評価が先か、交流が先か

19.新人作家、スカートちらり

「うっひょー、外……風強いって」

「じゃ、飛んで先に行って待っていたら、いいんじゃないか」

「飛ぶって言っても、早い訳じゃないよ……酔っ払いの運動してなさそうな作家に追いつかれちゃうくらい遅いよ」


 幽霊と僕はカフェに向かっていた。

 幽霊の家に行った翌日、僕は玉野に会いに行くことになったからだ。


 この前、僕と玉野はケンカ別れみたいなことして、ギクシャクしたままだったことを幽霊が知ったのも理由だけど、何で今日なのかには別の理由がある。


 実は昨日、幽霊が『破り捨てられたプロット』を見つけたように、僕もあるものを見つけた。

 RPGだとメインストーリの進行に関係するから、捨てられないようになってるアイテムみたいな……


 ただ、それを発見した時。

 そこに載っている名前を見た時、予想外すぎて驚いた。


 僕が拾ったものは、手のひら大の名刺。

 そこには、『神藤ジンドウ ダン』という名前。

 最初はだれかわからなかったが、少ししてすぐに思い出した。



――『自分は神藤という。このレーベルの編集長をしている』



 ゴーストライトの依頼を受けたとき、同伴していた編集長の名前と完全に一致した。

 擦れた文字は読み取りにくかったが、よくよく見れば『ライジン文庫』や『編集部』などが書かれていることも確認できた。


 しかし、幽霊に『編集長』を知っているか聞くと、帰ってきたのは『知らないよ、そんな人』という言葉。

 ウソをついている様子もなく、そもそも彼女がウソをつく理由も思いつかず……


 『記憶喪失』か、それとも『本当に知っていない』のか。


 書籍化したからと言って編集長と面識があるとは限らないから、そのどちらかを確かめることは難しいけれど、編集長が何か事件のカギを握っているに違いない。


 そこで編集長の部屋を調べちゃえばいいのでは、と幽霊が言ってきた。

 幽霊がいればカギを中から開けられるから、編集長が留守の間ならいつでも潜入できる。


 早速、調査に向かおうと思ったが、急に編集部に押し掛けると怪しまれそうなのも事実。

 そこで、次に山野とミーティングする時を狙うことにした。

 編集部に行く理由なんて、ミーティングぐらいしかないし……とまぁ急に動くのは危ないってことだ。


 んで、ミーティングまでに日数があるので、玉野との『仲直り』を優先した、という流れだ。


「幽霊は、ほかの人には見えないんだよな」


 信号待ちをしている間に、幽霊に確認をとる。

 玉野と喧嘩別れしたのは僕と彼の問題であるが、玉野は僕のことを『美人サキサキ』と誤解している。


 玉野は、『美人サキサキのアドバイス』を求めている訳で。サキサキ本人がいるなら、僕は『玉野とサキサキの橋渡し』みたいなことをすればいい。

 僕の言葉と幽霊の言葉が同じだったとしても、そのラベル……つまり発言者がどうかが重要なもんだし。

 わざわざ編集長が僕みたいなゴーストを用意したのも、『美人サキサキ』の名前が重要な訳で。


 しかし、幽霊が玉野にと、説明がかなり面倒なので、一応確認を取ったのだ。

 玉野の誤解をそのままにするのはちょっと気が引けるが、僕が『美人サキサキ本人じゃないのに、なぜ彼女のアカウントを持っているのか』とか、そもそも『幽霊って何?』というとこから始まっちゃうんで……許してくれ、玉野。


 僕がこれから会う玉野に心の中で謝罪をしていると、幽霊は自身が僕以外のだれかに見えないということを証明すると言い出した。


「うん、見えないわよ。そうね、せっかくだしやってみた方が早いかな……ターゲット発見っ!」


 幽霊は、近くにいた女子高生……いや、制服のコスプレをした女子大生っぽい人の正面から近づき……


「えいやっ!」


――桜が舞った。


「きゃはっ!?」


 五月、桜なんてもうとっくに散ってしまっていたのに、まだここにありましたか。スカートの中に、桜という日本の心が!


――ってか幽霊、なっ、


「なっ、何してんじゃっ、オマ」


 舞い上がったスカートを赤くした顔で抑える女子高生……モドキ。今日は出かける途中だったのか、一人で歩いている様子で。

 女子っていうと、何人もまとまって、スタバーのホイップもりもり珈琲飲んでいるイメージだったんで、たぶん出かけるところ、で合っていると思う。いや、そんなんは、どうでもいいんだけど。というか、


――あっ、やべ。


 JKと目が合った。キッと睨みつけられたかと思った時には、女は僕の目の前までツカツカと革靴を鳴らして来た。


――おっ、おい。何てことしてくれてんだよ! 幽霊っ!!


 目で訴えたけど、幽霊はスカートめくりの体制のままで、ひゅーひゅーと口笛を吹いていた。


――ズルい、幽霊! ステルスでスカートめくりとかズルい!


 そうしているうちに、JKモドキは僕の領域、パーソナルスペースって奴へと侵入を果たし、キッと再び睨みつけてきた。


「……見たよな」


 ゾクリとする声だった。

 僕はどうすることもできず、立ち尽くすことしかできない。


――ちっ痴漢扱いされるのか、これは!?


……」

「えっ」

「……


――ひえっ……


「名前は?」

「のっ登戸です」

「ふ~ん……」


 彼女は右手で僕のことをやんわりと指さして言った。


――かっ顔なんて覚えてもいいことねぇだろうよ……どうt、いや、純潔なまま死にたくないよ、僕は。


 もう一度、僕を睨みつけた後、――彼女はまるで別の人格が入り込んだように、笑顔を作った。



「ふっふふふ。登戸君かぁ。ではでは、これも変な縁。今度会ったときはちゃんと覚えておいてね!」



 そう言って彼女はどこかへ消えて行ってしまった。


――どっかで見たキャラに似ていた気がする……


 まぁ、お縄になんなくてよかった。てか、不可抗力だろ、僕がパンツ見ちゃったのって。満場一致で無罪! はい、閉廷!!


 だんだんと、制服姿の彼女の背中は小さくなっていき、やがて人ごみに消えた。

 幽霊は僕のすぐ近くに戻っていたので、僕もJKモドキの真似をして、キッと睨みつけてみようかと思ったけど、『安心』の方が先に出てきた。


「たっ助かった……何てことしてるんだよ、幽霊」

「(;´з`)ひゅーひゅー」

「口笛で濁すなよ……」

「まぁ、これで私がほかの人には完全に見えていないことが分かったでしょ」


――まぁ、実証してくれたからな。


 それにしてもスカートかぁ、と言いながら幽霊は、自分が履いているズボンを見て、


「私もスカート履こうかな……ねっどう思う? からして」


――この質問はズルいんじゃないか……


 幽霊は時々、僕の『告白』をネタにしてくるようになった。

 控えめに言って恥ずかしすぎて死にそうになるので辞めてほしい。

 僕にはアッチ系の趣味もないし……。


「う~ん、その反応はどういうものなんだろう」

「僕はNPCじゃないから、そんな感情は表に出さないよ」

「カッコつけようとして適当なこと言ってんじゃないよ。さて、こんなこと話して時間使っちゃ、えっと、た、た……玉野くんに悪いでしょ。さっさと行こう」

「……君が言えたことかよ。相手の名前忘れて、全然キマってないじゃないか」

「わっ忘れてはないじゃない! 『玉野くん』ってちゃんと言ったの聞いてなかったの?」

「へいへい……」


 軽口を叩きあいながら、僕らは玉野が待つカフェに向かった。

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