6.新人作家登戸、読んで書く
いい加減読み始めないといけない。
幽霊の感想も聞いたし、印刷した『俺オレ』を読み始めた。
トラックに轢かれ、命を落とした主人公が異世界転移する『ザ・テンプレ小説』。
もう『トラックドン!』のテンプレは化石となったかと思っていたが、こんなのでも人気になって書籍化するなんてなぁ。この業界が心配になってくる。
『俺オレ』の物語をざっくり言うと、男主人公がトラックに轢かれ、異世界でTS……つまり、女性の体になって目覚める。
異世界に女になった『オレ』がいる一方……日本では、死んだはずの『俺』がたまたま居合わせた天才医師によって生き返っちゃって……という話。
大抵の異世界モノだと、死んだ主人公の肉体がもとの世界(日本)でどうなったか描かれないので、そこを上手く使っているというか……
――あぁ、説明クッソめんどいな、これ……
ジャンルはラブコメ。
TSで女になった『オレ』はあることで日本へと帰るが、日本では数年が経過していた。
女になっている影響もあり、実家に帰れず、身分証もなく、どうしようかと悩んでいるときに『ある男』に助けられる。
生活を共にするようになってからしばらく……互いに好意を寄せ始めたとき、その『男』がなんとトラック衝突事故から生還した『俺』であったことに気づくのだった。
「……そりゃ、相手も自分なんだから。気が合うよなぁ」
『俺』は異世界のことなんてさっぱり知らないし、『オレ』が『もう一人の自分』だっていうことに気づいていない。
一方、『オレ』は自分と付き合うことなんて出来るわけないと、恋から冷めてしまった。
少しずつ、『俺』と『オレ』の気持ちにすれ違いが生じ始めるのだ。
◆ ◆ ◆ ◆
「ねぇ、どこらへんまで読めたの?」
幽霊は卵スープのゴマが張り付いたスプーンを僕に向けながら、そう言った。
スープは冷凍じゃなく、幽霊が作ったものだ。彼女は料理ができる人らしい。僕もお湯沸かしなら、一流なんだけど……ほら、絶妙な温度ってあるだろ。
朝に出された卵焼きはふんわりしていたし、今食べている味玉もオムレツも味がしっかりしていておいしい。卵スープも優しい味だ。
――んでも、卵多すぎやしないだろうか。うまいけど。
ちなみに卵焼きは常設メニューらしい。
彼女の死因はもしや、偏った食事による栄養失調とか卵食いすぎのコレステロール取りすぎ病とかだろうか。
Geeglo先生で調べても、医療系の情報ってどれを信用すればいいのか分からないほどに情報が溢れている。
卵は一日3個までなのか10個までなのか、はたまたいくら食べてもいいのか。
健康関係の小説は絶対に書けないなぁ、と思う。資料を漁らないといけないテーマなんて、自分の力量不足を表しているというか。
――そもそも、『資料』も『読者の意見』も同じだ。そんなもんに影響なんて受けてちゃ、自分の世界を構築できないだろう。
いや、なんでこうやって余計なこと考え始めるんだろう、僕は……
顔を上げると、幽霊がちょうど二個目の味付け卵を頬張っているところだった。
――まぁ、幸せそうだし。コレステロールとか、彼女の死因とかは、とりあえずどうでもいいか。
「むぅ。私、今、『どこまで読んだか』、質問しているんだけど。そのニヤニヤ顔が答えですか、そうですか。せんせーの表情から読み取れることを答えなさい(10点)的なアレなら……(#^ω^)」
「あぁ、いや悪い。えっと『オレ』が『俺』の家で卒アル見つけて、『俺』ってのが日本に残った自分の成長した姿であることに気づくところだ……まて、伝わっているか心配なんだが。とりあえず、君が言っていた感想の部分までは読めていない」
文字だと『
「まだ序盤の方か……卒アルでどこか分かったけど、本当そこだよね。分かりづらいというか、ややこしいというか」
「作者は分かりづらいと理解しているだろうに……」
「同感。もしかしたら、あえて分かりにくくしたのかもだけど」
幽霊は卵スープのお代わりを飲み始めた。水分の取りすぎはよくねぇぞ……何となく。
そういえば彼女がトイレに行っているのを見たことがない。
アイドルはトイレに行かないとかいうけど、その類だろうか。
幽霊は食事の必要はないらしいが、「いっしょに食べた方がおいしいでしょ」と言って僕と食べている。
料理まで作ってもらっている。……もっとがんばれよ、僕。いや、何を。
「あえて分かりにくくする必要性が全く分からない。表現する上で難しい表現のレベルを下げるならまだ分かるが、これは簡単な表現をさらに単純に落としているような印象なんだけど……逆に単純にしすぎて分からんというか」
「作者のレベルを過信しすぎるのもよくないけど……というか、気になったら作者に直接聞けばいいじゃない」
「はっ!?」
聞く? それも、直接?
「あの、
「なんていう中途半端な知識量なの……」
Twetterは使わないわよ、と幽霊は印刷した紙の下のほうを指さしたあと、「やっぱ実際の画面のほうが」とそのページをデスクトップで開いて見せた。
「ここにハートマークがありますよね」
「『ええね』のパクリですね、分かります」
「いや、分かってないよ。『ええね』はもう一般的に使われるというか、何というか……このハートをですね、押します!」
――あなたの気持ちを伝えよう
――ノベノベに登録すると作者に思いを伝えられます。ぜひ作者を後押ししてみてください。
「おい」
「登録まだだったね……」
◆ ◆ ◆ ◆
「登録するのは、ノベノベだけじゃなかったのかよ……」
ノベノベのアカウント登録はすぐに終わった。
ついでに、とTwetterにまで登録したので、一日でアカウントが二つも増えた計算だ。すげぇ。
「まぁいいじゃない。ノベノベは、Twetterと結びつきが強いイメージあるし、登録しておいて損はないと思うよ」
「そんなもんなのか……」
「そんなもん、だよ」
僕はネットに疎い訳ではない。ニゴニゴ動画だけでなく、今じゃゲームをするのにもアカウント登録が必須の世の中。
SNSは何となく、『面倒くさそう』『取っつきにくそう』というイメージがあり、やっていなかった。やってもツウェートする話題ないし……
「さて、押します!」
幽霊に言われるがまま、ハートボタンを押す。
「うおっ、『コメントを入力できます』って出てきたぞ。なんて書けばいいんだ」
「だから作者に伝えたいことをそこに書けばいいんだよ。せんせーさっき、『そりゃ、自分なんだから。気が合うよなぁ』みたいなこと呟いていたじゃん。そーいうのをちょちょいっと書けば良いんだよ」
「何て馴れ馴れしい」
「言葉遣いはもちろん変えたりするけどね! っていうか、書き方が分かんなかったら、先に書いている人のものを参考にして……ちょっといいかな」
幽霊はそのページのコメント欄を確認した後、一度『俺オレ』のトップページに戻り、『341件のコメント』をクリックした。
ガラガラとマウスのホイールを回して、
「おかしい……」
一言つぶやいた後、幽霊は次々とタブを開いて文字の羅列を眺めていく。
『近況ページ』やTwetterなどにも目を通していっているようだ。
「やっぱ変だなぁ……」
「どうしたんだ?」
幽霊はすぅっと宙へ浮き、僕にイスを譲った。ふとした行為に、あぁやっぱ幽霊なんだなぁと実感する。
「SNSしたことないせんせーに聞くのもどうかと思うけれど、コメントが来たときって返事するものだと思う?」
「コメント……批判とか暴言とかそういった話か。それなら無視すればいいし、消せるなら消せばいいと思うが」
「いや、そうじゃなくてね。ふつーのコメントに対して……と言っても、一概に言えることなんてないことを聞くんじゃなかったね……んで、一概に言えない、一般論でもない私の考えを言わせてもらうと」
――感想もクリエイティブな行為だってこと。
「小説を投稿して反応があれば嬉しいの。作者は反応に飢えている生き物。だから、感想とかもらうと喜び回るの。感想も同じで、というか逆に作者から反応が返ってこないと、心配になることもある」
「心配って、何を心配するんだ。コメントを送って、不安になるなら送る人なんていないと思うんだが」
「う~ん」
これも個人的見解なんだけど、と幽霊は続ける。
「『この感想ってもしかしたら作者の意図を勘違いしているのかな。テーマを取り違えていないかな』って。人間って、特に日本人はネガティブに考えちゃうんだよ。作者がその感想をうれしいと言ってくれたら、いいんだけど」
「ふーん。そんなもんなのかな? まぁ、それで何が言いたかったんだ。もっと他のことを言おうとしていたような感じだったけど」
幽霊は僕の言葉に、うんうん、とうなずきながら、
「そうそう、とりあえず私は『コメントには返事をするもの』と考えているの。それで、たぶん『俺オレ』の作者さんも同じように考えているってさっき確認した。当日中か翌日かに必ず、この作者さんは返信をしていたの。だけど、二月三日を境にプッツリ途切れちゃっているの」
「普通に仕事が忙しくなったとか、風邪とか……まぁ色々とあるんじゃないのか?」
「それは、そうかもだけど……」
サイトを見て回っていたのは、そのためだったのか。
二月三日というと、僕が出版停止という『死刑宣告』を受けた日の前日にあたる。
その数週間後に僕は、ゴーストライトの依頼を受けて。んだから、普段読みもしない『俺オレ』っていう異世界モノを読んでいて…………あっ。
「ちょっと、急に変な声ださないでよ。心臓とま……止まってたわ、私!」
話すか、あのことを。話していいのか?
数秒だけ考えた。
何てバカな行動をしていたんだ、と自分で思った。
だって、僕がこうして『俺オレ』を読んでいる理由って……
「…………?」
頭に疑問符を浮かべる幽霊に、僕は少し重くなった口を開き始めた。
「なぁ、幽霊。一つ言っていなかったことがある。僕の書籍が出ることは決まっているが、そこにはある条件があって、だな……」
僕は幽霊にゴーストライトのことを話した。
新人賞銀賞を受賞したこと。
その後、出版停止を食らったこと。
『俺オレ』の代筆を引き受けたこと。
代筆の見返りで、『クーラー』を出版してくれること。
そして、
「…………」
「…………」
――『俺オレ』の作者が筆を折ったこと。
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