17.新人作家と『唯野三崎』
「なぁ、三崎。どうして、また現れたんだ? ……あぁいや、出てきてダメと言っている訳じゃなく、純粋に疑問なんだが……」
帰宅してシャワーを浴びた後、リビングで漫画を読んでいた三崎に聞いてみた。
ここ数日、一切姿を見せなかったのにどうして急に……という疑問が大きい。再会できたのは、とてもうれしくあるんだけど。
三崎は、ふぅ、と一息吐いて、漫画をパタンと音を立てて閉じた。結構大きめの溜息だった。
――あれ、もしかして怒ってらっしゃる……?
三崎はしかめっ面をして、ちょっと申し訳なさそうに言った。
「あの、三崎って呼んでいいと許可を出した覚えはないんだけど(;^ω^)」
――えっ。あぁ、そうなのか……てか、そういえば『返事』ももらってない。僕の初告白の……。
「みさっ……な、なぁ幽霊、さっきの返事をもらってもいいか?」
できるだけすましたスマートな態度で僕は言う。
しかし、幽霊は、
「あのねぇ、いきなり告白されても困るっていうか……ぶっちゃけ好感度、逆に下がるからね。他の女子だったら即振られて、縁切られてもおかしくないレベルで」
「そっそういうもんなのか……」
「そういうもんなの。だから告白に対する返事はNo。ちゃんと女心がわかるようになってから出直してきてね」
――女心がわかるようになるには、女性とそれ相応の『関係』を持たないとムリだと思うんだけど、その『関係』さえ持てない男はどうしたらいいのだろうか……
一瞬、山野の顔が浮かんだ。
あいつなら経験豊富そうだし、昔、彼女いたとか言っていたから分かるんじゃないかなぁ、と思い至る。
だけど、山野に幽霊の話をしたら信じてもらえなかったし、「だったら会ってみたいもんだ」と笑い話にされちゃったから、どうにもこうにも。
そんな僕に、幽霊は『追撃』をキメた。
「ホントふつーなら、一発でフラれて、縁切られてもおかしくないんだから。感謝してよね……」
「わかったよ……幽霊」
――うん、こっちの方が呼び慣れてる。
そう思うと少し気が楽になった……ふぅ。
……ほんとに楽になったからね!?
「それでよろしい。まぁ、幽霊って呼ばれるのもあんま嬉しくなかったりするんだけど……(そもそも私なんて好きになっても……」
「美人サキサキさんって呼べばいいのか? てか、どういう名前してんだよ」
「私って自分で言うのもなんだけど、『美人』の中に入ると思うんだよね」
「…………(=_=)」
「おい、目っ。その目、仮にも私のことが好きな人が絶対にしちゃダメな目してるよ! それ!」
――いや、可哀そうなものを見る目とかじゃなくて。
普通に『あんたは美少女だよ』って思ってるからこそ、どう反応すればいいかわかんないんだって……あっ、こういうのをそのまま言えばいいのか?
「可愛いよ、幽霊」
「……発言がだんだん適当になってる、減点」
――難しいもんだなぁ。
『サキサキ』は本名の『三崎』から取ったらしい。
適当だから減点、と言っておきながら、そのペンネームの方が適当に思えるんだけど……気にしないことにした。
実際、僕のペンネームも本名の『飯島高志』と母の旧姓の『登戸』を掛け合わせて『登戸タカシ』にしているから、人のことはあんまり言えない。
幽霊は、ふと思い出したように、
「そういえばどうして私の本名もペンネームも知っているの……というかもしかして初めから知っていたとか? いやん(/ω\)」
「いや、君が家を出て行ったとき、僕のスマホでノベノベとかTwetterに自分でログインしてたのを忘れたのかよ」
「あぁ、そうだった……」
――なんか、僕らって結構ポンコツかもしれないなぁ。
風呂の火照りがだんだんと冷めてきたころ、幽霊が再び漫画を手に取ろうとした時、思いつく。
「幽霊、今思ったんだけど……」
幽霊は漫画を両手で持ったまま、僕に続きを促してくる。僕は漫画の表紙に描かれた、胸が目立つ制服姿の女の子をチリチリ見ながら、
「僕がゴーストライトする必要ないんじゃないか……『俺オレ』の作家本人がいる訳だし」
――『幽霊が小説』を書くだから、結局『ゴーストライト』って。どんな状況だよとも思うけれど。
幽霊は、首の後ろの髪をかき上げたりしている。髪の毛そんなに長くないのに。
もともとは髪の毛長かったのかなぁ、と今の短い髪も活発な彼女の印象に合わせて素敵だけれど、長い髪も似合いそうだと思った。
幽霊は僕のそんな目を気にもせず、
「……ごめん、私自分の作品の展開を覚えていないんだ」
「えっ、自分で書いた物語だろ。忘れる訳ないじゃないか」
「うーん、せんせーは違うのかもしれないけど、小説を書いた張本人だからって作品の内容を全部覚えている訳じゃないし……てか、意外と忘れる。私と交流ある人も良く言ってた」
「ふーん、そんなもんなんだな」
「えと、忘れてるって言っても、作品を書き終わってからね。作品を書き途中なのに全然思い出せなくなるなんて、初めてかもしれない……せんせーの家飛び出してから、一人でいろいろ考えてみたけど、自分が何で幽霊になったのかもわからないまま」
やっぱ、記憶喪失の影響はまだまだあるみたいだ。とりあえず幽霊が思い出した記憶は、自身が『美人サキサキ』だったという事実のみだろうか。
幽霊は、そうそう、と僕が幽霊と再会できた理由を思い出したように答え始めた。
「私の家に行けば、何かわかるかなって。手がかりとか、そう思い至り自宅に行こうとしていたときにせんせーに再会しまして……そうだプロットもそこにあるよ! よし、行こう! そうしよう(๑•̀ㅂ•́)و✧」
「僕、もう風呂入っちゃったんだけど……」
「出かける前に風呂に入るのは、ふつーだよ。清潔感大事」
――出かける前と、家に帰った後。もしかしたら、朝風呂も……一日何度、風呂に入る計算だよ。
そう思ったけど、口にするとまたdisられそうなので、僕は素直に服を着替えるのだった。
ラーメン屋でアホみたいに飲みまくったから、今日はもう寝たかったんだけど……。
玄関開けて、外のひんやりした空気に触れると自然と目が覚めた。
よくわかんないやる気みたいなのも、ついでにチャージされた気がする。
「よし、じゃ君の家におじゃまするか」
「どーんとかもんだよ」
軽口を叩きあって、僕らは幽霊の自宅へと向かった。
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