25.新人作家と幽霊、潜入する
「ここが編集長室か……」
幽霊にあることを『確かめた』日の翌日。
今日は、山野とのミーティングがある日で……そして、編集長の調査、その決行日でもあった。
ミーティングの予定時間よりも少し早く編集部に入り。僕と幽霊は、さっそく編集長室に潜入することにした。
「ここが編集長室みたいね……中には誰もいなそうね」
「だな。じゃぁ、まずはカギを開けねぇと」
前もって山野にそれとなく聞いておいたので、編集長室へは割と簡単にたどり着いた。
途中、何人かの編集者と目があった。
彼らは僕にあいさつはすれど、特に何か言ってくることはなかった。
――編集者って結構ハードな仕事って聞くもんなぁ……
忙しくて、僕らに構っている暇も体力もないってところだろう。
そのすきにとっとと、編集長室に侵入しなくては。
「まぁ、私にかかれば、カギくらい何てことないよ」
「いっちょお願いします。壁すり抜けからの、カギ開け。やちゃってください、先生!」
「せんせーに『先生』って言われると、変な気分になるんだけどね」
今のところ、玉野のように幽霊の姿が見える人は、この編集部にいないらしく。
僕と幽霊は小声のまま。
されど、僕は皆に怪しまれないよう、堂々とした態度っていう、若干、矛盾したような状況でいる。
「ふぅ……」
一息吐いて、幽霊は編集長室のドアをすり抜け――
「ぬはっ……なっ何、よ。これ、はぁはぁ……」
「だった大丈夫か、幽霊……」
「うっうん……今カギ開け、る……ね」
――バタン、と何かが倒れる音がした。
「ゆっ幽霊!」
僕は急いで編集長室のドアを開け、中にに入る。
すぐにドアを閉め、部屋を見ると壁際で幽霊が倒れていた。
「だっ大丈夫か、幽霊!」
「うっうぅ、だっ大丈夫、大丈夫……」
「全然大丈夫そうじゃないんだけど。顔色とか、その声とか……」
「大丈夫だから、心配しないで……ほら、調べないと」
「でも、」
「でも、じゃないから! ほら、へーきへーき。あのパソコンとか怪しいじゃん」
幽霊はそう言って、すぐに動き出した。若干、顔色は悪いままだけど。
無理やり彼女を引き留めて、余計に症状が悪化とかしたらダメだ。
何が起こっているのか、よく分かんないけど……急ごう。
「思っていたよりも狭いな。ってか、パソコンって普通ロックかかっているんじゃ」
「えっ、よくわかんないけど、使えるっぽいよ」
「まじか……」
部屋の中央にあったノートパソコンを見ると、デスクトップ画面が開かれたままで……。
「まじだぁ……」
「普通ってロックかかってるもんなの? せんせーのパソコン付いてないじゃん」
「家で使うだけだから、まぁいいかなぁって。……てか、まずいかもなぁ。編集長がミスってパソコン付けっぱなしか。それとも、ちょっとトイレとかで離れてて、すぐに戻ってくるか……」
山野に、この時間なら編集長は飯食いに行っているから部屋にいないって、聞いてたんだけどなぁ。
そう思っていると幽霊は、
「っていうか、せんせー、どうやって入ってきたの」
「えっ、幽霊がカギ開けてくれたんじゃ……」
「まだ、私、カギ開けてなかったんだけど……」
「…………」
「…………」
それって、――まさか!?
「編集長すぐ戻ってくるかもってことじゃねぇか!」
「やばい、急ごう! せんせー、何すればいいの?」
「えっと……」
こういう時、何調べたら……あぁ、そういえば。
――あぁ、先生には言ってなかったけど、サキサキ先生は自分で『筆を折る』と編集部にメールを送ってきたんや。そんなん、もとから自分が死ぬと分かってたみたいなもんやん。
何週間か前の居酒屋。
山野にサキサキ先生が自殺したのではと僕が聞いたとき、山野が返した言葉を思い出す。
「メールだ! 何かメールっぽいアイコンをダブルクリック!」
「これだぁ! ……違った」
「あっ、こっちだろ」
「おぉ、メール出てきた」
メールアプリが立ち上がって、編集長が管理する大量のメールがパソコン画面に表示された。
でも……
「こんな大量なのから、どうやって探すんだよ!」
『筆を折る』メールは常識的に考えて、僕が『ゴーストライト』の依頼を受ける前のもの。
――んでも、これ死亡推定時刻二月四日じゃねぇか。サキサキさんからメールが来たのは、二月五日だぞ。
そうだ、ナイスあの時の山野とそれを聞いた自分。
それに、よく覚えてた、自分っ。自分に超ナイス。
しかし、日付をたどっても表示されたメールの数は、さすが編集部の『長』を務めている人らしく、膨大な数となっていた。
――時間がない……どうすれば、いいんだ?
「検索してもダメか。メールの『内容』は分かっても『文章』が分からないままじゃ……そうだ、幽霊。君のメアドを検索すれば……」
「ごめん、覚えてない。この身体になった時、私、何も持っていなかったから。スマホも……」
「あぁ、分かった」
――くそ、これ全部見ていくしか……
メールを僕のスマホに転送すればいいのかも知れないけど、そうしちゃうと編集長のパソコンに送信履歴が残ってしまう。
僕がそう考えている時、幽霊は僕からマウスを奪って、
「全部見ていくしかないね。私がメール全部読んでいくから、ちょっと貸し……、て……」
「幽霊っ」
また、幽霊は足元から崩れ落ちた。
「だっ大丈夫! 私が全部見るから」
「もういい! この部屋、きっと『霊』に対してよくない何かがあるんだ。あとは僕が……」
「遅読の先生は黙ってて! 私ならすぐに読めるから!」
「…………分かった、お願いする」
一分もしないであろう内に、幽霊は件のメールを探し当てた。
僕はすかさず、パソコンに表示されたメールをスマホで撮影。
「これで大丈夫か……」
「でっ、でも……それだ、けで足りる、の……」
「たぶん……いや、あとは僕で何とかできる。幽霊ありがとう、先に家に帰って休んでおくといいと思う」
「そうす、る。先生、ばれないように、ね」
どんどんと体調を悪くする幽霊を見送りながら、僕はパソコンをもとの状態に戻そうと操作する。
画面下にTwetterのアプリが開かれているのを見かけ、何かヒントがあるかもと見てみたが……どこを見ればいいのか、よく分からなかった。
フォロワーはほとんど、ゼロに近いのとか。なぜか複数のアカウントが登録されていた。
どっか見覚えのありそうな気もするが、どうせデジャビュの類だろう。
パソコンを元の状態に戻した、――その瞬間。
――おいおい、マジかよ……。
編集長室の入り口が開いた。
――やべぇ、どうする。どうすりゃいいんだよ……。
コツコツという侵入者の足音……。
しゃがみ込んで隠れた机の影で、バックバクに鼓動する自分の心臓の音がバカみたいにデカい。
――もう素直にここから飛び出すしかないか……。
僕は覚悟を決めて。
堂々と『間違えて入っちゃいました』と、しらばっくれることに決め……
――立ち上がった。
「えっ? 何で山野が……」
「あぁ居た、先生。早くここから出ましょう。ほら、早く」
目の前の状況の整理が追いつかないまま、僕は山野に連れられ編集長室を後にした。
僕の呼吸は乱れたまま。目の前の山野の姿がどこか頼り強く見えた。
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