Episodes[1] // これで皆を救えるはずです!


 強い風が吹いた。桜吹雪が美しかった。

 けれども、その桜吹雪と同様に、NebulAIの命も散り続けている。皮肉だった。

 

 ハリマ熱病の爆心地であったこの史料分析室にも、新たな役割が与えられた。嵯峨忠志さが ただしの立ち上げた新たなハリマ熱病対策チーム、通称、新・嵯峨研である。そして、数時間前まで絶望の表情を見せていた被疑者・祝園ほうそのアカネは、打って変わって目を輝かせていた。


「これで皆を救えるはずです!」


 アカネはミーティング用テーブルから身を乗り出し、忠志に向かってそう言った。その声は明るく、興奮気味である。そして、頬は僅かに赤らんでいた。


 これまで忠志はそんな表情を何度も見たことがある。まさに問題の解決策を見つけたエンジニアが見せる顔である。忠志は改めて確信した。彼女は極悪非道のブラックハットハッカーではなく、問題解決を愛する根っからのエンジニアなのだと。


 忠志はホシと共に席に着いた。


「まさか、ウィルスの活動を停止できる方法が?」


 だが、忠志の期待は大きすぎたらしい。アカネは少しだけ顔を引っ込めた。


「……いえ、これも時間稼ぎにすぎません」

「でも、画期的な方法なんですよね」


 アカネの顔が再び明るくなる。


「はい! 今、死亡者が増加し続けているのは、管理者権限を行使できる人が一人しかいないからですよね?」

「その通りです、違いない」


 猛威を振るうハリマ熱病は、毎日数千人の死者を出し続けていた。しかし、忠志がハカリ医師とともに予防策を打った首都病院では、この数日間一度も死者を出していない。その理由は、死亡リスクを激減させる処置には、NebulAIのシステムに対する管理者権限が必要だからである。そして、その管理者ルート権限を持つのは忠志ただ一人であった。


 アカネは忠志とホシの顔を順番に見た後、勝ち誇ったかのような表情で言った。


「つまり、嵯峨さんの分身を作れば良いのです」


 忠志は仰天する。


「まさか、時空複製器で僕を増やすと? でも、確か成功率は」

「三割以下です」

 補足するホシはあくまでも冷静な口調だった。


 アカネは、やれやれといった表情で言葉を続ける。


「まあ、それでも良いですが……。セキュリティトークンが無事であれば」


 つまり、忠志の複製が死んでいようが生きていようが、トークンさえ生きていれば良いということか。


「とてもな提案をありがとう」


 忠志は笑顔で拒否の意志を示した。いくら複製とはいえ、自分の死体は見たくない。


「でも、本当に複製する必要はないのです」


 アカネは、そう言ってホワイトボードマーカーのキャップを外した。


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