3→4:最終話.独りでは作れない物語(後)
編集部の外へと出ると……
「あっあんたは、大樹の何なの!? どんな関係なの!?」
「そちらこそ何なんです? いきなり……ガミガミとうるさい女ですね。『元カノ』でしょう、あなたは」
「『元』って何よ! 最近、疎遠だっただけじゃない!」
――女二人が、いがみ合っていた。
「あっ、大樹!」
「山野さん……ちょっとこの女が」
「おら、卑怯者!」
どうやら、女二人は山野を取り合っていたようで。
一人は、町田。もう一人が……えっと、どこかで見たような見てないような……
「山野って、下の名前『大樹』だったんですね……」
「そうや……なぁ、帰っていい? 先生に何か言おうと思ってついてきたけど、忘れちゃったし」
「ダメですね」
町田ともう一人の女は、山野へ近づき早口でまくし立てた。
どうやら、色恋沙汰のようで……あれ、んじゃこの町田じゃない方の女が、つまり……
「山野さんの『元カノ』さん何ですか?」
「『元』じゃないのぉぉ! ねぇ、大樹そうだよね!」
「はぁ? オレと勝手に別れたのはお前やんけ」
――はぁぁぁぁ!!!???
やたらと、テンションの高い女子高生服の女が叫び……あれ、思い出した!
「お前、あんときの『JKモドキ』か!」
「はっ? ……お前、そういえばあんとき、スカートめくってきた奴か! 許さん」
正確には、僕は一切めくってないんだけどね。
幽霊の仕業だからね……。
僕と『JKモドキ』の様子を見て、山野は、
「へぇ、お前さんら知り合いやったん?」
「山野、この人誰なんです?」
「大樹、この男嫌いなんですけど!」
山野は、深~いため息をついて。
僕らそれぞれの紹介をしてくれた。
「えっ、君が『そるてぃー』さんだったの……初めまして」
「初めまして。そうよ……てか、あんたの名前『登戸』っての覚えてたけど、まさか、あの登戸だったとは……」
山野の『元カノ』がまさか、『そるてぃー』さん何て、全く予想していなかった。
というか、山野も知らなかったようで、山野自身も知った当時はめっちゃ驚いたそうな。
山野が彼女いないと言っていたのは、付き合っていた『そるてぃー』さんと別れたと、山野が勘違いしたせいで、二人の主張が食い違っているということらしい。
プロを目指すために、ちょっとの間一人で創作に集中したかった『そるてぃー』さんは、山野と距離をとっており、山野はそれで勘違いをした流れみたいだ。
――うん、リア充……
町田も、山野に色々と助けてもらって、惚れたような感じで……あぁ、もうタヒればいいのに……。
――リア充かぁ……
結局、幽霊が僕のことをどう思ってくれていたかを、彼女の口から聞くことなんてできなかった。
そうなんだ。幽霊は僕の告白を断っただけで、嫌いとはまでは言ってない。
だから、両想いの可能性も残っている。
――何だ、焦る必要なんてないじゃないか。
別に山野がリア充だろうと、僕ももしかしたら、リア充だったのかもしれないと思うと、自然とちょっと……ちょっとだけましになった。
◆ ◆ ◆ ◆
ワチャワチャと口論? を続ける山野たちを放置して、僕は『待ち合わせ場所』へと向かい始めた。
その時、スマホが振動した。
通知はノベノベアプリから。
アップデートで色々と改善されて、結構使いやすくなっているのだが、未だに執筆機能が付かないのが謎なアプリでもある。
僕は歩きながら、通知の内容を確かめた。
――おっ、アオシマさん。更新してるじゃん。
アメリカで出会った玉野の祖父である、アオシマは、玉野や僕に影響されてかノベノベで作品を書き始めたのだ。
しばらく日本語を書いていなかったのもあり、いい刺激になっている、とアオシマは言っていた。
作品といっても、書いているものはエッセイが中心で。
アオシマが経験した心霊体験や、妻との出来事日記のようなもので、じわじわと人気が出始めている。
「登戸さん、登戸さん!」
「おぉ、玉野。こうして会うのは久しぶりだな」
「つい先週もあったばっかりじゃないですか」
約束の場所に玉野は先にいた。
山野の痴話騒動がなけりゃ、僕ももっと早くつけたってのに……無念。
「よし、行くか」
「そうですね」
これから少し遠くへと行くのだが、僕が選んだ移動方法はタクシーだった。
理由は、電車よりも楽ということじゃなく……
――やっぱ、いたか……。
タクシーの運転席にいるドライバーを確認して、僕はそのタクシーへと乗ることに決めた。
「すみません。お客さん、タクシー並んでいる時は、一番前のからお願いします」
「玉野、これで前のタクシーに乗って先行っててくれ」
「えっ……分かりました」
駅前で一番前に並んでいるタクシーに玉野を乗せ。
僕はその二番目に並んでいたタクシーに乗った。
玉野とあらかじめ確認した目的地を伝え、タクシーは走り出した。
「お客さん、一人ずつ乗るって贅沢な使い方しますね。いいご職業についているんですか?」
「本当なら、もう書籍を出していたはずの小説家ですよ。とある方に色々と足踏みされちゃってですね」
「あぁ、それは大変で……で、」
――で、どういうつもりだ。登戸。
厳つい身体つきをした、運転手……ライジン文庫元編集長の神藤弾は、急に声のトーンを下げて言った。
「どういうつもりも無いですよ。ちょっとお話したくなってですね」
「まぁ、いい。罵るなり、罵倒するなり、自由にしてくれ」
神藤はルームミラー越しに僕を見ながら、言った。
「『@observer_admin』ってアカウント知っていますか……?」
「あぁ、私のアカウントで合っている」
「……意外と素直に答えるんですね」
「今更ウソをついても、どうにもならないだろう」
こうして編集長と会話したのは、あの事件以来かもしれない。
「一つ気になっていたことがあるんです……どうして編集長室にお札を貼っていたんですか……?」
幽霊と編集長室へ潜入したとき、彼女が苦しんだ。
その後、調べて、幽霊が苦しんだ原因がお札であると分かったのだが……サキサキ殺人事件に直接関係していない神藤がなぜあらかじめ、お札を貼っていたのか気になったのだ。
僕の疑問に、神藤は答える。
「『@observer_admin』を知っているって言ったよな」
「はい」
「それがすべてだ。私は他人の小説を『酷評』しまくっていた。理由なんぞは勝手に詮索してくれ。それで、多分あっている」
「お札とそのアカウントがどう関係して?」
「私は、サキサキを『酷評』して、罵倒して、誹謗中傷しまくっていたのだ。彼女が『自殺』したという情報を得た時は、まさか自分のせいかもしれないと少し怖くなったんだ……そこで、反省したら良かったんだが」
神藤は、サキサキの『自殺』を受け、自分に責任を感じた。
しかし、玉野に『批判コメ』を送ったりと……反省はしていなかったんだろう。
「だが、いい加減分かった。私は『小説』にしっかりと向き合っていなかった。人の言葉を借りて、自分の力を過信して。他人を攻撃することでしか、自分の価値を高めることも、価値を確認することもできなかった……今になって、やっと分かったんだ」
神藤は、そこで鼻をすすった。
泣いているんだろうか。いや、泣いてないだろう。だけど、感情は高ぶっているんだろう。
「目的地です。料金は……」
支払いになっても、神藤は僕に顔を見せないように隠していた。
◆ ◆ ◆ ◆
「玉野、お前の兄ちゃん……どうだったか」
「元気にしていましたよ」
幽霊を殺害した罪で、『せいじん』……幽霊の元カレでかつ、玉野の実の兄である、脇屋誠二は逮捕され、実刑を受けている。
今、彼が収容されている刑務所に僕と玉野はいた。
僕はなぜか面会の許可が下りなかったので、実の兄弟である玉野だけが面会に行った。
せっかく来たというのに……。
「あいつ、何て言ってた」
「登戸さんには、感謝していると。そして、何度も謝っていました」
「そうか……」
この前、『せいじん』さんから手紙を貰った。
――あの時、君のコメントのおかげでボクはまだ筆を握っていられる。一度折りかけた、ボロボロの筆を、ね。
幽霊を殺めた彼に、僕はどう反応すればいいのか分からない。
憎いとか、そういうのじゃないのだ。
言い方は悪いが、……僕はサキサキが死んだからこそ、幽霊と出会えた。
だから、『せいじん』さんにどういう感情を向ければいいのか分からない。
――申し訳ない。
ふと、思って、否定する。
僕が『せいじん』さんに「面白い」という言葉を伝えたせいで、彼は書き続けている。
僕があの日、何にも言わなければ、コメントを送らなければ……『せいじん』さんは、『小説の闇』になんて飲み込まれなかったのかもしれない。
引き返せたのかもしれない。
――だけど、
僕の言葉を否定してしまうと、……もうそれは、それを言っちゃお終いというか。
責任を感じようとすることは、実際、本来責任がかかるはずでない人でも簡単にできることだ。
誰にでも責任は感じられる。
ならば、『小説を書く』という責任は。
小説を書いて、書くことに囚われてしまう責任は、誰に……。
「登戸さん。ぼくの兄ちゃんが書き始めたのは、ぼくの影響なんだそうです」
「えっ、そうなの?」
「小学校の国語の授業で兄ちゃんが書いた小説をぼくが読んで、めっちゃその作品が好きになったんですね。『stars』のことは最近、知ったばっかりですが、そこに掲載していた作品が、まさにその作品で……」
――何だ、僕が最初のファンだと思ってたら、玉野に先を越されちゃっていたのか。
「登戸さん。兄ちゃんは、あの作品……『星空の戦士たち』を一から書き直すそうです。それと同時に、こう言ってました」
――やっぱボクはこの物語を完成させたい。ボクにはこの物語があればいい。どこの出版社にも断れたとしても、二人だけは面白いって言ってくれる奴がいるからな。
「その『二人』って」
「さぁ、誰なんでしょう」
そう、僕と玉野は笑いあった。
◆ ◆ ◆ ◆
玉野の自宅前でタクシーを降り、僕は家へと帰り始めた。
調子に乗って、タクシーを二台も使っちゃったので、結構出費が増えてしまったのもあるし、たまには歩いてみようと思ったのだ。
松葉づえにも、もうちょっと慣れておきたいし。
――時が経つのは本当に早いもんだ。
僕が出版中止にされ、ゴーストライトを依頼され、幽霊と出会って、玉野に『美人サキサキ』と勘違いされて……。
Twetterが炎上して、事件の真相に迫って、アメリカに行って……。
――あと、刺されて、トラックに轢かれる経験もしたんだよなぁ……。
本当に自分が体験したことが、ウソのように思えてくる。
事実は小説より奇なり、みたいなことだろうか。
不思議だ。不思議な気分だ。
――また、幽霊に会えないものだろうか……
幽霊と僕のノベノベアカウントは結局復元して貰えなかった。
彼女が書いた下書きの設定とか諸々見てみたいなぁと思っても、もうできないのである。
――これで、良かったのかなぁ……。
幽霊に確認は取っているが、『俺オレ』の結末は本当にあれで良かったんだろうか。
考え出すと、キリがないんだけど……。
バイクはぶっ壊れたし、僕のケガの状況からもうしばらくは乗ることはないだろう。
でも、歩くって結構しんどい。
――家まで、あとどんくらいあるんだよ……。
無駄に青い空を見上げる。
雲ひとつなく、どこまでもどこまでも続いているような……
――えっ、
ふと、空に人の様な影が見えたような気がした。
僕は、瞬時に走り出していた。
松葉づえを使っているから、どうにもうまく走れない。
そして……すぐに転んでしまった。
――あぁ、もう、急がないと。
影はもう遠くまで行ってしまった。
どうしよう……。
「登戸さん! 大丈夫ですか?」
そう思っていると、バイト店員君が僕を起こしに来てくれた。
ちょうど近くの牛丼屋で飯を食っている途中だったみたいだ。
「登戸さん、その身体で走っちゃマズイですって。自分連れていきますからから、トラック持ってきますね」
「助かる……ありがとう」
僕はバイト店員君の言葉に甘え、トラックに乗る。
「とりあえず、この道を真っ直ぐ進んでください」
「了解っす」
あの影を追いかけていくと、だんだん『行き先』の予想が付いていった。
そして、予想は的中した。
何度も見て、馴染みのあるアパート。
つまり、僕の家だった。
「ここまで送ってくれてありがとう」
「大丈夫ですよ。いつでも頼ってくださいっす」
トラックを降りると同時に、スマホが震えた。
ブルブルと振動を続けるスマホの画面を確認すると、山野からの電話だった。
『おぉ、先生。さっき言い忘れたことがあってな、電話したんや……』
その電話に出ながら、階段を駆け上がり。
僕は家の鍵を開け、……ドアを開いた。
すべてがまた、スローモーションになるような感覚。
僕は、何にも考えずに部屋に駆け込む。
土足何て、気にしない。
バランスを崩して、転けそうになっても何とか踏ん張る。
スマホから山野の声……
――『俺オレ』アニメ化するらしいぞ
それで、何となく……理由を察した。
――あぁ、こんな簡単に、悩んでいたエンディングが思いつくなんて。
やっぱり僕には彼女が必要だ。
僕が描きたい世界は……。
『幽ゴス』は、独りでなんか作れない。
「帰ってきちゃった」
「無茶苦茶なトンデモじゃないか」
やっと見つけたその答えを、僕はしっかりと胸に。
何度も、何度も、何度だって刻んだ。
*************
共有されたエピソードはここまで。
web小説は、本当に洒落にならないくらい色々な人がいて、それぞれが自分の思いを、考えを、信念を持っています。
独りだけで書くのとは違い、互いに影響しあっていける、そこがwebの魅力なのだと、私は思っています。(玉掛)
【小説情報】
小説タイトル:幽霊とゴーストライター
作者:玉掛占地
公開済みエピソードの総文字数:145,855文字
幽霊とゴーストライター たまかけ @simejiEgg
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