10.担当編集山野、『相棒』という存在(前)

 オレにほいほい付いてきた登戸先生は、到着早々、疑問を口にした。


「あの、なんで居酒屋なんですか」

「まっまぁ、気にしないでくれ」


 つい、登戸先生を居酒屋に連れてきてしまった。

 今までずっと一緒に行ってみたいなぁと思っていたのもあるけど、流石に昼からはやっちまった感ある。

 まぁ、しばらくは酒を飲む機会が減りそうだからな。編集長の『枕事件』についても調べねぇといけねぇし。


「ここ昼から飲み放題やってんだ」

「それ理由になってますかね」

「いいじゃねぇか。時間に融通効くのが作家のいいところだろ」

「編集がそれでいいんですかね。それに……僕の、ちょっと疑問ではあるのですが」

「オレはまだ編集歴浅くて、登戸先生しか担当してないから、時間は結構あるぞ。編集としては、ちょっと特別というか、イレギュラーかもしれないな。……てか、多い人じゃ、三十人くらい同時に担当してることもあるらしいから、やっぱ例外的な人だよ、オレも。だから気にせんのが一番やで」


 先生って妙にネガティブだな。もっと堂々としてりゃいいのに。

 そう思いながら店に入ったところで、先生はちょっとした段差に躓いて転びそうになったので、支える。

 もう、下ばっか見てるのに何でなんでなんや。おちゃめやなぁ。


「さっきも会議室で転びそうになってたなぁ。『堂々度』が足りないからそうなるんやで」

「RPGでも聞かないステータスの存在について言われても……それに、あの会議室にあったでかい機械って何だったんです? 違和感が全力だしてましたよ」

「あぁ、なんだっけな。OCRっていうのを搭載した、文字の読み取りマシン。ま、ヒトコトで言えば、文字特化のスキャナだ。活字だろうが手書きの原稿だろうが、超早く読み取ってデータ化してくれるぞ。本一冊分の紙原稿でも3分かからないらしいな」


 とにかく無駄にでかい訳ではないらしい。その機械は……


「使うんですか? それ……」

「使うんですか? って、手書きで応募してきた先生がいっちゃダメでしょ。あれ無いとデータ化するんに結構めんどかったはずや。まぁ、他の使い道は電子書籍化とか資料の作成とかで使えそうだけど……まぁ、置き場に困って会議室送りにされた感じだな」

「ダメじゃん」

「そうやな…………ほい、店員さーん」


 店でハイボールと揚げ物を注文して、飲み干す。やっぱハイボールだ。


「げっ、そんな一気に飲むもんなんですか」


 タコのから揚げを食べながら、登戸先生が驚いていたんで、大粒の氷だけになったグラスを回しカラカラ音を立てて、まぁな。と言ってみる。

 先生は、オレの飲みっぷりが良かったのか、自分の分のグラスを渡してきた。

 ハイボールだったんで、飲み干す。


「やっぱ凄いですね」

「そうだろ。……すみませーん」


 オレが店員を呼ぶと、いつも顔を見合わせるバイト君が来た。


「あれ、あんたこの時間もバイトやってたっけ」

「いいえ。てか、この時間から飲んでるんっすね……最近、別の仕事につくこと決まって、まだ先の先なんっすけど。それで、このバイト辞めるんで、できるだけ入っておこうかなって」

「まじかー、今までありがとうな」

「いや、だからまだ先の先っすって……そちらの人は」


 先生を軽くバイト君に紹介して、お替りを注文。

 ハイボールが2つ並んだが、またオレが飲み干した。


 何度か同じことを繰り返し……


「もう一杯っ」

「ちょいと待ってぇ……先生、さっきから一口も飲んでねぇやん」

「あっ……」

「あっ、ちゃうねん。せっかく来たんやから、飲みぃや。金はこっちが持つし、飲み放題やし、先生がいたら経費で落とせるかもしれへんからな」


 先生は、焼き鳥を持って固まってる。もしや、


「先生、酒飲めへんのやら、先言ってくださいよ。そやったらこんなとこ連れてこんかったのに」

「あっいや、そういうわけじゃ……」

「遠慮せんでえぇんやで。いったやろ、オレは先生の『相棒』やって。なんでも言ってくれ」


 そうや、オレは先生の味方っちゅうねん。


「あの……飲んだことないんです」

「はは、そんなことやったん。オレみてぇに一気せんでもふつーにちびちび飲んでみたらどうや」

「そうですね……別に禁酒とかしてるんじゃないですし」


 そういうと、先生は少しずつ飲み始めた。

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