男どもは同じ炎を見つめる

13.少年玉野、炎を目撃する

「兄さん、ただいまー」


 返事はない。いつものことだ。


「兄さん、帰ったよー。あっご飯食べたんだ。お風呂には入ったの? 洗濯はぼくがするから、カゴにいれてくれたら大丈夫だからね」


 台所のごみ袋にカップ麺の入れ物が増えていたことを確認して、手を洗うことなくそのままリビングに置いてある小さなソファーにうつ伏せに倒れる。

 ふかふか……だったらよかったけど、少し硬い。


――あぁ、なんてことしているんだよ。


 このも。

 さっき登戸さんを怒鳴り返して、そのまま逃げてしまったことも。

 ぼくはこのままじゃダメなんだと思う。だから、変えたいって、思った。


 兄さんが好きだった小説を……

 ぼくが面白いと思った小説を書いて、書籍を出して、お金儲けて……


――単純思考だなぁ、自分ってホント。


 なんで小説かってのは、単に書いてみたかったからでもある。


 大学生活ももうすぐ始まる、『いざ』という時期にやらかす。


――てか登戸さん……サキサキさんがあんなに若いとは。


 年齢を聞くのを忘れたが、そんなに年が離れている感じではなかった。

 もしかすると、自分と同じく大学生なんだろうか。ぼくの入学式はまだ、だけど。


 ガチャリ、と音がしたかと思えば、それはすぐに重い玄関の扉が閉まる音にかき消えた。


「にぃさん……」


――外に出るなら一言でも、声をくれたっていいじゃないか


 ぼくは今、兄さんと2人暮らしをしている。

 神奈川に実家があり、都内の大学に通うには不便だからと借りた東京の狭い部屋だ。


 兄さんはもともと別の部屋を都内に設けていたけど、ぼくも都内の大学に合格して、部屋を二つ借りるのは金銭的にきついので、一緒に住めるとこを探したのだ。


 ぼくの家というか、家族はもともとそんなに仲がいいという訳ではない。逆に仲が悪いっていう訳でもなく……端的に、あんまり会話しないだけ。


 実家では、一人ひとり部屋でゲームしたり、アニメ見たり、読書したり……

 家族が集まるのは、食事の時くらいで。まぁ、普通そんなもんだろう。


 男子はよくヤンチャするという話があるけど、ぼくはどちらかと『怒られたくない人間』なので、グレーゾーンな遊びは一切しない。

 法にも校則にも触れない。


 それを不自由と感じたことはなく。単にルールを守るのは当たり前のことだと思ってる。

 社会だろうと、学校だろうと、――小説投稿サイトだろうと。


 とまぁ、ぼくと兄さんはもともと話し合う仲じゃない。二人暮らしすることになったときからでも、普段は一人ひとり別の生活をしていた。

 同じ都内といっても、通っている大学は違っていて。ぼくが兄さんのに気づくのは、同居を始めて少し経ってからだった。


――数年会っていなかったから、そりゃ変わってるに決まっているんだけど。


 わかっているけど、ぼくと会話をしてくれない人じゃなかった、と。

 兄弟ながら、もう少し明るい人だと思っていた。


 母からこっそり聞くと、どうやら大学で留年してしまったらしい。

 別に大学なんだから、中途半端な理解で進級するよりはいいんじゃないかなぁって、ぼくなりに思うんだけど。もし自分がそうなったら、確かに落ち込むに決まっている。



『玉野げん@物語をつくろう』



 スマートフォンが青い鳥を映したあと、ぼくの登録名を画面に表示する。

 どうして『アットマーク』を使うんだろうと思ったけど、登戸さんが「気にしなくていいだろ。僕も分からん」って言っていたんで、そうしている。

 暗黙のルール的な感じか。



――今日はヒドイことをした……


 正確には。奢るって話も守れなかった。


 登戸さんが……さんが地下chで叩かれていることは知らなかった。

 ただ、小説投稿サイトで高評価を得ている人はみんな『クラスタ』と呼ばれる相互評価組織に属しているという噂を聞いていたのだ。


 実際問題、ノベノベは評価者を確認できるし、評価者も作品を書いていることが多くみられる。

 レビューに書かれた作品への『誉め言葉』は、たんに『評価したんだから自分の作品を読め』という下心満載のメッセージ何だろうか。



 それとも、褒めあっているのか。


 レビューなしで評価だけ入れている作品は、


 フォローしている作品は、


 そのレビューの言葉は、本当に作品を言葉なのだろうか。



――やっぱ、『』っていうことなのかな。


 良くわからない。疑えば、いくらでも疑える……状況的に。


 そういう『馴れ合い』が……『媚びを売る行為』がイヤで、ぼくはくろうで小説を書くことにしたけど、最近はくろうでも評価者分かるらしいし。もうどこも同じようなもんだ。


 誰かが言っていた。

 『web小説は衰退している』って。


 どの作品がどれだけ売れているとか、そういうデータを探したことはないし、めんどくさいから調べないけど。その言葉が本当になっているのかもしれない。


 ぼくの作品が読まれないのは、やっぱそのせいかもしれない。でも『底辺』のぼくにできることなんて、何もないよ。そういうのは書籍化した人が責任もって……あぁ、これがダメなんだろうか。自分を下に見ているって。

 登戸さんに怒られたばっかりじゃないか……。


「はぁっ……」


 何んとなしに、開いたままのTwetterアプリで『登戸タカシ』を検索してみる。


 すると……


――えっ、これ。もしかしてぼくのこと?



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登戸タカシ@Twetter初心者 (@noboritoTakashi)

 web小説でアドバイスは『あり』なんだろうか。

 アドバイスしてくれと言われて、何を答えたらいいんだろう。

 ただ、何でも言ってくれと言いながら、実際に批判的なこと言われたらショックだろう。

 それに、イヤなら別の作品を読みに行くもんじゃないのだろうか?

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 登戸さんも登戸さんなりに考えてくれていたんだろう。


 ぼくはカフェで、たぶん登戸さんの『触れちゃいけないもの』に触れちゃったんだ。

 そう思えば、登戸さんが怒ったのにも理由がつく。


 ただ、申し訳なさの中、うれしいと思う反面……そのツウェートを押したら『すんごいこと』になっていた。

 たぶんだけど……まだ実際に見たことがないけど……


「これってってやつでは……」


 そう思いながら、とりあえず登戸さんのページにあった『フォロー』というボタンを押しておいた。


 謝るのは、少しあとにしよう。自分が落ち着いて、気持ちと言葉を整理して……



 そして、登戸さんのTwetterが沈静化したときを狙っていこう。そうしよう。


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