15.担当編集と枕被害者(後)、『一人目』の存在

「すまん、担当しとる作家さんがポカやらかしてしもうて……」


 町田の妨害により、登戸先生との電話を途中で切ることになっちまった。

 『消火作業』自体は終わったからえぇんやけど……


――先生に、完全に誤解されたよなぁ、彼女いるみてぇに。


 そういえば、今いる町田の家は東京のすぐ近くの神奈川で。

 帰り道にちょうど登戸先生の家がある。後で直接、誤解を解きに行きゃいいや。


「謝ればいいんですよ。そうです、その調子です」


 内心でそう思いながら、町田に自分のぶしつけな態度を詫びていると、彼女からの『お許し』がでた。


「すまねぇことをした。なぁ、町田……今日、って、分かってるか」


――また、ぶしつけだったかな。


 『お許し』が出たとたん、オレは『本題』に切り替えた。彼女のペースに持っていかれると、オレにはどうしようもなくなるし……


 オレの言葉を聞き、町田はゆっくりと飲みかけのペットボトルのフタを回しながら、


「……その、についてですよね」

「あぁ、そうだ。その通りだ。すまん、オレはこういうインタビューの経験ねぇから、はっきり聞く……あんたは、編集長に枕営業させられたのか?」


 実際、枕については微妙なところ。

 だって、本当にそんなことが実在するのかって疑問に思うのが普通だろう。実在するかもだけど。

 いや、実在しそうだと思ってるけど……はぁ。


 いいのか悪いのか。

 オレの会社は小説に触れ過ぎというか、『現実にありえねぇこと』でも、小説でよくあることなら『現実でも普通にある』と考えてしまうこともあったもんで。それに慣れちまっていて。


 『空から女の子が……』とか、『トラックにひかれて異世界転移して……』とかはさすがに考えないけれど、『枕』ってのは本当にありえそうな話や。

 オレはより質問を明確にしていく。


「町田さんは、編集長に『何かしらの理由で枕仕事をさせられそうになり、それを断った』。だから編集部をクビになったという噂があります。……事実ですか?」

「ふふ……なかなかの想像力ですね。あなたは小説家になれますね」

「……それは噂が『ウソ』って意味か?」


 続けたオレの質問を聞いて、町田は鼻息を荒くしながら少し笑った。


「いえ、ちょっと言ってみたかっただけです。その噂は大体あっています。ただ……」

「ただ……?」

「ただ、『枕仕事』をさせられた理由を『何かしら』と答えているので、作家にはなれませんね」

「ははっ、言ってろ。オレは『読専』だからな。そーいうんのは『作者』の考える仕事だ」

「…………そうですよね……物語は『作家』の考える仕事……」


 急に町田の声のトーンが変わった。

 もともとテンションが高かったちゅうこともないけど。


 オレがその『不自然』を感じいていると、町田はさっきまでよりも重そうな口を、う~んと唸りながら開いた。


「わたしが枕をさせられたのは事実です。本当のことをいうと、『させられそうになった』ですけど」

「未遂で済んだのか。よかった……いや、『未遂』だったからあんたはクビに……」

「この事件? ですかね。これは少し複雑って感じ、でっ……です、ね。あれ……」

「おい、大丈夫か……」

「だっ、だぃじょうぶっで、す」


 オレは机にあったペットボトルのフタを開けて、町田の背中をさする。

 目じりを潤ませ、嗚咽する彼女。


 しばらくして、彼女は背中をさするオレの手を払って、言葉を吐き出した。


「きゅっ、急に触りだしてどうしたんですか。大丈夫です問題ないです。そうですね、抱きたくなったなら、好きにしてください。ほらっ」

「あのなぁ、せっかく人が心配してやってんのに……」

「えっと、さっきの話の続きですが、」


――あぁ、町田って女が全然つかめねぇ……昔、急に別れることになった、元カノよりわかんねぇ……


 町田は鼻水をズズズッと吸い込んで、涙を拭いて……

 オレに目を合わせた。


「わたしが枕をすることになった理由は、ある人の口留めをするため? みたいな感じなんです。……」

稿、みたいなことか」


 実際にあるかどうかは知らないが、『女を送る代わりにとっとと原稿を仕上げろ』というもんなのだろうか。


「それとはちょっと違いまして。いろいろと順を追う必要が……」

「話はいくらでも聞く。今日はそのために来たんだ」


 町田に話を聞くために、少し遠出をしたんだ。

 彼女の精神状態と相談しながら、聞けるものは何でも聞いておきたい。


。出版もしていて、かなり売れているそうです」

「ふぇっ? ホンマか」

「本当です」


――初耳過ぎてビビるんだが。


 驚くオレを差し置いて、町田はどんどんと情報を開示する。


「しかし、編集長は、どのペンネームで書いているとかの情報は一切教えてくれなかった。……

「ちょっと待て、待ってくれ。?」


 小説家は文字通り、小説を書く仕事。

 編集長は編集と同時にそれをしているということらしいが……物語を書いていないってどういうことや。



――まさか、



「……?」

「その通り……といえばいいのかな」


 編集長が『ゴーストライト』を提案したのは、自分がやっていた手口だったからなのか。

 もうすでに、誰かにゴーストライトをさせていたってことだったんか。


 やったのも頷ける。頷けるが……




――……




 編集長をぶっ潰す。

 登戸先生の作品は、別の方法でもいい。『俺オレ』もどうにかする。

 ほかの編集部にもっていってもいい。


 オレが何とか手助けして、ぜってぇ本にしてやる。

 ……編集長あいつのいないところで。


「編集長は、ある人から物語の設定やプロットを貰って、本文は自分で書いていたらしいです。編集長本人から聞いたことだから、もしかしたら口から出まかせで、本当は編集長ではない『誰か』がプロットから本文まで全部書いているのかも知れない」

「何てやろうだ。全部人任せで、出来上がったもんを横取りってことか……」


 聞いているだけで、どんどんと腹が立ってくる。イラつきがピークへ上り詰める。


「……その『誰か』ってのは、目星ついていたり、知っていたりしないのか?」

「知っているっていうか、…………抱かれなかったけど……」


 町田は両手でお茶のペットボトルをムニムニと触りながら、呟いた。


「そうやった、すまん。んじゃ、その人の顔も名前も知っとるちゅうことか?」

「名前は知りません。あと顔も。男の人の顔って全部同じなんで、いちいち覚えてませんし」


――それは、困ったなぁ。


 今思ったら、町田は神藤さんのことを『編集長』と呼び続けていた。

 たぶん、編集長の本名とか完全に忘れているんだろうな。

 オレもつられて同じようにしてたけど、


「編集長の名前って覚えとる?」

「じん何とか……あぁ、神藤ですよね」

「えっ、それは覚えているのか」

「そりゃ、覚えてますよ。わたしが編集部に入ったときに初めて抱いてきた人ですし。一緒に飲もうとか言われてついて行ったら、初めてを奪われて……それ以来、『男の人と会う』って、あぁ抱かれることなのかなぁって思ってました。……あなたは二人目ですね、わたしを抱かなかった人。一人目は、その神藤に搾取されてる人です」


 わたしって流されやすいんですよね、と彼女はよくわかんない笑顔で続けた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 町田の家を出る。

 時は、夕方。暮れ時。

 着色料を使いまくったような、希釈タイプのオレンジジュースみたいな色の太陽が、微妙にあったかい。


「さて、今日は飲むか……」


 今、自分の心が荒れている。浮足立っている。


 この状態で行動を起こせば、絶対にポカをやらかす。

 編集長に感づかれちまったら、全部おしまいだ。これまでの話がすべて。一つ残らず。

 一言で、おじゃん。完璧にアウトだ。


「さぁって、登戸先生んちに突撃やな」


 登戸先生にメールで、今から向かうことを伝える。

 彼女がいると勘違いされたこととかを訂正しながら、荒れた心を少し直そう。

 これからの戦いに備えて――町田のためにも。



 それにしても、女はわからねぇし疲れる。

 やっぱ、男と飲みてぇし。話ししてぇ。

 あと、


――『俺オレ』も形式上進めていかんとな。


 登戸先生が自身の作品『クーラー』でも『俺オレ』同様に、オレの話を聞いて、改稿をしてくれるきっかけになるかもしれねぇし。

 それに、


――自分の受け持った作品は、しっかりと最後まで面倒をみたい。


 てか、『俺オレ』の時だと、先生ちゃんとオレの話も聞いてくれている。


――他人の作品だからなんかなぁ。それとも、自分の作品を出版する条件だからなんかなぁ。


 わからんけど、まぁ、先生ちに行って遊ぼう。

 いや、仕事だ、仕事。

 角と炭酸水も途中で買っていくつもりやけど、仕事の範疇ってことでいいよな。


 今日という日は、まだまだ続きそうだぜ。

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