18.新人作家、女の子の部屋には赤がいっぱい(前)
「そうだ、幽霊。あの時、君が言っていた感想の部分まで読んだぞ」
幽霊に案内されるがままに夜道を歩いていると、以前幽霊に聞いた『俺オレ』の感想を思い出した。
えっと、確か幽霊は、
――『俺オレ』は、『多人数の一人称形式』を使って、作品を構成しているけど、途中で視点元のキャラが急に代わったりして、視点がブレてるんだよね――
……みたいなこと言ってた。
僕は前を歩く幽霊にそのまま、話しかける。
「君が言っていた通り、明らかに男の『俺』とTSして女になった『オレ』の視点が急に入れ替わってしまっているシーンがあった……といっても、君が作者なんだから、自分で自分の作品を批判してたんだな……」
幽霊は立ち止まって――『浮いている』から、『立って』という表現は適切なんだろうか――細くした目で僕を見た。
ゆっくりと間を取った彼女は、そのまま口を開いた。
「せんせー、本当に読んだ?」
――えっ、何だよ。その反応……もっとこう、『わかる~』ってノリを期待していたんだけど。
「読んださ。だから、君が言っていた『視点の揺れ』について同じように思ったんだけど……」
「うーん、……ぶっちゃけせんせーには、がっかりかもなぁ」
「えっ……えっと、どうしてそうなるんだ……」
減点ね、と幽霊は続けた。
平時の僕なら、その仕草に一瞬ドキリとトキメいたかも知れない。
けれど、今現在、幽霊の僕を見る目つきがキツイものになっているようで。
――女子って共感を求める生き物じゃないのかよ……もしや、
「なんだ、『俺オレ』が自分の作品だったってことを思い出したから、そうだからミスを認めたくなくなったとか、そいういうことなのか……?」
「ヒドい言いよう様ね……ちょっと、せんせーのこと、試したんだよ」
「はい……?」
だから、と幽霊は種明かしをしてきた。
僕はそれを受けて確認を取る。
「あぁ……つまり、あの『視点揺れ』は作者っていうか君のミスではなく、読者をミスリードさせるものだったということか」
「うん、あれで正解。TSした『オレ』目線だったはずが、いつの間にか元の男のままの『俺』の心情になるのは『二回目の入れ替わり』でね……」
エロ小説で、男視点の一人称で描写していたのにいきなり『(なっなに、こんなにおぉきぃの頭おかしくな)』と女性の頭の中の声が混じって……いや、何か例だそうとしたけど、うまいの思いつかないな。
一人称だった地の文章がいきなり三人称になるみたいな……うーむ。
僕がそんなヘンチクリンなことを考えているなんて、お構いなしに幽霊は続ける。
「詳しいことはネタバレになっちゃうんだけどさ……っていうか、ちゃんと読んでから言って欲しいなー。もう少し読み進めたら、すぐにミスじゃないって分かるのに……」
ピシっと、僕に指を指して、幽霊は続ける。
「……それに、君言ったよね、私に『ちゃんと読んだのか!?』って。そんなこと言う人が、それでいいのかなー」
「あー、すまなかった」
――意外と根に持つタイプなんだなぁ、……幽霊。
「心がこもってない、もう一度」
「……酔っ払いにそこまで求めないでくれ」
今思えば、僕はさっき自分の意見で言っていなかった。
あの時、幽霊に言われた言葉をそのまま使って、作品にケチをつけた。
――これじゃ、僕も『同類』じゃないか。
もっと発言には気を付けていこう。
作者本人が聞いているのならなおさら……うーん、そう考えると、やっぱ読者の感想は、作者に伝えるべきじゃないよな。
自由な意見を許すなら、豆腐メンタル作者はみんなボロボロに型崩れしちゃうだろう。
作者だってスポンジなんかじゃなく人間だ。なんでもかんでも吸収なんてできる訳ないし、他人の声で自分を見失ってしまうなんて元も子もない。
そもそも、批判するやつは、そこまで作者のことを鼻くそ程にも考えていないというか、『作品本体』のことは実際どうでもよくて、『批判することで得られる何か』を重視しているんだろうか。
さっきだって、僕には『批判することで、幽霊に共感を示す→好感度を稼ぐ』という考えがあったし。自戒を込めて……ただ、怖いもんだ。僕が嫌いな行為を、自分で無意識にやっていた。
創作者が別の作品をけなす場合とかは、『批判することで、あたかも自分が批判先の作者よりも実力を持っている』とかを感じたいのかね。
マウントを取りたいだけにしか思えない……それに、
――人の意見に乗るのは、とても楽だった。
幽霊の意見(実際は僕を試すためのウソだったけど)に乗った。
それが『批判』まがいのものだと気づかずに。……いや、気づいていたのに。
自分の考えなんて、まったくなかったかもしれない。
そんなことを話し合っていると、幽霊はとあるアパートの階段を上り始めた。
どっかで見たことありそうなアパートだなぁ、と記憶をたどっていると……ぼんやりとニュースの画像を思い出した。
幽霊がとある部屋で止まった時、――それは確信へと変わる。
「じゃーん、ここが私の部屋です」
「えっ、マジかよ……」
予想通りの言葉に、僕は思わず声を漏らしていた。
幽霊に案内されているときから、薄々嫌な予感はしていた。していたけれど、まさかなぁ……
「まさか、ここってなぁ」
「その言い草じゃ、せんせーは私の家知ってたの……?」
はっきり言って怖いよ、もしかしてストーカ? と幽霊は自身の両肩に両手をクロスさせ僕から距離を取った。
その態度に若干落ち込みながら、僕は理由を言う。
「この家はな……」
パトカーのランプが、
警察の規制線が、
事件の記事が、
ネットニュースで、そして現地で見た光景が、フラッシュバックする。
そう、ここは……
「幽霊、ここはな……」
――この前、自殺事件があった場所そのものだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます