終章 書いて読んで、思いを伝えるということ

すべてが収束する夜

【挿文15】独白 -モノローグ-

 ボクは何故、自分が小説を書き始めたのか、自分でもよく覚えていない。

 でも、小学生の頃に自分でwebサイトまで作って、そこに小説を投稿していたくらいだから、やっぱ、何かしらの理由はあったのかもしれない……いや、どうだろう。


――そもそも、書き始めたきっかけ何てどうでもいいだろう。


 初心忘れるべからず、とは言うけれど。

 「最初のきっかけには、素晴らしいものがあるはずだ」と決めつけて、何かと美談にしたてあげようとする流れには、感心しない。むしろ嫌いだ。


 物語を書き続けて、途中にイヤなことがあろうと、「初心を思い出して頑張ればいい」なんて、根性論にも程がある。

 よく言う「楽しんで書け」も思いっきり、ただの根性論だ。


――美談なんて、『傍観者』どもが、暇つぶしに楽しむためだけにある。


 だから、理由なんていらない。

 理由なんて、求めちゃいけない。

 理由なんかに、



――私に任せてみないかい……?



 きっかけは、その一言だった。

 自分で作ったwebサイトを畳んでから、数年経った頃に見つけた小説投稿サイトでの『感想欄』に書き込まれた言葉。


 『くろう』ってサイトだった。

 ちなみに、ボクが作ったサイト名は『stars』で。当時、小学生のボクが知っている英語の単語でカッコよかったから、そうした。


 『くろう』のメッセージ機能で、編集者を名乗るそいつは、ボクの小説に親身になって話をしてくれた。

 実際に会って、話をすることもあった。

 そいつの名刺を貰い、そいつが本当に編集者何だって知って、興奮したのはよく覚えている。


 そいつとは、小説のことだけじゃなく、ボクの身の回りのこととかも含めて色々話をした。

 一人暮らしを始めてから離れている両親と弟のことも、付き合っていた彼女のことも。


 アドバイスをそいつから貰うようになってから、しばらく経ったけど、ボクの小説は『くろう』で中々、評価ポイントを稼ぐことが出来ないままでいた。

 書籍化なんて、やっぱり無理だろうと諦めかけていた時、そいつはボクに提案してきた。


――私が直接、編集長にこの作品を持っていって、書籍化の話を進めてきます。


 その後、何やら契約書とか色々と書いたが、書籍化できると聞いてボクは浮足立っていたんだろう。

 契約内容何て、一切見ていなかった。


 ダメ出しを繰り返すそいつの言葉を何度も何度も何度も聞いて、書いて消して書いて消して書いて……を繰り返し、やっとの思いで作品は本になるところまで行った。


 いざ、出版された本……そこには、本来あるはずのボクの本名をもじったペンネームじゃなく、たった一文字。



 『観』って、著名で本は出されていた。



 話が違うじゃないか……そう思った。

 そいつに騙されたって、後で気づいた。



 編集部にすぐに向かった。

 ボクは自分の作品が盗まれたことを主張しに行った。

 だけど……そいつはボクのことを悠然と、待ち構えていて。


――今更なんだね? ここに契約した跡があるじゃないか?


 ……まんまと、甘い罠に引っかかってしまった。

 ボクの作品は盗まれた……だけど、盗まれたのは所詮この一つだけ。

 そう切り替えて、少しでも前をみようと思ったとき。


――この子に心当たりは、あるのかなぁ……


 そいつは、一枚の写真を取り出した。

 明るめの茶髪に染めた長い髪を後ろで束ねた女の子……つまり、『ボクの彼女』の写真を手に、そいつはニヤリと頬を曲げて見せた。


 ボクは、もう……従うしかなかった。

 

 ◇ ◇ ◇ ◇


 小説を書いても、それは、もう『ボクのもの』じゃなかった。

 出来上がるまでに散々そいつに貶され、アドバイスという皮を被ることさえ辞めた言葉の刃が、ボクを何度も切り裂いてきた。

 彼女を脅しに使われていることもあって、ボクは従うことしかできなかった。


 ボクがそいつの言うことをちゃんと聞かないと……彼女は

 知らない男どもに彼女は傷つけられるかもしれない。


 そう思うと耐えられなかった。

 それだけは避けたかった。


 そいつはボクに一度、枕やってる女性を送ってきたが……「お前の彼女もこんなことには、なりたくないよなぁ」っていう脅しだったのかもしれない。

 もちろん、その女性を抱く何て、考えもしなかった。すぐに帰ってもらった。


 『くろう』での商業関係の話は運営を必ず通すってことは後で知った。

 『感想欄』での商業関係の話は、基本ガセか詐欺関係であり、絶対に引っかからないようにしなければいけないって。


――そもそもボクは、なぜ書籍化を目指したんだろう……。


 そんな欲に駆られなければ、ボクは『ボクの小説』を書き続けられたはずだ。

 だけど、ボクが書いた『そいつの小説』はどんどん売れた。


 はっきりいって、自信を無くした。

 『ボクの小説』は、ダメなんだと、本気で思い始めた。



――でも、



 昔、ボクが畳んだwebサイト『stars』は、そのほとんどのデータを消し去ったので、残っているものは掲載していた小説本文と……ある一つの、長い長い感想で……。


 『stars』で貰った言葉は、その熱い感想と、もう一つ……サイトを畳むきっかけになった『批判コメ』だ。

 『批判コメ』はあってもボクの役にたたないだろうと、他のものと一緒に捨てた。


 批判を受け入れないのは、甘えかもしれない。

 だけど、ボクは書けなくなったんだ……。

 その言葉のせいで、数年書けなくなったんだ……。


 サイトを畳む直前に貰った……熱い……本当に熱い熱意のこもった感想があっても、ボクはサイトを続けることはできなかった。


 ボクは、その熱い感想を。

 「面白い」と言ってくれた、


 彼が居たから、彼の言葉があったから、ボクはまだ生きていられる……


――いや、『生きてしまっている』か……。


 ボク何かに……生きる資格なんて……。



 そんなことを考えること自体、……おこがましい。


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