12.新人作家と『くろう作家』と『正当な評価』
「サキサキ先生、今日は来てくれてありがとうご……」
「ちょいと、その呼び方はやめてくれ」
「あぁ、隠しているんですよね……えっと、登戸さんでいいんですよね」
取り合えず『サキサキ』と呼ばれるのはまずので、ペンネームは隠していると玉野に説明を入れる。
んでも、呼び方を決めないといけないので、自分のペンネームを伝えた。
こうパッっと偽名が思いつけばいいんだけど、思いつけないし、呼ばれてすぐに反応できないといけないし……
ちなみに、僕のペンネームは母方の旧姓を貰って、下の名前は本名という安直ネーミングであったりする。
「あぁ、そうしてくれると助かる」
「…………」
「…………」
沈黙すぐる。コミュ力が……足りない。
デート中の付き合いたて男女が『今夜のご予定』を駆け引きするみたいに(デート以前に女子と手つないだことないけど!)、互いにモジモジしていると、玉野が先に口を開いた。
「あっ何か飲みますか。ぼくお金、はらいます」
「いやいや、年下に払わせる訳には……」
「いえ、今日こうしてお話をさせていただく機会をいただいた上に奢ってもらうなんて、ぼくにはできませんって」
休日のカフェには人が多く、僕ら以外の声が周囲にあふれてる。
その声に紛れてとっとと逃げてしまいたくもなるが、後に引くに引けない状況になってしまった。
ちょっと面倒くさいし……そんな風に思う自分が申し訳なくもある。
――このままじゃ、お互いに幸せになれない。
『このままじゃ』って言ってもまだ何にもしていない状況だし……『ゴーストライトの話』もしちゃマズイ中、美人サキサキのアカウントをなぜ持っているのかとかを説明できる自信ないし……
――こいつ、なんでSNSやってねぇんだよ。僕がいえることじゃないけど。
幽霊は、過去に本名や写真がTwetterかどこからか流出し、ネット上に彼女の個人情報があふれた事件があったという。
今は沈静化しているそうだが、当時は人気web作家の情報ということで、お祭り状態。
『美人サキサキ』が女性という事実も相まって、面倒なやつらが騒ぎ立てた。
この前、Twetterというか人生初のSNS登録をしたばかりの僕が知っているはずもなく。
逆に創作系のTwetterアカウントを持っていたら、常識みたいな情報だろう。それくらい大きな事件だったそうだ。
……あれ、IineってSNSに入ったっけ? まぁ、ほとんど使ってないし、使う相手いなかったし、いいや。
注文した飲み物をストローで吸う少年、玉野げんを見つめる。ペンネームついでに本名も言ってきそうだったけど、僕が「聞きたくない」といって、聞かなかった。
――僕は情報屋じゃないし、人の秘密なんて握っても、楽しくない。
「んで、用事ってのを……えっと、玉野君の作品の面倒を見ればよかったんだよね」
今日、こうしてカフェで会うことにした理由は、玉野の創作の手伝いみたいなものだ。
僕は今、人の作品をみて創作する手伝い? というか、代筆してるし……タイムリーで、どこか皮肉みたいな感じだ。
「敬称はいらないですよ、玉野でいいですよ」
――考えが全くまとまってないんだよな、僕は。
そう思いながら……そう思っているからなのか、束になった紙を差し出す少年はとてもとても眩しく感じた。
◆ ◆ ◆ ◆
「なぁ、感想の前に言っても良いか……」
「はい、何でも言ってください。どんな意見でも大丈夫です!」
「……今、一つ言いたいことが増えた」
僕はまず、三点リーダーや『
こんなことも知らないで、と思いつつ、僕は幽霊の言葉をなんとなく思い出していた。
――自由でいいんだよ、webは。
あれ、『遊んでいいんだよ、webは』だったっけか。まぁ、意味合いは同じだろう。
玉野の作品に指摘を加えた後に……いや、僕の態度のままコイツにアドバイスをしたらダメだろうと思い始め、幽霊ならどう答えるのか何んとなーくトレースしようと試みた。
――他人の考えなんて、分かるわけないんだけど。
「そんなルールがあったんですね。直していかないと」
「まぁ、ルールを守らないと『小説ではない』なんてことはないから、これから書くときに気を付けたらいいと思うよっ」
幽霊の作品は、字下げや記号の使い方は守っている印象だった。
『俺オレ』はまだ、最後まで読んでなく……っていうか、ラストは僕がゴーストライトするから……あれ、よく考えれば本人いるんだから、幽霊に書いてもらえばいいんじゃ……幽霊どっか行っちゃったけどさ。
まぁ、幽霊が書ききった部分まで読めていないけど、途中からいきなり守らなくなることはないだろう。
――『自由に』とか『遊んでいい』と言っておきながら、守ってるじゃねぇか。
分からねぇなぁ、と飲み物を口に運ぶ。
気取って頼んだブラックコーヒーが思ったより苦く、甘いものでも頼もうか、いや、ここは年上としての矜持を、プライドを……いって、大学中退ゴーストライターの童貞にそんなもの、なかったわ。
玉野は、僕のコーヒーと見事に差別化を図っている色合いの乳酸菌飲料を飲みながら、
「これも読者が離れる原因なのかな……文法のせいだったのかぁ」
「そう思うなら、そう思えばいいけど、僕はそんなに関係ないと思うな」
「『関係ない』……とは、お聞きしても?」
うーん、難しい。僕は、webに小説を投稿したことがないし、読んだweb小説は昔の個人サイトの作品一つだけだし……
「ふわっとした話になるけど、単に僕が好きだったweb小説の文法がめちゃくちゃだったからかなぁ。誤字脱字もいっぱいあった……結構前に読んだ作品だけど、印象に残ってるから確かに多かったんだろうな」
誤字というか、タイプミスで日本語にローマ字が混ざったりもしてたっけ。
『誤字だrけやんけ』って感じのミスも結構あったなぁ。
「じゃぁ、ジャンルのせいですかねぇ」
玉野は両手にアゴを乗っけながら言った。
玉野の作品は、どう表現すればいいか分からないが『和風アクション』『オカルティックファンタジー』と言われるものだろう。
ちょっと聞くと、玉野のアメリカに行ったお爺ちゃんが霊感が強いらしく、それを元ネタにしてたりするらしい。
「ジャンルのせいにするなら、『受けるジャンル』で書いてみればいいんじゃないか。それでウケたら、『ジャンルのせい』だってわかるだろ」
「でも、ぼくは書きたいものを書きたいんです」
――あぁ、幽霊が言っていた。
書きたいものを書く上で。つまり、web小説で『遊ぶ』上で必要な『責任』。
作品が読まれないのは、作品の面白さ以外の部分も確かにあるが、その『以外の部分』だけに気を取られて、作品に手を付けなくなるのは本末転倒みたいな話だっけか。
『大衆受けする作品じゃない作品を書いているから受けない』とか嘆くのはちょっとズレてて。
よくよく考えてみれば、『大衆受けしない』んだから『読まれない』に決まっているというか、『読まれない=大衆受けしない』んじゃないの?
届けたい人に届けばいいなら、それでいいじゃないか。ビッチじゃあるまいし。
『書きたい世界を書く』、『読まれる作品を書く』とかでよくわかんねぇこと言うやついるんだよなぁ。
僕は、読者を排除した自分だけの世界を書きたい。はっきり言って読まれるとかどうでもいい。
ただ、『自分の好きな世界を書く』って言いながら、『大衆受けする作品はいいなぁ』とかいうやつはわからん。
『たくさんの読者に読まれる世界』ってのを作り上げたいって人も、いるかもしれねぇじゃねぇか。それが、その作者にとって好きな世界なんだろ。
他人のが読まれて、自分のが読まれないからって、脳死で『テンプレ』批判する奴らはよくわからんな。
僕はそもそも『読まれたい』ってのがよく分らんかったんだけど……あぁ、自分でもよくわかんなくなってきた。勝手に書けよ、もう。あぁだこうだ。
幽霊が来てから、あいつの言葉を聞いてから、山野の熱を浴びてから……ずっとこんな調子だ。
実際のところ、くろうの存在は知っている程度で作品を読んだことすらなかった。
くろうは、異世界テンプレの集合体とか、エタり多発地点みたいなことをどっかのサイトか何かで拾った程度。
もともと、webに悪いイメージしかないし、てか、webに投稿する意味あるか? と疑問に思ってもいる。
「読者が離れるって、そのPVの動きを見てそう思ったってことでいいか?」
いえ、と一言いって、玉野は自身のスマホを机に伏せて、すぅっと僕に渡してきた。
ノベノベに転載してみたほうがいいですかねぇ、と言い加える玉野の前で僕は、スマホをひっくり返した。
「…………なぁ、くろうのPVってこんなに少ないもんなのか。書店でウン万PVとかよく見かけるのだが」
「ずはっ ;つД`)」
「違うんだな……えっと登録者は、わっ百万人超えてんだ……どんくらい多いのか、イマイチよく分かんないけど」
幽霊に大手小説投稿サイトについて基本的なことを教えてもらっていたが、実際の数を見ているとなかなかに驚く数だ。
いや、すごいのかはよく分かんないけど、なんかスゲー感がある。
そんな中、たぶん、というか確実に玉野の小説は『読まれていない』。
PVは一日あたり、ほとんどの日でニ桁。ひどいときは、PVゼロもある。
あらすじを見て感じた内容としては……小説以前の問題で。
「なぁ、『初投稿です! どんな感想でもいいのでコメント頂けると嬉しいです。批判でも構いません』って、作品のどこに関係しているんだ?」
web小説にあまり詳しくないから知らないが、もしかしたらこれは礼儀上の話で。
例えば『人生で四回目に書いた作品です!』とか、いちいち言わないとダメなんだろうか。
そう玉野に聞くと、どうやら違うらしい。
スマホでちょちょいとくろう作品をあさってみると、全部が全部書いているようでもないので、やっぱり礼儀でも何でもないらしい。
「じゃぁ、何でわざわざこんなの書くんだ?」
「……えっあの、作者が学生だったらみんな気軽にコメント打てるかなぁって思って」
「はぁっ?」
――ちょっと、腹が立った。……いや、ちょっと不機嫌だった思考回路がガクン、と一気に傾いた。
「学生相手なら、礼儀もくそもねぇって言うのかお前は……」
思わず出た声に自分でも驚きながら、ビクリと肩を震わせた玉野に向けて続ける。
「自分を下に見ている奴が一番嫌いだ。自分の小説を面白いと、いや、自分の面白いを詰め込んだ作品なんだろ? なんでも言われていいのか? ボロクソに言って欲しいのか? あんたは自分の作品を面白いと思っているのか?」
「えっと……」
「えっとじゃない! 気になったのは、そこだけじゃない。お前、作品一つしか書いてないだろ。それにまだ四万字。連載中ってことは、まだ完結していないんだろう」
僕が読んだのは、冒頭一万字だけだ。『作品がどこに向かっているのか』、『これからどう展開していくのか』を予想するのは難しい。ただ、
「完結してないで、あぁだこうだ。お前は、作品のどこを読んでほしいんだ!?」
そう言ったとたん――玉野がキレた。
「完結しないと、ダメなんですか? web小説は冒頭が面白くないと読んでくれないんですよ。ははっ、あなたも、所詮『美人サキサキ』もクラスタの相互評価でのし上がっただけみたいですね。じゃぁ分かるわけないですよ、ぼくの気持ちなんて。そんなことも理解していないのなら……ならっ」
涙交じりの声だった。
「あなたは、ぼくにTwetterを勧めた。もしかして、クラスタの勧誘とかだったのですか? ごめんなさい、ぼくは正当な評価が欲しい。どんな言葉でもいい。読者の反応が欲しい。ただ、それだけなんですっ」
ガタン、と立ち上がって僕からスマホと原稿を取り戻した玉野は――
「今日はとても有意義な時間をありがとうございましたっ」
――そう、叫んで店を出て行った。
どうすればいいのか、分からなくなった。
僕はチビチビと飲めやしないコーヒーを口に含む。苦すぎて、吐きそうになる。
「帰るか……」
周囲の目線に耐えられず店を出ようとしたところで、店員に呼び止められた。
――奢るって言ってたくせに……
結局、僕がおごることになってしまった。
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