32.ゴーストライター、二人
外の空気……夜の空気には久しぶりに触れたような、そんな気分だ。
いや、普段は基本、家にずっといるから……気分じゃなく、事実なんだろうが。
小さなバックに隠したモノの感触を確かめ。
肌寒さを感じながら、ボクは、目的の家へと向かう。
――こっこれって、『俺オレ』のイラストですか!!!
この前、弟の
――登戸さん、……その、今日はありがとうございました。
二つの意味で、玄が言っていたことは、ボクに衝撃を与えた。
『登戸』
電話なので、ボクは玄の言葉しか聞けなかったが、たぶん、……新人賞受賞者の名前だってどっかで聞いていた。
――いや、あいつは……
ボクは、この前、送ったDMの内容を確かめてみた。
何度、考えても結論は同じ。
やっぱり……あの登戸は、『不正野郎』だ。
ノベノベで見た。玉野って奴と相互評価していたんだ。
出版社もそれを、そういった醜い行為を見越して……。
だから、他の受賞作がどんどん発売予定が公表されているのに、登戸の受賞作だけが全く情報が更新されないんだ。
出版社が、身を引いたんだろう。そりゃそうだ。ズルをする奴に、将来はない……。そうだと、……願いたい。
だけど、腑に落ちない……何で、どうして、
――どうして今、『俺オレ』の話が出てくるんだ?
あの作品は……三崎が書いた作品は……。
考えても、一つの答えしか出てこない。
そう、思考を回していると、一つの部屋の前にたどり着いた。
バックの中身を再び確かめながら……
――『俺オレ』は……ボクの彼女の作品は、盗まれたんだ。
ならば、……取り返さなければいけない。
ボクはまだ、彼女を愛している。
ボクは、彼女のために頑張り続けたんだ。
彼女を守るために、傷つけられ続けたんだ。
――あいつの……神藤弾って、編集長の『ゴーストライター』となってまでも。
だから、ボクには……彼女の作品を守る権利があるんだ。
部屋の前で立ち止まる。
玄関口に『飯島』の表札。
玄に確認した通り、ここで合っているはず。
――ここが、登戸の家だ。
ふぅ、と息を吐いて、ドアを叩く。
中から女の声が聞こえ……ドアが開いた。
「あっ帰ってきたんですね。今、開けま……」
「失礼するぞ……」
「ちょっな、うぐっ……」
目の前の女が騒ぐ前に、口元を手で掴んで塞ぎ。
無理やりドアを足で開け、ボクは家の中に入った。
女の口を押える手の反対側で、後ろ手にドアを閉めた。
「うぅっ、……」
ボクの手の中で、何か言葉を発しようともがく女。驚きに満ちたようで、どこか諦めたような目をしている。
ボクは、一直線の廊下を女を押しながらまっすぐに進み、ワンルームのリビングへと……
――トゥルルッ、トゥルルッ
「電話か…………痛っ」
突如、鳴った電話にボクが気を取られているスキに、女はボクの手に噛みつき、リビングの奥に駆け込もうとした。
しかし、途中にあった机に脚を引っ掛け……転んだ。
「すみません……すみません……」
女はボクの顔を見て、いや、どうだろう。目の焦点はあっているんだろうか。
全身を震わせ、声がかすれている。
恐怖で音を発せなくなっているんだと思うと、自分がそいつを支配できたような、どこか優越感のようなものを感じる。
「ごめんなさい……何でもしますから、わたし何でもやりますから……だから、」
――殺さないでください……。
あぁ、言われて気づいた。
無意識にバックから、取り出していた。
部屋の明かりで、鈍く光る刃……ボクの家にある、ただの包丁だ。
この前と同じだ。
はは、やっぱボクって変わってないんだろう。
「お前が登戸か……?」
ボクの問いに女はガクガク体を震わせながら、首を横に振った。
否定しているのだろうか……でも、
――ボクは知っているんだ。
「ははっ、お前の回答なんて聞くまでもないな……ボクは知っている。登戸が、嘘つきだってことを!」
ボクが『クラスタ』について、DMで問いただした時、登戸は「自分はクラスタとは関係ない」だとか、ほざきやがった。
あいつが『クラスタ』に所属している何て、誰から見ても明らかなことなのに……。
「ははっ……三崎の時と同じだ……彼女もクラスタ何かにそまって」
「あっ……あなたは……あの時の、ゴーストライターの……」
目の前の女が……登戸が何か言っている。
だけど、もう『嘘つき』の言葉なんてボクは聞かない……。
――三崎を信じたあの時のように……裏切られるのはごめんだ。
ふと、車かバイクかのエンジン音が近づいてきているのが聞こえた。
ものすごく大きな急ブレーキ音が続き、事故でも起こったんだろうって思った。
まぁ、ちょうど、目の前の嘘つきの言葉をかき消してくれてよかった。
――これで、ボクは彼女の……三崎の作品を守ることができる。
編集長が、ボクの作品を盗んだように。
登戸は、三崎の作品を盗んだ。
手口は分からないが、『俺オレ』を盗んで、どうせ登戸の名前で出すんだろう。
――許せない……
ガチャリ、と突如、鍵が開く音が聞こえ……
「原稿を…………おい! お前、何をしている!!」
家に入ってきた男は、ボクのことを見つけると血相を変えて走ってきた。
ボクは、床に倒れる登戸の髪を引っ張って立たせ、包丁を構えて、男と対峙した。
「なっ町田。これは一体……」
「…………お前は誰だ?」
ボクの質問に目の前の男は、ただ真っすぐに、
「僕は登戸だ。登戸タカシだ」
「はっ? のっ、登戸は今ここに……」
そういえば、さっき目の前の男は、この女のことを「町田」と呼んでいた。
――あぁ、間違えたのか……いや、この男がウソを……どうなんだ……? あぁぁ、もう……。
「あぁぁ、わっかんねぇなぁ……何なんだよ、お前たちは」
頭がズキズキと痛い。
全く分かんねぇ……この女は登戸とは関係ないってことか?
いや、登戸の下の名前がタカシって……男の名前だよな。
そういや、DM送ったとき、その名前だったな……。
――じゃっ、この女は関係ないっと……
「きゃぁぁ……………………」
ボクの行動に、女は一瞬だけ声を音にして……床にボタリと倒れた。
「おい、貴様!!」
「単に髪を切っただけだろう……そう怒るなって。そもそもお前のせいで、この女が迷惑受けてんだ。可哀そうに……」
ボクに向けて、敵意を丸出しにする男……こいつこそが、登戸。
「まぁ、髪を包丁で切るのは二回目だ。綺麗に切れただろ」
「二回目……だと」
今まで神藤どもに虐げられてきた分、こうして人の上に立つのは気分がいい。
そう登戸を煽っていると……そいつは、
「もしかして……お前が殺したのか……?」
「…………えっ……」
「お前が…………幽霊を……サキサキを殺したのか?」
何で……何でこいつは、知っているんだ……。
バレていないはずだ……誰も知っていないはずだ。
警察だって、『自殺』と結論を出したんだ。
それなのに……何で。どうして……
――でも、
「どうして、お前にそんなことを言われなきゃいけないんだ! お前が『俺オレ』を盗んだことは知っているんだぞ!!」
「お前が……殺したんだな……どうして?」
「だから、何でお前にそんなことを聞かれなきゃいけないんだ! 作品を盗まれる気持ちが、お前には分からないだろう!」
「あぁ、分からねぇよ!」
登戸は、ボクに近づきながら、
「分からねぇ。だから、聞いている」
「こっちだって、聞いている!」
「知るか! お前は人を殺しているんだ! お前にそんなのを……」
「お前だって、『クラスタ』やってんじゃねぇか! こっちは一向に評価されねぇ。……編集長に盗まれた作品は、伸びてるが……本当、何なんだよ。何なんだよ!!」
何で、ボクだけが……。
どうして、こんな目に遭わなければいけないんだ……。
「君は……『観』なのか……?」
「その名前を口にするんじゃなねぇ!」
――あれ……登戸はもしかして……ボクが『ゴーストライター』であることを知って……。
そう思った時、登戸は手を広げながら、
「神藤編集長は逮捕された。ついさっきの出来事だ」
「嘘だ……登戸はやっぱり嘘つきだ。
「本当だ……嘘じゃない。編集長がそこの町田に枕を強要した事実とかを使って、追い詰めた」
床に気絶して倒れている女の顔を見る。
どこかで……そう言えば、前に一度、ボクに抱かれに来た女と同じ顔をしていた。
――じゃぁ……今まで、ボクは何をしていたんだ……今更どうしたらいいんだよ……。
「あの時と同じだ……結局、ボクはダメなんだ。『stars』を始めたのが一番いけなかったんだ……」
「なっ何の話だ……?」
登戸は変な声を上げたように聞こえた。
「あの日、貰った「筆を折らないでください」って言葉があったから、ボクはまだ書いていられるんだ。あの時、『stars』に掲載していた作品は、いわばボクの分身だ。ボクの人生そのものだ」
登戸なんぞに聞かせたくないが、一度口を開くと止まらなくなってきた。
「『stars』を畳んだ後、一度だけノベノベに、あの時の作品を掲載したことがある。全く読まれなかった……でも、三崎が読んでくれた。めちゃくちゃ長いレビュー文も貰えた。純粋に作品を褒めてくれていて嬉しかった」
――でも、
「でも、『★1』だったんだ。三段階評価の一番下だったんだ。ボクがあの日、『stars』で「面白い」と言ってくれた作品が。ボクの人生が『最低評価』だったんだ。たぶん、彼女はボクのことを陰で笑っていたんだ。あんなクソみたいな作品書いてって……ボクが編集長から、三崎を守っていたのに……そんなことも知らないで……」
言葉があふれて、止まらない。
「ボクに影響されて、三崎も作品を書き始めた。三崎の作品はすぐに評価された。書籍化も決定された……何で評価されているのか考えたんだ。Twetterを見て、三崎はズルをしていたって分かった。相互評価っていう奴を、な!」
目の前の登戸の目は、これでもかと見開かれていた。
何度も口をパクパクと動かしていた。
声が聞こえないのは、ボクの耳が遠くなってしまっていたのかもしれない。
やっと聞き取れた声は、
「言いたいことは分かるが、言いがかりにも程がある。いい加減目を覚ませ!」
何だ、こいつ……何にも分かってないじゃないか……。
登戸はゆっくりと、ボクに近づいてきた。
――何だ……?
そう思っていると登戸はポケットから何かを取り出そうとした。
武器かもしれない。ナイフかもしれない。
――殺されるっ
「なっ、なぁ僕の本名は……あっ」
「…………」
包丁が切り裂く生々しい感触が手に伝わる。
たらたらと、刃から血が伝い、床に落ちる。
両手に生暖かい感触。血が流れている。
「ボッ、ボクに近づくんじゃない……」
動き出した登戸から包丁を引く。
浅く入ってしまったのか、出血が少なく見える。
登戸の手から、小さな長方形のカードが落
落ちた。
登戸が取り出そうとしていたのは、武器何かじゃなかった。
――嘘……嘘だろう……。
床に落っこちたカードは免許証。
そこに載っている名前を見て、そして……
「僕の、本名は、飯島高志……あの日、『stars』で、感想、を、送ったのが、僕だ……『せいじん』……僕は、君の、最初の、ファンだ」
――信じられなかった……信じられないことが目の前で起こった。
カラン、と音がした。
ボクは、赤くなった包丁を床に落としてしまった。
顔を上げた瞬間――
「えっ三崎……」
――ボクの目の前に、ボクを睨みつける三崎が現れ……
ゴンっ、という鈍い音と共に。
三崎が振り回した鈍器によって、ボクは意識を失った。
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