Episodes[4] // 百イイネは堅い


 カーテンがひらひらとなびいている。その先に見え隠れする青空を、ホシは見つめているようだった。だが、ただ座っているのではない。タブレット端末に組み込むためのソフトウェアをプログラムしているのである。


 一方、アカネはソファーに寝転がり、旧型のノートパソコンのキータイピング音を響かせていた。こちらもプログラミングである。


 二つの時代が同居する不思議な光景だ。もしここが三百年前だったなら、写真を撮ってSNSにアップしていたことだろう。百イイネは堅い。


 正直なところ、忠志も作業に加わりたい気持ちで一杯だった。しかし、この程度の開発プロジェクトであれば、下手に分業するよりも最少人数で取り組む方が良い。そこで、忠志はサポート役に徹することとした。


 まず、忠志は、自分よりも未来の自分が書いた論文や研究ノートを読み、NebulAIに関する知識をアップデートすることにした。恐らく、この知識はすぐに必要になることだろう。


 文献によれば、NebulAIを完成するまでに直面した課題は数知れなかった。忠志が想像さえしなかったものも含まれる。そのたびに、忠志や研究室のメンバーが創意工夫を凝らして、泥臭く解決していったらしい。現在の忠志が使い物にならないと考えていた技術が、最終的にはコア部分で採用されていたりもする。技術の流行廃りは分からないものだ。


 最新の論文ではNebulAIの味覚がヒトと完全に同一ではないことも指摘されていた。味覚の不一致は時に人間関係にも悪影響を及ぼしていたようだ。なるほど、あのマズいTofuoは……。


――つまり、食文化への配慮も欠かせないということか。


 つい脇道に逸れてしまった。



 気付けば陽が傾き、風が冷たくなっていた。

 忠志は窓を閉めながら、考えた。


 これまで忠志はプレイヤーであった。研究リーダーというのは肩書きだけであって、あくまでもゴールを目指してメンバーを牽引するだけである。少し先を見通して知識を蓄えるのは、あくまでも牽引役でしかない。


 経験則として、七名以下のチームには牽引役だけで十分だ。七名を超えた瞬間、崩壊した研究プロジェクトを幾つか知っている。だからこそ、研究プロジェクトのサポート役は、姫路工科大学の理事長が直々に務めていたのだ。


 しかし、思い出してみれば、理事長は人や物や金といった資源を途切れなく調達し、法務面での課題もいつの間にか解決していた。地雷を予め撤去し、ゴールへの道を整備する役割――本来の意味でのマネージメント――を実践していたというわけである。


 今のチームは七名を超えることは考えられない。けれども、結束は弱くホシもアカネも簡単に離脱してしまうかも知れない。こんなことになるなら、もっと理事長の教えを請うておけばよかったと忠志は思った。しかし、少々遅すぎる。そう、だいたい三百年ほど。


 だが、少し真似ることぐらいならできるだろう。

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