3章 繋がりだした事実と繋がれなかった人

ヒネクレ作家と美少女の部屋

16.新人作家、再会する

――うぇぇ、食った食った……


 山野に誘われて、ラーメン屋で飲み食いした帰り道。久しぶりに外食で腹の限界まで食ったし、かなり飲んだので、めちゃくちゃ気持ち悪い……

 どうして食いに行ったのかは、少し前にさかのぼる。


***


 僕が家で『俺オレ』を書き進めていたら、山野が角ハイボールのビン片手にやってきて、「飲もうぜ、語ろうぜ」と、僕の家を物色。


「んなっ、先生。炭酸水もってねぇんか!?」

「いきなり人の家に来て、開口二番がそれですか……」

「できる作家は、オレのさっきのセリフを『開口一番』にするんやけどなぁ。インパクト大事やで。『飲もうぜ! 語ろうぜ!』でもえぇけど」

「今日はいつにもまして、発言がテキトウですね」


 やけにテンションが高い山野は、冷蔵庫を物色し始めて。


――あっ、そういえば……僕の冷蔵庫って、


「なっ先生、どんだけ卵好きなん……卵食いすぎで卵成人になるで」

「あぁ、だから勝手に……何か食べるなら作りますよ」


 ちょうど食器は幽霊と同居していたこともあって、二人分ある。

 増えた食器は幽霊の趣味もあって、可愛らしい柄付きのものばかりだけど……


 山野は、冷蔵庫に入っていた唯一の炭酸飲料のサイダーとグラスを持ってリビングに腰かけた。

 そのまま角ハイをサイダーで割って、……ごくり、と一口。


「ん……まっず、めっちゃ甘たいやん。めっちゃまずいで! 先生!」

「そりゃ、サイダーだから甘いに決まってますって」


 山野は僕に向けてグラスを傾けて『アピール』をしてきた。……仕方ない。

 僕はシャーペンを原稿用紙の隣に優しくおいてから、『サイダー割り』を飲んでみた。


――言うほどまずく感じないんだけど……まぁいいや。


「そういえば先生って、手書きで原稿やっとんのに何か理由あるん?」

「理由がないとダメなんですか?」

「ダメっちゅうことないけど、手書きの原稿って管理めんどくさそうだし。編集側もいちいちデータ化すんのめんどいし、なーって思ってなぁ」

「そのために、アレなんでしたっけ。OCR? ORC? みたいなの買ったんじゃなかったですか。会議室にあった……」


 この前、僕が足を引っかけて転んだ原因の超高性能文字認識マシンのことだ。

 僕の質問に山野は、また『サイダー割り』を一口飲んでから、


「まっずいなぁ……ん、マシンがあるからって、時代は段々変わる。最近の新人賞じゃ、受付は『データのみ』で、紙の原稿なんて受け付けてなかったりするやん」

「それじゃ、手書きして最終的にはパソコンに打ち込んでみます。練習かねて」


 そこまで言ってから、何で自分がそんな素直に従うんだろう、と自分ながら思ったけど……理由はよくわかんなかった。


 まずはそれでえぇんちゃう、と山野は言って、グビッとグラスを飲み干した。


「よし、じゃ先生、飲みに行きましょ! さっきググったら、ここら辺にうまそうなラーメン屋あるやん。夕食まだやんね?」


――という流れで、ラーメン屋に飲みに行くことが決まった。


***


「うっ、慣れねぇ……アルコール」


 今日は、玉野っていう『くろう作家』と言葉で殴り合って。

 Twetterでは炎上して。

 山野は妙に高いテンションで……ラーメン屋でも『ラーメンの麺抜き』を頼もうとしてたし。

 結局出されたのは、『麺あり』で、僕が麺を代わりに食べることになったし。

 ……山野さん、麺とかお米食べないんだよなぁ。幽霊と同じじゃん。糖質取らない系男子かっ。


 フラフラと身体が重いような軽いような、変な気分だ。

 はっきり言って、飲みすぎた。食いすぎもあるけど……


 そういえば店の中で僕に山野は、「ビールなんて飲むからですよ」と言ってきた。

 山野あいつの異常なまでのハイボール愛はどっから来ているんだろうか……

 店を出たあとに山野とは別れたけど、車にはホント気をつけて欲しいもんだ。フラフラしてる自分もだけど……


 手で殻付きのゆで卵をもてあそぶぶ。

 僕と山野のたった二人で一万円近く飲み食いしたからなのか、店主のおっちゃんが会計の時おまけでくれたもの。


「はっ、なんか皮肉って感じするな」


 卵を見ると、幽霊のことを思い出す。


「………………痛ぇっ。あっ卵が」


 ぼんやりとゆで卵の表面を見ていると、電柱に頭をぶつけて卵を落っことしてしまう。


「まって、いかないでくれ……」


 よく分かんないけど、ちょっと涙っぽい声が出た。

 幽霊がどこかへ行ってしまった時みたいだ。

 別に彼女が卵という訳ではないのだけど……


「捕まえ……たっ……!?」


 僕が卵を捕まえた途端、目に白いモヤのようなものが見えた。

 少しずつ明確になったそれは、まるで人のシルエットのようで……あっ、あぁぁ!!


「えっ……」

「あっ……」



 ――幽霊がいた。



 一瞬。目が合う。

 クリクリした大きな目。少し跳ねた短い髪。あと、どうみても美少女。


 もう二度と見ることはできないだろうと思っていた彼女がそこにい……


「おっおい逃げるなー!!」

「だって、だってぇぇぇ!」


 一瞬で酔いがさめた。声をあげながら走る幽霊を全力で追いかける。

 まるでシラフ的な状態のまま走る。走る。走る……はし


「ちょっ、まっ」

「なっ、なんでこの時間、それも今日せんせーいるのよ。引きこもりんな人だったんじゃないのぉ」

「ぼっ、僕はそん、なこと。い、っかいも。いって、ない……」

「めっちゃ息切れしてるじゃない!」


――幽霊、早い。飛ぶのずるいって!


 どんどん幽霊との距離が開いていく。ヤバイ。ピンチ。超絶ピンチ。


 そもそも酔っ払いが走れる訳ないし……っていうか、せっかく再会したのに、なんで逃げるんだよ。

 幽霊女子の気持ち、全く分かんねぇ!


――こういう時、こんな時ってどうすればいいんだよ、全国のヤリチンの皆さん!? 僕、童貞だから全くわかんねぇよ!


「ゆっ、幽霊ッ!」

「止まんないから! 止まるんじゃないからぁぁ!!」


――あぁ、もう!!


 僕はとにかく幽霊を止めようと、彼女に向けて大声で叫んだ……半ば無意識に。



「三崎ぃぃ、好きだぁぁぁぁぁ!!!」

「止まっ、えっ? えぇぇぇ!?」



 何か叫ぼうとしたら、我ながらやべぇセリフが出てきた。んでも……



――仕方ねぇ! 後戻り何てできねぇし、するつもりもねぇ!!



 幽霊は完全に立ち止まって(浮いているけど)、振り向いた。

 僕はその勢いのまま、彼女に突撃する。


「なっなんてこと言ってるのよ……てか、三崎って。私の本名どこでっ」

「おっ追いつい、オロロロロロロ」

「キャァァァァァッ! なんで吐くのよっ! 臭い、酒臭いし…………大丈夫なの?」


 幽霊が……背中をさすってくれる。

 すり抜けないってことは、彼女が意図的に触ってくれていることだ。安心、ありがたや……。


 ゲロは彼女をすり抜けたので、彼女を汚さないで済んで本当に良かった。


――やべぇ、めっちゃダセェよ。これ、僕の初告白なのに……


 三崎はゆっくりと僕の背中に身体を寄せた。

 重みのない、熱量のない身体だけど、……彼女と触れたところから、じんわりと心があったかくなるような。

 胸からこう、こみ上げてくるものが……あっ、違うやつだ。これ。


「うっウロロロロr」

「もう、ダッサいなぁ。せんせーは」


――自覚してるけど、言われると恥ずかしい! ってかお前だって!!


「っ……おっ、お前だって、僕にすっ、『好き』と言われるだけで振り向くなんて、まっまだまだウブじゃないか……」

「自分で『好き』って言いながら、顔赤くするなら言わなきゃいいじゃん」


――ごっ、ごもっともで……


「それに、別に『好き』って言われるのは初めてじゃないしね……」

「ふぇっ…………」


――えっ、それって。まさか……元カ、レ……うわぁぁぁぁ


「なっ泣かないでよ、いい年して。ちょっとした悪ふざけだって」

「うっ嘘だったのか」

「いや、ほんとだけど」

「…………( ;∀;)」

「あぁでも、別れたんだよ。もう結構前に、だから、ね」


 三崎は、僕に手を差し出し。


「まずはゲロの処理をしよ!」

「はい……」


――やっぱ、ダセェよ。僕ってやつは……


 こうして僕は、彼女と再会した。


――んでも、何でこんなとこに居たんだろ、三崎……


 多少の疑問と胃液を飲み込んで。

 あと、ゲロの処理をして。

 いったん家に帰って、シャワーを浴びることにした。


――女の子に告白するときは、お酒飲んでいないときにしないとなぁ。


 これが最初で最後の告白になるかも知れないけど、僕はそう反省した。

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