葉は、冷ややかな視線となって返ってきた。


「自虐はともかくとして……皆さんにご相談があります」

 忠志は姿勢を正した。

「僕はこのチームで、ツバメさんを、そして、NebulAI全員を存亡の危機から救いたいと考えています。今こうしている間にも命は失われてゆく。ホシさん、昨日一日の死亡者数を教えてください」


 ホシはタブレットに視線を落とす。


「報告では一四四名です。ただし、昨日で報告が途絶えた自治体が五市町村あり、それを踏まえると最悪二五〇〇名と推定されています」


 忠志は言葉に詰まった。目頭を押さえる。その数字は、忠志が想像していたよりも遙かに多かったからだ。それぞれの人生に想いを馳せると、悲痛だった。

 一方で、アカネは顔を真っ青にして頭を抱えた。この場で報告を求めたのは酷だったかもしれない。


 忠志はアカネとホシ、そして意識を失っているツバメの顔を見る。


「この状況を僕一人の力で解決することは不可能です。だから、ぜひ、協力をお願いしたいのです」


 忠志はアカネの目を見る。


「祝園アカネさん、あなたはセキュリティの専門家として」

「……やらかし専門です」


 ついで、ツバメ。


「ツバメさん、あなたには第一号の感染者として」

「……」


 そして、ホシ。


「ホシ少佐、あなたは医師と法律の専門家として」

「……はい? え、ぼく……私も?」


 ホシは困惑の表情を浮かべた。


「そして、僕。NebulAIの設計をちょっと知っているので」


 再び全員を見渡して、忠志は言った。


「ここにいるのは、被疑者、被害者、警察官、そして、警護対象者。だけど、一度それは忘れましょう。ぜひ、お力添えを……」


 忠志は頭を下げる。


 右手で左手を握りしめた。もし協力を得られなかったらどうしようか。ハカリ医師は多忙だ。協力を得たとしても、一人で孤独な闘いを強いられることになるだろう。けれども、忠志はセキュリティの分野に疎い。ましてや天才ハッカーでもない。一方、アカネは少なくとも政府から危険視される程度にはその手腕を認められている。ホシはこの中で唯一医師免許を持っている。ツバメがいなければ治療の検証ができない。祈るような気持ちだった。


 カラスが鳴いた。

 どこかで、また一つ命の灯火が失われたのかもしれない。


 その時、ツバメがガバッと身を起こした。

 目を見開き、焦点が定まらない様子のまま、忠志に言う。


「イエッサー! ツバメ、OK、ですッ! 煮るなり焼くなり好きにして♡、ですッ!」


 元気な声は、庁舎内に響き渡った。

 直後、ツバメは再び意識を失い、ストレッチャーに倒れ込んだ。


「あぁああ……ツバメさん、動かないで、じっとしててください。体温が……体温が……」


 アカネはツバメに駆け寄って、氷枕の位置を直す。

 そして、忠志を見て言った。


「私は取り返しのつかないことをしました……死刑に値すると思っています。でも……生きている限り、最後まで責任を果たしたいと思っています。協力させてください」


 ホシがそれに続いた。


「ぼく……私も、協力します。任務の範囲外ですが」



 忠志はほっとした表情を浮かべた。


「ありがとうございます。よろしくお願いします」


 そう言って、もう一度頭を下げた。



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