10.担当編集山野、『相棒』という存在(後)

 ちょいちょい時間が経って、店も賑わってきたころ。先生はほんのりと、頬を焼き始めた。

 店内はいろいろな話し声であふれ、どんな話だろうと聞かれることはないだろう。


――もういい感じやな。


「んで、本題やね」


 先生は両手で、グラスを正面から仰いでオレと目を合わせた。先生の女子力意外と高いかもしれへんなぁ。


「本題ちゅうても、オレは先生から話をやな……んで、結局、これなん?」


 オレが小指を立ててみせると、先生は、


「それ恋人とかの意味でしたっけ。そんなんじゃないです」

「んでも、女関係ちゃうんと。そんなきぃしとるけど」


 スマホをソワソワ見ちゃう系男子は、この業界じゃ女子からのメールを待っているもんだと相場は決まっている。

 先生の場合は、表情かおが死んでいたけど……


「うーん……」

「…………?」


 先生は、一息深く息を吸い込むと、


「山野さんは、『俺オレ』の作者が女性だって知っていますか?」

「ん、知っているぞー。ってか、サキサキさんはTwetter時代からの知り合いだぜ」

「…………」


 先生の意図は分からんけど、『美人サキサキ』なんて目立つ名前を忘れるなんてなかなかないやん。

 そーいえや、最近、Twetterでみないな。そりゃ、あの『筆を折る宣言』のメール来たときからやけど。


 そんな風に考えていたオレの前で、先生は両手で一気にグラスを飲み干し、一息ついた。


「おいおい、先生、一気はあんま良くねぇよ」

「げほっ、山野さんが言えたことじゃないですよ」

「んでもよ……」

「良いんです。いいんです」


 先生は、アゴを引いた。炭酸を喉でつぶしているんだろう。

 そりゃ一気に飲んだら、ゲップの一つもでるわな。

 オレは、少し反省してグラスをゆっくり傾けて飲んでいると……


「もし僕が、『俺オレ』の原作者の幽霊にあったって言ったら、信じますか?」

「ぶっはっ!?」

「ちょっ人が思い切っていったのに、絵にかいたように吹かないでくださいよ。汚い」

「わりぃ、すまんすまん。あっ知ってるか、こういう『急な動き』をどう表現するかで作家のレベルがわかるらしいぞ」


――適当やけど。


「いや、今思いついたとかじゃないですか」


――ばれたけど。


「先生はノリが悪いなぁ」

「…………ごめんなさい」

「あっいや、そんなつもりじゃぁなくてだな。シーンの描き方も重要度や雰囲気、伏線との兼ね合いでいろいろな描き方があるしな。テンポとか」


 先生のネガティブ度がやべぇ。

 何があったかは知らんが、オレがポジティブにしてやんよ……あっちげぇ、話聞こうとしてたんや。


「サキサキさんに会った、それも『幽霊』のって……すまん、状況がつかめへん。いや、たぶん言葉通りの意味やと思うんやけど」

「はい、その通りです」

「うん、そりゃ何となく。言葉の意味っちゅうのはわかるで。あれや、先生疲れとるんや。

「やっぱ信じてくれないですよね……」


 信じるもなにも、情報量が多すぎるんや。整理していかんと、あかん。やみくもに首を振るなら、風俗の嬢ちゃんたちに聞いてもらえやいい。彼女らは結構、激しく振ってくれるし。

 んじゃ、オレの役目はというと、オレにしかできないことをしろってことで。

 その行動の一つ、『話を聞く』でも、いくつものパターンがあるのだ。


「そんな話を一発で信じられるほど、オレは都合のいいキャラしとらんからなぁ。……てか、先生の作品のキャラそーゆのちょくちょくあるでぇ。ご都合主義すぎる感じの……」


 先生は少し、むっとした顔になったけど、オレのグラスを奪ってそのまま一気して飲み込んじまった。

 いちいち突っ込んでもしゃーなし。てか、自分が話の腰をおってどーするっちゅうねん。

 先生がTwetterやってんのも発見したけど、また今度話すんでえぇか。


「まず、先生の話を整理すると、前提としてサキサキさんが死んじまったことになるやんけ。流石に先生が死んじまってたら、こうアレやろ。編集部が大騒ぎになるにきまっとるやん」


 そうに決まっとる。それに、


「あぁ、先生には言ってなかったけど、サキサキ先生は『筆を折る』と編集部にメールを送ってきたんや。そんなん、もとから自分が死ぬと分かってたみたいなもんやん」

「…………こういっちゃ何ですけど。自殺とかじゃ……彼女がネットの批判で心を痛めていたとか」

「う~ん、そな話、聞いたことないんやなぁ。サキサキさんの担当と話したことあるし、見かけたこともあるんやけど、そな気配っちゅうのはなかったしなぁ。逆にサキサキさんって結構、Twetterで交流しとる人で、明るい人やで。創作っちゅうのがホンマ大好きな人やから、筆を折ってびっくりしとる」


――あぁ、言っていいもんなんかなぁ。んでも、根っこがちゃうとなぁ。


 先生の顔は、少し赤いが目はシラフで真っすぐで。

 オレは知っていることはできるだけ、先生に話すことに決めた。


「『俺オレ』が書籍化する前から、オレとサキサキさんはTwetterで知り合ってたんやけど……こういっちゃなんやけど、批判はずっと前からあったで。そりゃ書籍化するほどの作品や。

「……。山野さんはそう思ってるんですか」


 先生の声が急に低くなった。目つきが鋭い。

 自分の火照った身体から、すぅっとアルコールが抜けていくような感覚がする。


「あぁ、いや。もちろんそんなんじゃねぇ。オレは、『有名税』なんて考え方がいっちばん嫌いだ。名前が売れているなら批判していい、有名なら批判があって当然……んなこと、ホンマどない理屈や」


 オレの言葉を聞いて、先生は少しほっとしたような顔を一瞬見せて、


「あいつらはこじつけしかしない。『批判すべき箇所がある、だから批判する』じゃなく、『気に入らない、だから批判する。批判すべき箇所は自分で勝手に作り上げる』って感じですよね」

「そうかもしれへんな」


――ただオレは批判自体、少し考えるところがある。


 わざわざ『面白くなかった』ことを伝えるもんなのか、ということ。明らかに水をさす行為だし、楽しく読んでいる人のじゃまでしかないし。


 まず何より、批判する奴らは大抵、『上から目線』なのだ。創作論を言うこと自体が、『上から』ではない。あくまで口調の話。


 『了解』という言葉も、『了解です』だと上司に使っちゃだめで、『了解いたしました』なら別にいいって感じの話。相手への思いやりがちゃんとあるのか、どうかで決まるもんなのだ。

 配慮が足りないってか、急に……


・『ここの漢字は開くのが常識。読みにくいし、自分の知識ひけらかしたいのかよ』

・『これはテクノロジーが発展したことによる人類への問いかけがない。こんなものはSFじゃない』

 

 ……とか言われても、むむってなるに決まってる。はっきり言って、『知ったこっちゃない』だろう、作者さんにとって。


 自分の世界観を作者に強要したくなるほど、その世界観が大事なら、その世界観で創作すりゃいい話。その世界観を作者に分かってほしいなら、論理的かつ相手のことを考えた発言をしないと。

 『ボクとキミは遺伝子的に強い子を作れる。だから結婚しよう』と言われ、実際に遺伝子的に良かったとしても、そいつと子供を作りたくなかったら、作らないだろ。ほいほい結婚してくれるやつがいるなら、結婚してほしいもんだ。大学時代付き合っていた彼女とは、なんやかんやで別れちまって、独り身だし。


 オレは、焼き鳥の皿からタレの皮を一口つまんで、


「とにかく、サキサキさんは自殺なんてする人じゃねぇってこった。てか、どうして自殺だと思ったんや」


 先生は、スマホをちょいといじると、


「これ見てほしいんですけど、タイムリーって言い方あれですけど、最近、僕の家の近くで、自殺事件があったっぽいんです」


 スマホを覗くと確かに、その事件の内容が乗っていた。詳しいことは調査中らしく、死者の名前も遺族の意思か何かで乗っていない。

 先生の近所って言っても、先生の家は編集部からかなり離れている。ちょっと見に行こうっていう感じじゃぁないな。


「んでも、これ死亡推定時刻じゃねぇか。サキサキさんからメールが来たのは、だぞ」


 オレがそういうと、先生は、やっぱ違うのかぁ、と言ってスマホをしまった。


――調べることが増えたなぁ。


 だがオレはオレで編集長のことを調べないといけない。ここは、


「んじゃ、その幽霊事件のことは先生に任せるわ」

「その言い種は、手伝ってくれないみたいな、『人任せ感』にあふれているような」

「否定はしないな」

「何ですか、それ」


 オレは腕に巻いた懐中時計を開いて、時間を確認すると、


「んじゃここいらで、お開きやな」


 もう夕方。社会人の帰宅ラッシュはまだだが、もうそろ出ないと登戸先生が学生の帰宅ラッシュに巻き込まれるかもしれねぇし。


――あぁ、今日は酒に任せて寝るのは難しそうやなぁ。いや、寝る前にすることあんねやったわ。ははは。


「がんばろうな、先生」

「ん……? あぁはい。いいものを作り上げましょう」

「…………ふぇっ?」


 オレは思わず変な声を出してしまったが先生は気づかずに帰り支度をする。


――なんだ……オレのことちゃんと相棒だって思ってくれてるんや。


「ちょっ、山野さん。何かあったんですか」


――やべぇ、嬉しくてニヤけちまうじゃねぇか。


 オレは先生に自分の顔が見られないように、顔をそらすのだった。

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