→作戦実行

 プラムストリート、大ショッピングモール。

 中央広場にも間近まぢかに建ち、面積はCAGスタジアムの軽く数倍。


「待ってパラぁっ、まだ心の準備がっ!」


 そのドライブインから、サンシャインとパラミラの乗るジェムビーは飛び出した。

 空撮用ドローンがその前を横切り、まるで二度見するように戻ってくる。


『おっ、と? 〈パラ&サニー〉、調整チューナップを終えましたか? いや、これは――!?』


§      §      §


「――まあ十中八九、勝敗予想のけでしょうね」


 ヒント以外のタマゴの使い方は、という話題にサンシャインは答えた。


「たぶん、トロフィーにたどり着きそうなアクターが終盤にピックアップされるんだと思う。その時点で勝ち目がない参加者は、集めたタマゴを他のアクターに預ける形でベットする。予想が当たってそのアクターが勝てば、配当のポイントを貰える」


 それは他の《宝探しキャッシング》イベントでもよく見られる形式だった。


「うん、でさ。そのオッズってたぶん、実力や実績だけじゃ決まらないと思うんだよね」


 通りに浮かぶ風船バルーンへ機首を向けつつパラミラ。


「けっきょくお祭りなんだよ。だからこそ私らにも勝ち目がある。スクールガールのペア、ってだけでアドバンテージだと思わない?」


 その言わんとすることを理解してサンシャインはまゆを寄せた。


「そんなの、フェアじゃないわ。第一……」

公平フェア、なんてのはもっとえらい人が考えればいいの。それとも何? その叶えたいことってのは居もしない誰かに遠慮して諦めるくらいのことなわけ?」


 口ごもる。確かにこのままでは、でも。


「アクターは人気商売、でしょ。さんざん言ってたことじゃない、サニー。これくらいのはなわざ、サラッと出来ないでどうすんの」

「だって、あたしはもう……」


 やめようと思っていた。こんなにも人に心配や迷惑をかけるのならば、と。


「サニーは、やりたいことをやればいいと思う」


 本気になって、周りも何も見えなくなってしまうのが怖かった。


「自分の持ってる全部を使って。それが客観的に見てどうかとか、うまくいくとかいかないとか、そういうのは後回しでいいんだよ。あんた単純なんだから、そうしないと何にも出来ないでしょ」


 パラミラの言葉はまるで始めからそこにあったようにサンシャインの胸へすべりこんだ。

 その通り自分は未熟で、世間知らずで、だからこそ何を成し遂げられる保証もなくて。

 それでも。


「…………会って、話したい人がいるの」


 思い出があった。


「あたし、謝ってばっかりだったから。もう一度会って、ちゃんと言いたいの、お礼」


 貰ったものも。


「ありがとう、って。それだけ、だけど」


 どうしようもない。


「それだけの気持ちが、どうしようもなく強くって、我慢できないの……!」


 そう、そうだった。

 こうなってしまうともう、どうあっても止まれないなのだ、自分は。

 吐き出して、完全燃焼して、壁にぶつかってひっくり返るまで。

 そうしていつも誰かに引き起こしてもらうのだから世話はない。

 だけど――


「サニー」


 パラミラが舵を大きく切る。街の中心へ向けて。


「あんたってホントにイイよ」


 ――だけどどうしようもないのなら、せめてこうして付き合いのいい友人が隣にいることを心の底から神様に感謝しようとサンシャインは思った。


§      §      §


 そう、確かに思いはしたが。


巫女みこです! ジャパニーズシャーマンに衣替ころもがえしてきました〈パラ&サニー〉!』


 抵抗するサンシャインをパラミラがぞんざいに後ろひじで押しのける。


「あたしクリスチャン――ッ!」

「サニーちゃんでしょ、往生際おうじょうぎわ悪いなあ、もう」


 モールから飛び上がったGembeeジェムビー-LTにはしめ縄が巡らされ、機首にはさかきの枝と神楽鈴かぐらすずが立てられていた。

 それに立ち乗りする二人のよそおいは紅白。千早ちはや緋袴ひばかまもかぐわしく、それを誇示するように低空を飛ぶ。


「巫女、忍者、ネイティブアメリカン、ヨーガにウィッチクラフト、どれも海外旅行客向けの鉄板サ。あとはさえ良ければ人気を根こそぎって寸法よ」


 パラミラが身を低くして忍び笑った。

 その思惑通りドローンが二人を追従する。


『これは華やかさで勝負に出てきました! そして機体ボディには“Bet on us”の文字、うーんあざとい! ですがイベントならではの戦略と言えるでしょう。看板娘ちゃん、どうですか?』

『あ、あれ? もしかしてあの時のお姉ちゃん……? あのっもうちょっと大きく映せませんかっ?』

『さて、どうでしょうか。スタッフさん次第ですが、知り合いですか? 果敢に中央へと攻め上ります〈パラ&サニー〉!』


「金髪のシャーマンなんてヘンよっ」

「それがいいんじゃん。似合ってるよぉふへへ」


 シートでつっぱったはかまの腰を窮屈そうにずらすサンシャインを、パラミラがかした。


「ほら愛想あいそよく笑って。後半戦まで頭から離れないくらいとびきりのヤツね」

「ううう、人のこと、ただ後ろに乗ってるだけだと思って……っ」


 勿体もったいつけるようにプラムストリートを飛ぶジェムビーの上から、羞恥に顔を赤くしたサンシャインはそれでも手を振る。


『はいっ、あのっわたしずっとお礼を言いたくて……! き、聞こえますかっ?』

『あーすみません、水を差すようで申し訳ないんですがここ、立場的には中立なのであまりかたよった放送は』

『ありがとうございました! えっとっ皆元気です、家はちょっと燃えちゃったけど、あれから悪い人もお店に来ません! 二人のおかげです!』

『思ったより重い!? そんな環境でなんて健気けなげな……うううむ、分かりました、あとでお話できる時間を取りますので、今は抑えてください!』


 集中する視線に耐えながらサンシャインはその放送を聞いていた。ごく自然で深い笑みが口元に浮かぶ。


「おぉ、反応いいじゃん。じゃ立ってみようか。シートの上に。で、御幣ごへいをもってクルッと回って」

「えええ、そんなことまでしなきゃダメ?」

「勝ちたいんでしょ? いいの? ここで止めたらぜんぶムダになっちゃうよ?」


 パラミラの露骨ろこつな誘導に歯噛みしつつも、サンシャインは短く息を吐く。


「やるわ、やればいいんでしょ! そのかわり本ッ当に運転気をつけてよ!?」

「分かってる分かってる」


 棒読みでうなずく背中をひとにらみして、えいままよ、とシートに足をかけた。

 その時。


「どけ! ショーガールども!」

「きゃあッ!」


 頭上スレスレを横切った影にサンシャインはぺたりと尻餅をついた。片膝かたひざ立ちになった緋袴ひばかまが風をはらんで膨らむ。

 前方に浮かんだ風船バルーンを奪ったヤンスは、二人の進路をふさぐように着地した。

 ゴン、とそれを半端にしか減速しなかったジェムビーが小突こづき飛ばす。


「がああああッ! 肩があっ!」


 転がり叫ぶヤンスをパラミラが怒りに凍った目で見下ろした。


無粋ぶすいなヤツ。こっちはお楽しみ中なの」

「パラぁっ! あんた言ったそばから何やってるのよ!?」


『これは……接触がありましたか? ヤンス選手が着地を失敗したようにも見えましたが。事前にカメラが寄りすぎていたため分かりません!』


「ふざけるなクソ実況! パラてめえ、覚えてろよ!」


 立ちあがったヤンスを放って再浮上したジェムビーは、すべてのメインストリートに通じる中央広場セントラルエリアへと向かう。


「さぁて、どこ行くー?」

「……お祭りやギャンブルといったら天河目抜めぬき通りだけど」


 まったく調子を変えないパラミラにやや引きながらサニーが応じた。


「あそこハデだからねぇ、もれちゃうかも」


 ちょうど実況がくだんの目抜き通りを映し出した。


『……あー、えー、例のベ○ダー卿、もとい宇宙総司令風の……ええい、この登録名のジョーンズ=アール=ジェームズって絶対偽名でしょう!? ジョーンズ選手、天河目抜き通りをフライボードの超絶スーパーテクニックで圧倒! 出来るだけ映さないようにしてきたスタッフ方々の努力もむなしくもはや讃えざるを得ません! これが暗黒サイドの力だ!』


「……うへぇ、ありゃダメだ。本物の神様でも降ろして見せなきゃインパクトで勝てない」

「無茶言わないでパークトゥパークへ回って。ホテル街だし観光客も多いわ」


 こうなったらやれるところまでやってやるとサンシャインは腹をくくった。

 満面の笑みで紙吹雪をまき、御幣を振る。


「みんなーっ! 応援よろしくねー!!」


 顔はいまだ赤かったが。

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