Episodes[12] // 我々の名前はありません
「おはようございます」
忠志は朝食の配膳を終えた後、椅子に掛けて、皆に言った。
「食事の前に、まず、お知らせを。ハリマ熱病による日次死亡者数が、ついに昨日、ゼロになりました」
「え、本当で――」
アカネを押しのけて、ツバメが身体を乗り出す。
「それはモノホンの情報、ですか!?」
「医務省統計局の発表です。ほぼ事実としてみて間違いないでしょう」
と、ホシ。
忠志は補足する。
「ですが、残念ながら、その政府発表に我々の名前はありません」
「それで良いです。私の責任でもあるので……名前を載せらるような……」
アカネとは対照的に、ツバメはホシに食ってかかる。
「何を言ってるですか、命の恩人が評価されないのは納得いかないです! 私を逮捕するですよ!」
ホシはあくまで冷静だ。
「政府はこの件をヒトの手柄にしたくないのです。それに自作自演を疑われる余地もある」
「これだから大本営発表はダメなんです……! 自作自演じゃない、ですよ!」
「分かっています」
アカネが割って入った。
「誰の手柄だとかどうでもいいです……。これで、被害の拡大は食い止められた」
そう言って、少し涙ぐんでいるように見えた。
忠志は微笑んだ。
「そうです。祝園さん、あなたのアイデアがなければ実現しなかった。ツバメさん、あなたの蛮勇のおかげでもある。そして、ホシ少佐、遠隔治療アプリを完成させたのはあなたです。この成果は、ちゃんとどこかで発表したいと思います」
そうだ。もし、学会があるのならば、そこで発表するのも良いだろう。共通語の勉強をしなければならない。すべてが終わったら、ホシに教えてもらわなければ――いつまでホシは傍にいてくれるのだろうか。
忠志はふとホシと目が合う。彼女の口元が少し緩んだように見えた。それは彼女が初めて見せる表情だった。
「これで、一つの大きな成果を出せました。しかし、ここからが勝負です。あくまでも対症療法です。ウィルスの正体を掴めたわけではない。引き続き、よろしくお願いします」
忠志はタブレット端末を脇に置いた。
「でも、今日と明日は、休日としましょう」
ほぼ一週間、働き通しだった。
これで疲労も少しは解消できることだろう。
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