20.新人作家と幽霊と少年、『馴れ合い』と『不正』
――はぁ、何でこんなことに……
「ここがサキサキ先生の家……じゃなくて、登戸先生の家か」
玉野は、僕のことをじっとりと見ながら、そう続けた。
僕の家の玄関には、僕と幽霊と……そして、玉野がいた。
――まさか、玉野にも『見える』とはな……
僕はカフェでの出来事を思い出す……。
カフェって普通もっとゆっくりするとこだと思うけれど、僕たちがそこで過ごした時間は十分しないくらい短かったのだ。
***
カフェについて玉野に会うなり、互いに先日の無礼を謝りあった。
「あの日は取り乱して悪かった、玉野。僕は、君の発言を勝手に拡大解釈してしまった。そんなものはもう『君の言葉』じゃなくなったのに、それを使って、勝手に怒ってしまった。大変申し訳ない。もっと君の発言をしっかりと聞いてみたほうがよかったはずなのに……」
「あっ謝らないでください。ぼくだって勝手に帰っちゃいました。奢るとか偉そうなこと言っておきながら、お金も置いていかず……本当にごめんなさい」
僕は事前に幽霊と一緒に用意した言葉を玉野に伝え、そのまま彼に座るように促した。
「今日は割り勘にしような」と、取り合えずオレンジジュースを二つ注文して、僕らは、四人掛けのソファに向かい合って座る。
僕の隣のあたりに幽霊も座った。
「(別に座んなくてもいいだろ……とっ隣に……)」
「(ずっと浮いているものあれだし、なんかこっちの方が『雰囲気』でるじゃん)」
幽霊の声は彼女の見た目と同じように『見えない』、いや、『聞こえない』か。
正確? に言うと、彼女を『認識』できるのは僕だけで、普通の人はからっきし。
だから、幽霊は別に僕みたいにささやき声にしなくても『バレない』からいいはずだけど……てか、
――そこまで、雰囲気変わるか?
まぁ、女子ってそういうシチュエーションみたいなのを大事にするっぽいし、そんなもんなんだろう。うんうん。
「よし、原稿を見せろ。いや、行き詰っているとこを相談してくれてもいいぞ。なんでもこいだ。この前悪いことしたし、今日は出血大サービス。新人賞受賞者が一日をタダで売ってやるぞ」
僕がいいお兄さん風をふかしたけど、玉野は僕のほうを見ていなかった。
――ん? どうしたんだろ……。
じっと玉野に視線を送ってみたけど、僕に気づく様子はなく。
そして、玉野はすごく言いづらそうな顔をした後、
「登戸さん……その隣の女性は誰なんでしょうか」
……玉野にも幽霊が見えることが判明した瞬間だった。
***
取り敢えず、リビングに玉野を招き、お茶を出した。
他人の部屋ということもあってか、玉野はなかなか落ち着きがない様子だったけど、ふぅと息を吐いて胸に手を当てて。
僕に『確認』を取ってきた。
「えっと、あなたはサキサキさんではないんですよね……それで、あちらの女性がサキサキさん本人だと……浮いているけど」
――うん、『浮いている』って気になるよなぁ……僕もなれるまでに時間かかった。
「あぁ、その通りだ。この前、僕がサキサキだとウソをついてすまなかった。僕は、登戸。登戸はサキサキの別名義ではなく、独立した個体というか、普通に別人だ」
――ゴーストライトの話は、流石にしないほうがいいよな。
「それにしても、玉野にも『見える』んだなぁ……どういう原因だろう」
「ぼくのお爺ちゃんがかなり霊感の強い人ですから。そのせいかもしれません」
玉野は、キッチンにいる幽霊にちょくちょく目を向けている。
幽霊は卵スープとかでも作っているんだろう。
客人に何かしら振る舞ってみたい精神から来ているんだろうか。……そんな精神聞いたことないけど。
「んだから、この前、僕が言ったことは全部僕の発言であって、サキサキの言葉じゃないということ頭に入れておいて欲しい。所詮、僕の言葉だから受け入れなくても、気にしなくていい……それに、」
――作家モドキの僕の言葉なんて聞いても仕方ない……。
無意識にそう言い加えていた。
同じ言葉でも、発言者によって説得力が変わることもあるし……その言葉にかけられた『重さ』も違ってくる。
ただ、『言葉』よりも『言い手の身分』だけを気にする人がいるってのに、個人的にムカつく部分はあるのだけれど。
プロの言葉だろうと、アマチュアの言葉だろうと、結局は受け手が『必要だ』と思ったものだけを受け入れればいいんだ。
プロだから絶対とか、アマの言葉だからって軽んじる奴は信用できない。
――まぁ、最終的には謙虚な態度が必要なんだろうな。
『自分の身分を弁える』なんて言っても、『じゃぁ、どんな身分が上位なのか』って話になるし、結局は相手に敬意を持った態度が大事だろう。
――上からじゃなくて、下から。いや、横から……うーむ。どこから見るか……。
そう考えていると、玉野はため息をついて、ちょっとトゲトゲしく口を開いた。
「卑屈……イヤミに聞こえますよ、登戸さん」
玉野は謝りを入れながら、僕の発言に文句をつけた。
「ごめん、そんなつもりは全くなかった……というか、どこら辺がイヤミに聞こえたんだ?」
「あのすみません、いやーな言い方しちゃいますし、もうしちゃってますけど……先生って新人賞受賞しているんですよね。受賞しているのに、本を出すことが決まっているのに自分のことを『作家モドキ』なんて言って。それが卑屈じゃないなら、何だっていうんですか」
――そっ、そういう風に思われちゃうのか……難しい。
まぁ、出版を中止にされたって話を玉野は知らないのだから、無理もない。
「それに、登戸さん言っていました『自分を下に見ている奴が一番嫌いだ』って。その言葉、そのまま返しますよ」
――自分の言葉が棘になって刺さる……
さっきの言葉は『新人賞受賞作家』が『小説家志望』に言うような言葉じゃなかった。
というか、誰かに言うような、外に出していい態度でも言葉でもなかった。禁止された発言とかじゃないけど、不適切だったなぁ。言葉的に。
こんなのTwetterで呟いたら、また炎上しそう。
――あれ、てか玉野はどうやって僕が『新人賞受賞者』ってことを……
「そういえば僕が新人賞受賞したことなんて話してないんだけど。僕がサキサキじゃないことがバレないように言っていないままだったから……」
「この前、Twetterで登戸さんを検索したら、ちょうど炎上しててですね……フォロー? してみたんですけど」
「あぁ、あの時なぜか大量にフォローされてて。適当にフォロー返ししてたから、名前とか全然把握してなかったんだ」
――炎上しているの見られてたのか……何か恥ずかしい。
フォローしてくれた人を自分もフォローし返すことを『フォバ』『リフォロ』などというらしく、僕は無意識にボコボコやってしまった。
適当にフォバしちゃった、と山野に白状したときは、「せっかく鍵アカにした意味が」と言われたが、まぁ、今はその『鍵』とやらは外しているので結局、同じだろう。
「よしよし、できたよー」
幽霊はパンケーキを三人分持ってきて、早速自分でその一つを口にした。
食べていいぞ、と玉野に勧め、僕もそれを食べてみると意外と旨かった。
「あれ、僕パンケーキの素とか買った覚えないんだけど」
「私が卵しか食べないと思ってたら大間違いだよ」
「これ何で作ったんだ」
「卵とバナナ……」
「…………」
――結局、卵かよ。
「ねっねぇ、君も小説書いているんだよね。玉野くん」
「はっはい。『くろう』で書いています」
「ふむふむ、じゃー読んじゃうぜよ」
と言って、幽霊はものの数分で玉野の連載作品の最新話まで読み切った。
――相変わらずの速読だな。
早いだけじゃなく、幽霊は作品の誤字や矛盾点も見つけられるし、何より物語をちゃんと楽しんで読めている。いいなぁ、って。
その速さ僕も欲しいなぁ、と幽霊の口元を見ていると……幽霊は笑顔で口を動かし、言葉を発した。
「若いって感じがする作品だね。エネルギッシュ感ありあり」
「あっ、ありがとうございます」
玉野はすごく嬉しそうな顔をしているけど……これ別に『褒めている』訳じゃなくて、こう端的に『あんたの作品のレベル低いね。まぁ若いから仕方ないだろうけど』って意味と思ってしまうのだが……そんな素直に喜んでいいもんなのだろうか。
――あぁ、そうか。これが『卑屈』ってことかもしれない。
せっかくの? 読者の反応を疑うのは、よくないことかもしれない。
相手のほめてくれた言葉が『皮肉』だと決めつけるのは、ナンセンス。
あくまで作者目線の話だけど、褒められたら素直に喜んで、『ありがとう』を伝えるべきだと、……幽霊が言っていた。
逆に読者側は、『なんでも』言っていいことはありえない。
作者がいくら『文章を扱う趣味(仕事)の人』だからといって、どんな言葉だろうと、『作者解釈』でポジティブにするなんてことは不可能だし。
そもそも、赤の他人に暴言を吐けるやつはロクな奴じゃない。
――だけど、玉野は『赤の他人』ではない。
読者が『もっとこうすれば面白くなるのでは』という風に思ったとき、それをいちいち作者には伝えるようなことじゃない。
だって、『読者が知らないこと』を作者は知っている。『作者だけが知っていること』もある。
だから、読者の『アドバイス』は総じてクソであると僕は思っていた。
ただ、僕らは『友人』だ。
なんでも言っていいわけじゃないし、言いたくはないが……互いを信用し、言葉を受け取ったり、受け取らなかったり……受け取らせなくさせられることもできるだろう。
「よし、玉野。これはあくまで僕の意見、僕なりに君の文章を読んでいて感じたことを言う。作品の面白さとかは、はっきり言って僕がアドバイスできることじゃないけど、僕の感想とか、なんちゃってレビューもしよう」
幽霊も同じように。
「じゃぁ、私も玉野くんにアドバイスしちゃうよー。まずは、玉野くんはセルフプロデュースを勉強っていうか作品の売り方だね。君Twetterやってるぅ?」
これが『プロ読者』や『プロワナビ』たちが言う『健全な創作の世界』なのかどうかなんて、知らない。
だけど……
「はい、どーんとこいです……いや、よろしくお願いします。先生方」
書籍化作家二人が……といっても、二人とも未発売だけど、そんな人らが手厚く一人の少年にアドバイスするって、『地下の人々』にめっちゃ「ずるい」とか「せこい」とか言われそうだけど。
あいにく、『僕らの創作』って、『ズル』とかそういう世界じゃない。
僕が創作を始めたきっかけは、過去の『聖じん』さんの事件だけど。
でも、なんで続けられたかってのにも、その根本には同じようなものがあるのかもしれない。
――僕らは、『楽しいから』創作をしているんだ。
『書籍が出せたらいい』
『世界の現実を小説を通して知ってほしい』
『本気で小説家になりたい』
『倉庫代わりにノベノベを利用している』
『趣味でwebに公開している』
『趣味だからこそ本気でやっている』
いろいろな人がいる。
ただ、誰もweb小説が『殺伐とした書籍化レース』をしている訳じゃない。
そんな息苦しい
……望んでいる人もいるのかもしれないけど、まぁ。
玉野や山野と接していて、そんな風に思った。
――まずは、僕らが『面白い』を共有しよう。僕ら三人で。
それを『馴れ合い』というならば……僕はそう言う人とは縁を切る。
――だって、楽しくないだろう。常識的に考えて。
人と人との繋がりのきっかけなんて、ちっぽけなモノばかり。
その『ちっぽけ』を『不正』、『ズル』と形容するのは、……そうとしか判断できない人って、小説よりも、小説を書いている自分がいる物語が好きなんだろうか。
自分の小説が読まれないことを他人にのせいにしかできない人は、自分の小説から……いいや、『自分』から目をそらしている。
――そもそも小説の根本って、誰かに自分の『面白い』とかを共有することかもしれないってのに……
口だけ動かして、ずっと足踏みしているところを誰かに見つけてもらうのを待つなら、そうしておけばいい。
その間に……
「玉野、創作は好きか?」
「う~ん、よくわかんないですけど。きっと好きなんだと思います。っていうか、嫌いならやってないですよ、こんな世界」
「はっ、そうだな」
「も~、何笑ってるの。二人とも」
――僕らはもっと先に行く。
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