幽霊とゴーストライター
たまかけ
1章 幽霊少女とゴースト男
それでも彼らはすれ違う
1.新人作家登戸のプロローグ
――小説は独りでは作れない。
さっきまでアドレス帳に載っていた僕の担当編集、山野に言われた言葉だ。いや、正確には元編集、いやいや編集になる
ライジン文庫新人賞を受賞して五ヶ月。銀賞だった僕の小説の出版が突如、白紙に戻された。四文字で、発売中止、取りやめ、おじゃん。
これから作家として生きていくことを宣言し大学を中退した僕にとって、それは死刑を言い渡されたと同義で。内定取り消しを食った就活生の気分だ。実際に就活をしたことはないのだけれど。
ただ、僕はいわば高卒。今時こんな奴を雇ってくれる企業なんてないだろう。そこは就活生と違う『悪い』部分だった。そもそも今更、どこかの会社で働く気も起きない。
出版中止を食らったのは僕だけだ。金賞銅賞だった奴の作品は発売日が公表されている。
――何がいけなかった。何故、僕だけが。
僕の小説は僕のものだ。僕の物語だ。選考員どもはその小説を評価して銀賞にしたんじゃないのか。では何故そのまま世に出してはいけない。おかしいだろ。
今流行りのweb小説なら分かる。あれは小説の体裁さえ取っていないクソみてぇな作品だらけだ。小説とは何かを考えたこともないのだろう。出オチ勝負で、後はテンプレ。数打てば当たる理論。書籍化作品に完結した作品なんてあったんだろうか。調べる気すら、ないけれど。
そもそも、あそこは読者に媚び売る場所だ。自分の書きたい世界よりも読まれることを優先して安直にテンプレに走る。
――こんなの、違うに決まっている。
出版社は金儲けの為にweb小説を書籍化して売り出す。その際に一応『本』に見えるように仕上げないといけないから、編集との改稿が必要になるのは分かる。
それと違って、僕の作品は『本』を意識して書いたものだ。あれで完成系。一つの作品。修正の必要なんてどこにもない。あれが完成形だ。僕が磨き上げたダイヤを彼らはヤスリで削ろうとしている。
小説のことは、作者が一番よく知っている。無知な奴らが口を出せる世界じゃないんだ。
夜の街灯が僕を何人にも映し出す。いくつもの影が僕の足元から伸びていく。
僕はどの自分を選択すればいいのだろうか。僕にそんな選択肢はあるのだろうか……やっぱり、変わらないといけないのだろうか。
右頬に冷たい感触。二月四日、立春の雨が降り始めた。バイクで来なくてよかった。雨の日は、こうして自分の足で歩く。視界が悪く、夫を迎えに行くのかペーパー運転手の車が居そうだし、雨でタイヤが空回りしそうで、飛ばせないからな。
自分が暮らすアパートへ、最後の曲がり角を曲がろうとして、
「痛ってぇ」
「…………」
……飛び出してきた影にぶつかった。
「おい、どこ見て走ってる!」
「ちっ……」
「おい!!」
パーカーを着た男とぶつかり、緩く濡れたアスファルトが僕のズボンにシミを作る。僕の怒声は彼に響かず。気を取り直してスマホを拾い上げるも、擦り剥いたその手からは血の匂いがした。かなり濃い、鉄の匂いだ。
「……ついてない」
スマホの画面に薄っすらと映る自分が情けない。
アパートの一室に帰り、シャワーを浴びる気力もなくそのまま布団に寝っ転がった。時間の縛りがぷっつりと切れてしまったようだ。
◆ ◆ ◆ ◆
しばらく経ったある日。
朝というには遅い時間。ズキズキと痛む頭でスマホを覗き込んだ。
大量の着信履歴。数字のみのそれは、多少の恐怖を煽る。
『迷惑』と名の付く類のものだろう、とスマホをスクロールしていると……
「……です! 山野です! 登戸先生、朗報ですよ!!」
回らない頭で、入ってきた着信にうっかりそのまま応答ボタンを押したらしい……ただ、今更なんだ。何の用だ。お前はもう僕の担当じゃ……
「先生の作品の書籍出版中止を取り消せるチャンスです! 出版中止にした弊社側から、これは虫のいい話かと存じますが」
――あることを条件に、原稿をそのまま書籍として出版することを確約いたします。新人賞の時とは異なり、書面での確実な契約も致します。
「その条件とは……」僕の言葉に、山野は数秒の空白を置いてから、囁くような声で言った。
僕に示された条件、それは……
――あるweb小説の『続き』を代筆すること……いわば、ゴーストライトだった。
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