ボーイミーツガール
3.新人作家登戸の超常体験
「よっしゃ、
ここ数日、ヤなことが続いていたがこれは素直に嬉しい。流石、都会の本屋。一日早くフライングゲット出来るとは。
観さんの小説は基本一巻完結型のライトノベルだが、その全ての世界が事実史に基づいて、繋がっている。どの作品から入っても、一度観フィルター越しの世界『観ワールド』に入り込んだ読者は、ただその世界を知りたいと本を欲するのだ。
僕はそんなファンの一人で。そして、憧れた一人だ。
――集中できない。
待ち望んでいた観さんの物語が、文章が、その文字が、全く頭に入ってこない。読んでも、目から言葉がすり落ちてしまう。
「……ゴーストライトかぁ」
観さんの新刊を机の脇に置いて、デスクトップPCの電源を付ける。今日はいつもより起動音が気にならない。少し遠くからパトカーの音が聞こえるからだ。
アパートに向かう途中、何やら事件があったようで。立ち上がったデスクトップで、調べてみると、自殺があったそうだ。詳しいことは、『調査中』と書かれているが、死後から数日が経っていたらしい。
「物騒な世の中だなぁ……」
亡くなった人の自殺理由はよく知らないけれど、もしかしたら僕もそっち側に居たんだろうか。
どうだろうか。今まで何作か、新人賞に応募して、落選して。
そして、やっと受賞して。書籍化の話がなくなって、復活して。
――うまくいかなかったら、また新しく作るだけなんだけどな。
自分の性格的に、失敗したら丸ごと消して一からが定石だった。
秘伝のソースでも一度ゴミが入ったら、最初から作り直さないといけない。いくら継ぎ足しても、そのゴミを完全に消すことはできないからだ。
作品は完成してから、面白さが決まる。
イラストレーターの線画がいくら上手くても、色塗りを幼稚園児にクレヨンでさせたら、一気にクオリティーが下がるものだ。いくら脚本が良くても、声優が集まらなければドラマCDは作ることさえできない。伏線は回収されないと、伏線ですらない。
この世に、未完の傑作など存在しないのだ。
だからこそ、『俺オレ』がなぜ未完結のまま書籍化が決まったのか、理解に苦しむ。
ネットでの評判も賛否両論が飛び交っている。
作品の本筋に関わることだけでなく、評価ポイントに不正行為があった等、作品が書籍化に至るまでを批判する内容もあった。やはりweb小説って、めんどくさい世界なんだなって感じだ。
新しいタブを開いて、『俺オレ』のページに飛ぶ。ノベノベという小説投稿サイトだった。くろうじゃないのか。んでも、なんかスッキリして見やすいかも知れない。
そう何となくの感触をつかんだところで、全てのページを印刷する。パソコンの画面で小説を読むってのは、あまりしたくない。
それに、今回は作品を楽しむために読む訳でもない。誤字とか見つけるのは紙にした方が効率が上がると個人的に思っているし、自分は手書きで原稿を進めるので、そっちの方が性に合っている。
まぁどうせ、web小説で、それも完結しないうちに書籍化が決まったことから、『出オチ小説』の類だろう。ざっと読んで、修正して。さっさとラストを書き上げてしまおう。
デスクトップの黒い箱よりも大きいレーザープリンターが、次々と文章をはき出している間に、洗濯物を取り込んで、シャワーを浴びる。
風呂から上がって、冷蔵庫から冷凍パスタをレンジにぶっこんで、ポチリ。ここ最近、冷凍のオンパレードだが、意外と種類豊富で味もいいので、不満はない。一人暮らし失格の典型的な例でしょうね……はい。
レンジで熱々になった皿を机に持っていこうとして、
「ふ~ん、面白いじゃない。この小説」
透き通った声がした。女性の声だ。僕の目の前で、プリントアウトした紙がはらりと動き出す。追って見ると、そこに髪の短い、くりくりとした目で文章を読む女性がいた。
明らかに浮いている……物理的に。
じわじわと自分の足から熱さを感じ、パスタを床に落としてしまっていたことに気づいた。
「うっ、わわわ」
火傷が。んでも、目の前に女が。なんか変な声が出たし。
「ん? も~、何。その目。まるで突然美少女に出会って、どうしようか分からなくなった純情な男子みたいじゃん」
「あっいや、そうでもあるけど……」
彼女の言うとおりだ。美少女って程可愛いけど、近寄りがたい美しさではなく活発で、仲の良い幼馴染のような印象だ。僕に幼馴染なんていないんだけど。
いや、そうでなくて。
「君は今、面白いって言ったのか……?」
目の前の浮いている美少女は、甘酸っぱい果汁を弾けさせながら、笑顔で首肯した。
――違う、そうじゃない。そんな訳ない。
棚から分厚い原稿用紙の束を持ち出し、困惑顔の幽霊にそのまま押し付けるように渡す。
「おい、こっこれを読んでみてくれ」
「えっえぇ、まぁいいけど……」
ただでさえ大きい目を丸くして、幽霊は次々と紙をめくり……数十分後、顔を上げた。
「うーん、まぁ。面白いんじゃない。……観先生の二次創作?」
「えっ、今なんて……なんて言ったんだ?」
「だーかーら、観先生の作品まんまってこと。世界観とか文章の雰囲気とか。そりゃまぁ面白いんだけど、さ……えっと、あの、もしかしてオリジナル小説だった……の?」
だったの……って。おい、嘘だろ。おい。
何だこれ、あんたの小説はっきり言ってパクリだね、ってことか。ふざけるな。
そんな僕の不満を察したのか、彼女は。
「あぁそんなつもりじゃ、なかったのよ。オリジナル小説として読んでも、ちょっと思うとこあるんだけど、作品自体はそこそこ面白いわ。むむっ、となった部分もいくつかあるけど」
抽象的すぎる。というか、『そこそこ』ってか。そこそこなのか……。
「取材が足りてないのかな、ところどころ矛盾してそうな部分もあるし……まぁ物語の本筋にはあまり関係ないとこだけど、そーいう部分を作り込まないと作品の面白さって……」
幽霊は、そのまま総評というか、アドバイス的なことをいった。
いや、自分の作品がつまらんとか言われようが、読者の感想だから自由に言ってもらって構わないけど。それが、『パクリだろ』というものでも。
ただ君の場合は、君の場合は……
「なぁ君は、本当に読んだのか」
僕の銀賞受賞作『クーラーの効いた部屋で彼は引き金を引く』は、約12万字。そうそう読み切れる物語ではない。なんせ本一冊と同じボリュームなのだ。
書いた自分でも読み直すのに一日かかるレベルだぞ。
「う~ん、本一冊くらいならふつーに三十分で読めちゃうからなぁ」
「嘘っそだろ。早すぎる。一冊三〇〇ページとして、単純計算一ページ六秒じゃないか」
「うん、そうだけど」
何をあたりまえのことを、とでも言いたげな顔してるけど。僕の方が普通じゃないのか、これは……?
女はゆっくりと僕の部屋を見渡して、
「はは~ん。君って、遅読でしょ。その積み本の数、読みたくて買ったけど読み切れていない状況ね。まだ読んでいない新品の本と読んだ本って意外と見分けつくものだよ」
「おっ遅くて、何が悪いんだよ」
「責めたつもりは無かったんだけど……ごめん」
そう言って彼女は僕の肩に手を置いた。
違和感のある重み。まるで質量がないかのような。柔らかいゴムを膨らませた風船で叩かれたような。何とも形容しがたい感触。そう、触れられていることは確かであるんだが。
「…………うん?」
肩に置かれた手を握り、未だにこの部屋で浮いている女に向けて。
「君は……幽霊とか、そういった霊的な存在なのか……?」
少し怯えながら言った僕の疑問に、彼女は甘酸っぱい汁を弾けさせ、
「うん、たぶん。そうみたいね!」
僕の言葉にとんでもない、イエスを突き付けた。
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