書ききった物語と巨悪に潜む暗い影4
28.少年、闇に隠れる暗い影
「わっ……」
部屋から出てこない兄ちゃんの気配が感じられるくらい静かなリビングで、ブルッとスマホが振動した。
通知を見ようにも、みたくないのが本音だ。
――はっきり言って、怖い。
何度も忘れようとした。考えないようにしたけど……
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ネット小説評論家(@observer_admin)
返信先:@genTamano
お前頭大丈夫か?
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……その文字は何度もぼくの頭に浮かんで離れない。
数日も前の出来事だってのに……。
もうそれは、脳裏に焼き付けられてしまったんだ。
本当に、急な出来事だった。
登戸さんがアメリカにいるっていうツウェートを見ていた時、自分の『小説更新ツウェート』が引用された。
最初は、ぼくの作品を読んだというニュアンスの言葉だけで。読んでくれてありがとうという気持ちで、そのまま感謝を述べた。
だけど、――そこからが最悪だった。
その人は、次々とぼくの作品を『批判』し始めた。
全く意味が、分からなかった。
どうして、そんなことをわざわざ、言ってくるんだろうって。
――いや、ぼくの気持ち自体、よく分からない。
登戸さんと出会うまでは、とにかく読者の反応が欲しかった。
批判でもなんでもよかった。
とにかく『誰かに読んでもらえる』という状況が欲しかった。
――これって贅沢な悩みになるんだろうか……。
あの批判してきたアカウントは、ぼくと登戸さんが互いの作品を読みあっている状況を『馴れ合い』と言ってきた。
そんなつもり何て、なかった。
そんな風に思われる何て、思いもしていなかった。
今まで『酷評でもいい』とか言っていたぼくだけど、誰かに読んでもらえるという状況になったら、『酷評はいらない』と言い出して……いや、酷評なんて。
――酷評なんて、いつだろうとクソくらえだ。
「うっ……あぁ」
何度も批判の言葉が頭に浮かんで離れない。
今気づいたけど、家の机の上に置いたスマホがずっと振動を続けている。
――あれ、これいつもの通知と違う……。
そうスマホの画面を覗き込むと、電話の着信だった。相手が登戸さんであることを確認して、すぐに出た。
「あっ、あの、玉野です。登戸さん」
『おう、久しぶりだな』
電話ごしの登戸さんの声。
それを聞いていると、どこかからか安心感みたいなものが湧き出てくるような。
心が温まるような……何だろうな、不思議な感じで……。
――登戸さんなら、あのとき何て声をかけてくれるたんだろう。
この前、登戸さんの担当編集、『やま』……山野さんに助けてもらった。
あの『批判アカウント』は結局ブロックした。
自分のアカウントは、自分の今のフォロワーだけしか見ることができない、『鍵アカウント』にした。
――ちょっと、この出来事について登戸さんに話を聞いてほしい。言葉がほしい……でも、どうやって切り出せば……。
登戸さんの声を聞いたおかげで、ちょっと安心した。
だから……『自分が傷ついている』アピールをして、心配してもらって。その流れで、話を始めるというのは、あんまりしたくない。
そんな風にどうしようかと考えていると、僕の迷いが伝わったのか、
『……山野っていう僕の担当編集から聞いて、それで電話したんだけど、』
登戸さんはちょっと間をおいてから、――ぼくの疑問に答えた。
『あぁ、こんな時なんて言葉をかけるのがいいのか。はっきり言って分かんないし、もしかして玉野のイヤな思い出をぶり返しちゃうかもだけど……』
――自分の心を削ってまで、関わりたくもない相手と関わる必要なんてどこにもない。
そう登戸さんは、ぼくに言葉を投げかけてくれた。
何故か、彼の言葉はとても重く、そしてぼくの心にすぅと入り込んでくる。
――もしかして、登戸さんも同じような経験を……
「登戸さん……」
――いいや、やめておこう。無粋だし……この話を続けるのも悪い……。
『ん? どうした玉野』
ぼくは話題を切り替えることにした。
「……アメリカどうでしたか?」
『あぁ、いいところだった。本場の空気すって結構、刺激受けたし、君のお爺ちゃんお祖母ちゃんもいい人で……あっおみやげも買ってたんだけど、ちょっと用事ができて、渡せなくなっちゃった』
「いいですよ、また今度で。……用事って、『俺オレ』のことですか」
ちょっとのどが渇いて、台所に行くと、ちょうど兄ちゃんも部屋から出てきた。
水を飲んで、少し会釈して、ぼくはリビングに戻る。
『いいや、『俺オレ』とは別に……今さっき、山野と一緒に戦うって決めたんだ』
「戦うって……うーん」
『カッコつけただけで、ちょっと男二人でやることが出来たってだけだな……そうだ! ちょっとTwetterのDMこい! いいもん見せてやる!!』
「…………はっはい……」
『あっ、いや……まだ、Twetter開くのがイヤってなら、別に他のでも……』
「いっ、いえ。そっちで、大丈夫です」
登戸さんに言われ、ちょっと抵抗はあったけど、Twetterを開いてDM画面を表示した。
何をするんだろうって思っていたら……一つの画像が送信されてきた。
『玉野見てみろ、これが……』
「こっこれって、『俺オレ』のイラストですか!!!」
『……あぁ、そうだ。めっちゃいいだろう』
「そっそうです。めっちゃ……とっても素敵です」
――俺とオレ。
二人のキャラが描かれた表紙。未読の人が見ると、男女のラブコメだと勘違いすると思うけど、これ両方一人の男っていう……知っている人が見ると、めっちゃニヤニヤしてしまうものになっていた。
『人気イラストレータの自称JK、そるてぃーさんの絵だぞ。ペロペロするしかねぇな、これは』
「やっぱり、その人の絵だったんですね……でも、いいんですか?」
『ん? 何が?』
「こういうのって、普通、秘密にしないといけないんじゃ……」
『………………あっ』
ちょっとの間の沈黙があって、
『玉野……いいか』
「はい……」
『お前は何も見ていない……いいか、何も見ていない。聞いていない。
「…………
その後、登戸さんといくつか話をした。
幽霊、サキサキさんのこと。作品のこと。
サキサキさんの家と登戸さんの家が近いこととか。
実際、二人の関係はどんなもんなのか……まぁ、ちょっとぼやかされちゃったけど。
そんな風に話をしていると、ふと、自分の気分がすごく楽になっていることに気が付いた。
数分前の自分の荒れようとは大違いの、晴れやかな心模様というか……とにかく、
「登戸さん、……その、今日はありがとうございました」
――いいってことよ。
電話はその後、ちょっとして終了した。
のどが渇いたので、また台所に向かうと、
「あっ、兄ちゃん。さっきはごめん。ちょっと電話してた」
「…………」
「もう夕方だし、何か食べる?」
「………………いや、いい」
それだけ言って、兄ちゃんは部屋に戻って行ってしまった。
――なんかちょっと変な感じだったなぁ。
兄弟だからこそ感じる差異なのか、いつもと違って、声が震えているような気がした。
――そうだ、今度兄ちゃんに登戸さんを紹介してみようかな。
登戸さんが何ていうかわかんないけど、何かが……この『気まずい生活』に変化が訪れるような、そんな気がする。
ってことを妄想しながら、ぼくは今日の夕食の献立を考え始めるのだった。
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