18.新人作家、女の子の部屋には赤がいっぱい(後)
「うん、自殺……そうだったのね……」
幽霊の部屋の中。
彼女は少し考えるように下を向いていたが、すぐに顔を上げ、部屋の中を見渡した。
「っていうか、女子の部屋をこんな風に荒らすなんて警察…………えっまって、下着とか見られてないよね」
その一言が、場の重い空気を消し去ってくれたような……そんな気がして、僕は、
「…………(/・ω・)/」
「おい、何を探そうとしている。貴様」
だって同居してても、『幽霊』だから脱がないじゃん。
実際、ちょっと気になるというのもあるけど、……さ!
てかね! 下着じゃなくてというか、幽霊はいつも同じ服だからねぇ。
んで、むしろそれ以外の彼女の服が気になるというか……そう、ファッション。ファッション的なアレですね、はい。
今、そう僕たちは幽霊の家の中にいる。
もちろんカギを持っている訳なく、今時外に置いている花瓶の下にスペアキーを隠しているとかいう訳もなく。
さて、どうやって部屋を開けようとなった時……幽霊は壁をすり抜けて、中からあっさりとカギを開けてしまった。
――あぁ、そうだ。意図的にすり抜けようとしたものはすり抜けられるんでしたね、幽霊……
んでも、彼女自身も驚いていた。
銀行強盗できるかも……、とかつぶやいていたから、やんわりツッコミを入れておいたけれど。いや、銀行強盗……いけるか?
「無理に決まってるでしょ!」
「君が先に言ったんじゃないか」
「そうだけど……もうっ」
知らず知らず声に出していたようで。無意識って怖い。
あと幽霊、そのむすぅって顔もかわいいよ! 好き!
――発言が適当とか言われて『減点』されるの嫌だから言わないけど、さ!
◆ ◆ ◆ ◆
家に入るなり、幽霊に事件の概要を教えた。
……と言っても、僕もトップニュースを簡単にかじっただけなので、幽霊にスマホを渡して自分で調べてもらった。
何事も自分でまず調べるのが早かったりするし。受け入れやすかったりするし。
幽霊は事件のことを調べ終わったのか、僕にスマホを返してきた。
「うーん、やっぱ私の部屋が事件現場なのかぁ……っていうか、部屋から色々なものなくなってるし……あの赤いシミがねぇもう」
「死んだ人の名前は公表されていないけど、やっぱり君なんだな」
「たぶん、というか確実に……おぉぉぉ!」
「ん!?」
幽霊は部屋にあった本棚から分厚い本を取り出した。
「もしかして、それがプロットか」
「うぅん、卒アルだよ。高校時代の」
「なぜに卒アル?」
「『俺オレ』で思い出したからね」
そう幽霊は卒アルをペラペラめくり始めた。
何しに来たか覚えているんだろうか……いや、自分が自殺したかもしれないという事実から、ちょっとした現実逃避みたいなことかもしれないな。
次々とめくられるページ。
幽霊の本名を知っている僕は、すぐに彼女の昔の写真を見つけた。今とは違って髪は長く、頭の左後ろでくくっていた。
……うん、似合ってる。
フムフムと卒アルを一緒に見ていた僕だが、あるページで思わず声を上げた。
「なっ!? 『ラブラブカップルコーナー』だと!!」
「待てい、小僧!」
「おい、閉じるな!」
卒業アルバムによくある、クラス企画みたいなページ。
その、よりにもよって、そのページには制服姿の幽霊と男のツーショットがあって……男の名前は一瞬しか見えなかった。クソッ。
「もっもう別れたんだから、その人とは。とっくの昔に、大学入って少ししてから。……ほらほら探そう、プロットプロット」
「へいへい……」
何となく、閉じられた卒アルの表紙に書かれた彼女の学校をGeeglo先生でちょっと調べてみようとしたとき、画面に表示されたキーボードを見て、ムカッとする。
「なぁ、君がフリック入力するのは構わないけどさ、設定を変えたらちゃんと、もとに戻してほしいんだけど」
そういえば幽霊がいなくなった日も同じようなことを思ったばっかだし……っていうか。
――事件現場にいるのに案外、落ち着いているな、僕。
まぁ、実際に死体を見た訳じゃないし、何より実感が湧いていないのだと思う。
「あぁ、ごめん気を付けるよ。んでも、せんせーフリック入力できないって、結構不便じゃない……? 片手で打てないじゃん」
「慣れだよ、慣れ。って言いながら、本物のキーボードでタイピングするのは苦手だたりする」
「フリックも慣れだなんだけどね。まぁせんせー手書きだから、できないに決まってるかぁ。慣れ、というより、サボリだと思うけれど」
「言えてる。作品書き上げたら、あとでタイピング入力してみるつもりだ。練習がてら」
軽口を叩きあいながら、僕らは幽霊の家を捜索する。具体的には、『俺オレ』のプロットを探すため。
幽霊はもともと、自分の死因のヒントを探すためにこの部屋に行こうとしていたらしいが、スマートなニュースによると幽霊は『自殺』になっているのだから、調査のしようがない。
幽霊は、「私が自殺する理由なんてわかんないよ」と、言っていた。
しかし、彼女が『自分自身が誰であるか』を思いだしたとき、「一人になりたい」と飛び出していった反応から、自殺もありえたのでは……と、不謹慎ながら思った。
何か自分で向き合わないといけない、辛い過去があったということだと思うし。
だけど、それは決して声には出さない。そうするべきだと思った。
幽霊へ向けられた批判の声を見ると、僕が小学生のころに好きだった作品を思い出す。
あの日、筆を折ってしまった『聖じん』さんのことを……
僕が過去をの記憶を思い起こそうとしていると、幽霊が突然大きな声を上げた。
「あっ……あぁ、あぁぁぁぁっ」
「どっ、どうした。いきなり……」
こっこれ、と卒アルを床に放り捨てた幽霊は、何かを指さしながら僕を手招く。
その振り向きついでに、ちょうど僕もあるものを見つけたので、それを持って幽霊に近づくと、そこにあったのは……
「なんだこの紙切……ん!?」
ビリビリに破かれた紙の一部から、少し見えた文字。
そこには知っている名前が載っていた。
もちろん、現実にいる有名人とかじゃなくて……
「こっここのキャラの名前が、ね」
「あっ、これって」
紙切れに載っていた文字は、『俺オレ』のキャラクターの名前だった。
「これは、プロットか……? 『俺オレ』の……」
思わず、すぅっと口から漏れ出た僕の結論に、幽霊はゆっくりと首を縦に振った。
ちぎられた文字の一部がそれを証明していくようで。
「おい、うっそだろ……」
僕は右手に小さな長方形の堅い紙を握りながら、目の前の、修復不能になるまで破られたプロットという現実を受け入れることで、精いっぱいだった。
――『俺オレ』の原案のエンディングは完全に失われてしまっていたのだ。幽霊の記憶からも、この世からも……
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