守るために、隔離すべきモノ
23.担当編集、今すぐブロックしろ!
『イラストレーターの連絡先を教えてください!』
『早く書き上げたら、早く出版していただけますよね!』
『がんばります、僕がんばりますから。山野さんも協力してください!』
――急にどうしたんやろか、登戸先生……まぁ、頑張ってくれるっちゅうなら、嬉しいんやけど。
電話から聞こえた先生の声は、切羽詰まっている様子で。
オレが言われた通り連絡先を伝えるなり、先生は電話を切っちまった。
国際電話だったから、要件を素早く済ませて電話代を減らす……っていうのは、当たり前かもしれんけど。
――なんでアメリカにいるん、先生……
いいなぁオレも行きたいなぁ、って思うけれど、自分は今やるべきことがある。
手帳をチェックし、次のミーティングを確認する。
あと一週間もない。先生のことをしみじみ、切羽詰まっているなぁ、と評価する暇なんてオレ自身にもなかったのだ。
――っていうか、どうしよ。
先生は『俺オレ』を急いで完成させて、今すぐにでも出版したい……というような、ことを言っていた。
そやけど、オレが今からしようとしていることは、もしかしたら『俺オレ』の出版……いいや、『ゴーストライト』の話自体をなかったことにしてしまうかもしれない。
編集長が警察に捕まるなりして、『ゴーストライト』の話自体がなくなれば、必然的に先生の受賞作も出版中止の状態に戻っちまう。
――先生はどっちを選ぶんだろうか。
今更、編集長が『他人の作品を盗んでいる』なんて言っても、『美人サキサキの作品を代筆している』先生に言うような話じゃないと思うし。
じゃぁ何で『ゴーストライト』の話を持ち掛けたんだ、と先生に怒られても仕方ない。
実際、オレも悪い奴だ。
編集長と同じクソ野郎だ。
あの時、本当はオレ、編集長を止めようと思っていたんです……なんて、絶対に言っちゃアカン。
先生の作品を世に出したいなら、もっと別の方法もあったかもしれなねぇってのに。
別の編集部に持っていくとか、あぁえぇっと、なんや、そうや自費出版とか。
選択肢はいくらでもある……って言いたいが、全然思いつかん。
だが、やれることはやっていきたい。
真っ当に、誠実に、熱意もって。
ブブブッ、とスマホに着信。表示された登録名は『町田』。
『あの、山野さん。相談、あります……』
編集長によって不当な扱いを受け、傷つけられ、編集部をクビにされた女は、そう切り出した。
そうだ、とオレは彼女の声を聞いて、内心で自分勝手な決意みたいなことをする。
――苦しんだ女がいる。それを放っておけるわけがねぇ。
登戸先生は大学を中退して、
もし、ゴーストライトの話がなくなれば、先生は完全に無職まっしぐら。転生なんて夢物語な現代で、その状況はかなりまずい。
だが、それでも編集長の悪事を見逃すことはできねぇ。
だから、
――もしもの時は、オレが登戸先生を養ってやる。
決していい生活はできないと思うし、そうに決まってるが、一つデカイもんを当てて逆転目指す人生も悪くない。
オレは登戸先生の作品だけじゃなく、先生本人の人格も気に入っているし。
そういうことで、町田とは、編集長を警察に突き出すための準備を本格的に進めることにした。
法律には詳しくないが、webで小説書いている奴には法律クラスタとか、専門知識もっている奴らが多いからな。
読専だが、作者さんらと交流持っててホンマよかった。
「どうしたんだ、町田。相談って」
『作戦会議的なので、いちいち山野さんにわたしの家へ来てもらうのも悪いし、端的に山野さん家に泊まっていいですか』
「…………」
『おーい、聞いてます? 何なら抱いてもいいですよ、今彼女いないとか言ってましたよね、ほら決定っ。善は急げですよ』
「いや、何が決定なんだよ」
『マジな話、何か不都合あるんですか』
――不都合なぁ……
家に転がる業務用五リットル角ハイ。
散乱する炭酸水ペットボトル。
ノートパソコンはゴザの上に直置き。
う~む、と考えていると、ゴキが目の前を通り過ぎた。
――おぉ、底辺。
「うん、ダメ。絶対にアカンやつ」
『えぇ、そんなぁ』
――こんな不衛生なアル中の部屋なんか、来たくないだろ。
そういえば、彼女と別れた頃から悪化したんだっけか。
いいや、整理整頓を完全にまかせっきりだったし、一人だった時に戻っただけというか。
エロいい絵を描く、素敵な彼女だったんだがなぁ。ホンマ、いい女を逃したわ。
――プロ絵師になる夢、叶えたんかなぁ。
いかん、いかん。
昔の女の尻追いかけてもしゃーないって、アルファツウェッタラーの自称JKがいっとったわ。
『じゃぁ、『ゴーストライター』の人の家教えて下さいよ』
「登戸先生のとこか……部屋そこそこ広いからワンちゃん……いや、お前先生のこと襲うだろ」
『わたしが誰にでも股開くと思ってたら大間違いですよ!』
「あぁ、そうだな」
――わっかんねぇな、この女はホンマに。これっぽっちもな。
「まぁ、先生に相談してみる。要件はそれだけか」
『そうそう、じゃーね』
町田はそのまま電話を切ってしまった。
先生に連絡すると約束しちまったけど、先生は今アメリカだし、今度のミーティングの時でいいか。
先生のTwetterを見ると、位置情報付きで写真をツウェートしていた。
疑っていた訳じゃないが、あぁ、ホンマにアメリカにおるんやなぁって実感する。
TLをスクロールしていると……
――おいおい、マジかよ……
先生が面倒を見ているとか言っていた、くろう作家の玉野が絡まれていた。
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ネット小説評論家(@observer_admin)
返信先:@genTamano
お前頭大丈夫か?
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いや、ソイツが直接、玉野へ
>>なんだこの作品は? あほクセ。
>>ネタが似てるんだよな。そこらのテンプレよりもひどい。
>>作品名は忘れたが何かに似てんだよな。なんかに。
>>三行で読むのやめちまったよ。どうやったらこんなのが評価できんだよ。
>>新人賞受賞作家に媚び売って、評価してもらったんだろ。なっさけねぇ。
オレはその文章を見て、はっきり言って、――キレた。
――クソが! 三行ってなんだ! 作品をまともに読んでもねぇのに何がいえるんだよ!
右手が痛い。キーボードを殴りつけていた。
ゴザに血が垂れてるのを見て、あぁ手を切ってたんだな、と気づく。
ただ、オレにも許せないことはある。
――クズが! そもそもどんな口の聞き方だ! 何様なんだよ!
初対面の相手に喧嘩腰で、上からで。作者の大切な作品をコケにしてやがる。
いや、初対面とかクソもねぇ。人にそんなん、どういう神経してたら言えるんだよ。
「媚び売って……」とか、ありもしねぇこと言って、玉野の人格も否定してやがる。
そういう上から野郎はたいてい『読んでやっているんだから』って言いだすが、作者と読者で、どっちが偉いなんてねぇに決まってる。
決して読者に『面白い』しか言うななんて言ってねぇ。
作品書いてるほうが上ってわけでもないし。
面白くなかったら面白くなかったで、別にいい。
面白くなかったことを呟こうが何しようが、いいのかもしれねぇ。
――オレは作品を書いたことねぇから、全く分かんねぇけどよ。
仲もよくねぇのにいきなりため口……上からで、高圧的に『酷評』ってのは、常識的にありえねぇだろ。
これから合コンに行くらしい仲のよくねぇ女に服がダセェ、そんな顔でよく行こうと思ったな、とか言わねぇだろ。
服を買ってやるとか、エステ奢るとかなら違うかもしれねぇがよ。イケメンに限るが。
>>『読んでありがとうございます』ってそれだけか? もっと言うべきことがあるだろ。
>>あーあ、礼儀もないのか。せっかく読んでやったのに。
>>新人賞受賞している奴が評価つけてたから、気になったんだがな。
>>やっぱ不正とかするやつは信じられんなぁ。相互のぬるま湯につかってる奴らは。
――アカン、見てられん。
ちょうど玉野は、オレのことをフォローしていた。彼のTwitterを見ると、現在進行形で落ち込んでいるというのが、呟きから伝わってきた。
すぐさま、DMを送る。
『初めまして、突然のDMすみません。やま、と言います。登戸先生の編集者をやっている人です』
ちょっとしてから返信が来た。
『あっ、玉野です。やまさんの名前は登戸さんから聞いてます』
そういえば登戸先生は、オレのことを玉野に話したと言ってた。まぁ、いい。
『それは良かった。ちょっと、見てられなくなってな……友人の友人は、友人みたいな感じで言わせてほしい……今すぐブロックした方がいい』
相手の名前まで全部言わなかったが、玉野にはちゃんと届いた。
『ブロックしたら余計に怒りませんか……』
『だったらミュートでもいい。自称批評家の意見は聞いてもまったく得にならないぞ。返信もえいねも、なんもしなくていい』
玉野の「ミュートをしろってこの前、登戸さんに聞いたことあると思います。今すぐ対処してみます」という文を見て、オレは『クソ野郎』のアカウントを先制ブロックしておいた。
オレは別になんて言われようが、直接殴り合うタイプの人間だからいいかもしれねぇ。
だけど、別にネガティブなこと言われたいわけじゃねぇから、予防はするけど。
基本的に小説投稿サイトの運営はTwetterとか地下ch、サイト外のトラブルには面倒みてくれねぇし、なおさら自分で自分の身は守っていかなきゃいけない。
ただ、玉野は明らかに引いていた。
もしかしたら、オレと同じ『戦闘民族』だったかもしれないが、玉野はミュートしたと言ってきたので、たぶんオレは彼の背中を押せて、よかったんだろう。
――これ、先生にばれたら「これだからwebはクズなんだ」とか言ってくるんかなぁ。
んでも、実際書籍化したら同じような状況になるかもしれない。
ネットで酷評されるかもしれない。
先生はそれをわかっているんだろうか。
人間なんだから、人によって異なる意見があるのは当然のこと。
酷評だろうが、言葉を選べば単なる誹謗中傷とはまた違ったものになるんだが、実行しない奴らは多い。
逆に言葉だけ丁寧にしておけば、なんでも言っていいと勘違いしているアホ野郎もいる。
まぁ、無意識にやっちまうやつもいるんだけど……。
――そのせいで読者の意見をまとめて聞かないことにしてたんだよな、先生は。
っていうか、『プロ読者』が多いな。
読専長いことやって、編集者にもなったが、作品を三行だけ読んで『クソ』と判断できるチートスキルってどうやったら手に入れられるんだよ。
トラックに一回かそこら轢かれてみたら、そのチートスキル貰えるかもしれないけど、絶対にしたくねぇな。
たった三行で作品が全部わかっちまったら、作者さんがせっかく書いた世界を楽しめなくなるし……っていうか、読専ってのは、自分の好きな世界を読み続けていたいから、文字数は多くても特に問題ないんだよなぁ。
何万、何十万、何百万文字だろうと、好きな物語は読み続けていたい。
そう思っていると、右手から流れる血がいい加減やばくなってきたので、ウイスキーをぶっかけてタオルで巻いておいた。アルコールが傷口から、体に染み入っていく。
まぁ、これで治るだろ。
心の傷にも、切り傷にも使える……酒ってマジ優秀。
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