15.担当編集と枕被害者(前)、好きなん?

『山野さん、今、女性と一緒にいますよね……彼女ですか……いないと言ったのに』

「あっいや、そうでなくてな。ちがくて……それでですね、オレは今ッ」

『…………ではでは、』

「ちょっと! 先生、登戸先生って……」


 トゥッ、とスマホが通話の終了を無慈悲に告げる。まぁ、ブッツリ切れてしまったと。

 オレはスマホをジーパンに突っ込んで、電話を邪魔したと向き合った。


「ちぃと待っといてくれても、えぇんとちゃうか……?」

「あなたがそれを言える立場ではないでしょう。わたしに話を聞きに来たのに、電話にでちゃうなんて」

「すまん、担当しとる作家さんがポカやらかしてしもうて……」


――何でよりにもよって、で炎上するんや、先生。


 先生にちょっと恨みの念を送りながら、オレは目の前の女に平謝りすることにした。

 今日は、この女に聞きたいことがあって来たんやったからな。


「そうです。その調子です」


 オレの謝る姿にご満悦の様子の女。


――あぁ、何でオレがこんな女の相手を……


 この家を訪れてから、ハテナに溢れている。


***


 オレは、編集長の『暗い噂』の真相を解き明かすため、とある女性を訪ねることにした。


――ここで、あっているよな。


 編集長によって仕事をクビにされた女性。

 その本人の自宅の前で、深呼吸。一つ、二つ……。


 今から訪ねる女性は、編集長によって枕をさせられたという噂がある。


――もっと、こう別の場所じゃないんかぁ……


 女性にアポを取った時、オレは心的外傷を受けているであろう彼女のことを考え、もっとオープンな場所で話を聞こうと思っていた。

 オレに会うのは辛いだろうと、無関心そうな他人の目があるカフェとか。


 実際のとこ、話す内容が内容なので彼女の自宅は場所的にはありがたかった。秘密の話をするにはうってつけだ。


 家といっても、そこは彼女の実家らしく、その日は両親も家にいると聞く。なら大丈夫だろう、と承諾した。


 ピンポンを鳴らすと、すぐに女性が出てきた。

 長袖のモコモコに、長ズボン。それに帽子まで付けていた。


 オレは余計な勘繰りをされないよう、彼女をしながら。

 彼女と仲良くなつもりで、いつものように明るい声を出した。


「こんにちは。初めまして、山野大樹です。町田翡翠ひすいさんでよろしいですよね」


 はい、と目の前の女性――町田は答えた。

 促されるままに、部屋に入る。


――暖房入れてないんやなぁ。


 外とあまり変わらない風を感じていると……


 ガチャリ、と。


 背後で音がした。


「ん、なんでカギ閉めるん……Σ(´∀`;)んんん?」


 カギをかけた後、オレの方を振り向き町田は――服を脱いだ。


「なっ、何しとるん!? あれ、親は? 親さーん!」


 呼んでも来ませんよ、と町田は言う。

 彼女は、長袖の下も、長ズボンの下にも何にも履いてなかった。

 痩せた、骨っぽい肌が見える。

 切り傷や痣だらけで、痛々しい身体をしてる。


「『呼んでも来ない』ってどない意味や……」

「そのままの意味ですよ……へへっ」


――へへっ、って……何や、何もわからん。


 町田は、脱ぎ捨てた服の上を歩いて……オレに抱き着いてきた。


「じゃぁ、好きにしてください……」

「なっ何でそうなるん……ちょっと待ちい」


 町田の痛々しい肌に極力触れないようにして、彼女をオレの身体から離す。

 彼女はなんでか、しょんぼりしたような感じを醸し出してくる。


――わからん、女って全然わからん。


 元カノ時代からの謎。永久にオレに付きまとってきそうな、ミステリー。

 童貞を卒業したらわかるって、誰かがゆーとったけど、わからんもんは結局わからんもんやった。


 ◆ ◆ ◆ ◆


 彼女に服を着てもらい、リビングの机に向かい合って座る。


「なぁ、町田……あっと、町田さん? 翡翠ひすいさん? どっちで呼べばえぇ?」

「……ジェイド」

「ん?」

「だから、ジェイドって」

「いや、聞こえとるけど」


――なんで、『ジェイド』やねん。


 そう思っとると、町田は免許証を見せてきた。


「わたしが『町田翡翠ジェイド』です。DQNネームなんで隠してました」


 あぁ、そういうことか。

 隠してたのにわざわざオレに教えてくれたってことは、つまり……



 キメた。いい感じに決まったはず、ラノベでよくある展開。

 これで好感度上がって話もスムーズに……そう思っていると町田は、無表情で答えた。


「いえ、町田でいいというか。町田って呼んでください。ジェイドとは呼ばないでください」

「…………わかった」


――いや、わっかんねぇよ。マジで。


 なんでオレを、のか聞くと、「男の人と会うって、つまり抱かれ抱くという話ですよね」と、返されたし。


 男とすぐ行為するなら、「じゃぁ、セックス好きなん……?」って聞くと、「好きじゃない。痛いし、嫌いです」って言うし。


 うまく言葉にできねぇが――異常だ。この女は、狂ってる。

 そう考えても仕方ねぇだろ。こんな状態じゃ。


「…………」


 見ないようにしていても、彼女の痣の数々に目を吸い寄せられる。


 服から少し除く鎖骨に。手首に……やせ細った頬をしているが、健康になれば綺麗な人に戻るだろうって顔をしている。顔には不思議と傷は少なかった。


――町田のこの様子が、あいつの……編集長の悪事と結びついているなら……


 これからの内容を、それに答える町田の言葉を思い描きながら、オレは静かに自分のスマホを握りしめる。


――やってやんねぇと。


 そう決意して、質問をしようとしたら……ブルッとスマホが揺れやがった。

 見るつもりもなかったんだが、いつもの癖で即メッセージの内容を確認しちまった。


――登戸タカシって、やまさんが担当しとる作家ですよね。


 同僚の編集者からの連絡。いやな予感がするメッセージの冒頭。

 いやな予感を見事に裏切ることなく、内容は登戸先生がやらかしたってことで……


「すまん、町田。ちょっとないき、電話する」

「えふぇ?」


 すぐさま、オレは『消火作業』に入った。

 実際に消火するのは登戸先生だから、あくまで指導というか。っていうか、火の広がりを防止する的な、アレや。


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