→エピローグ

 二日後、休み明けの第13研究室。

 ノックの後、ドアを開けて入ってきたのはサンシャインだった。


「こんにちは、アンジェパパ!」

「ひぇっ」


 あとに続けてパラミラ。彼女は寝袋姿のままクッションの下へもぐり込もうとするアンジェを見て、解説を求めるように隣の友人を見る。


「もう、いい加減ふつうにしてったら! とっくに怒っちゃいないんだから!」


 ずるずると寝袋の背中をつかんで引っぱりだしながらサンシャインはうんざりした声。


「ううぅゴメンなさいサニーちゃんさん、ワタシは嘘つきですウソツキデス……」


 ぐずぐずと引きずられるアンジェは、紫皇が目覚めざめたのを隠していた件でサンシャインに怒られて以来ずっとこの調子だった。


「とりあえず、この場でサニーが一番だっていうのは分かったわ」


 パラミラが肩をすくめ、部屋のすみへ足を向ける。

 そこには紫皇が壁にもたれて目を閉じ座っていた。数日前と違うのは二つ目のRepairBotリペアボットがそばで稼働中ということ。


「これが例の? ふーん……」


 近寄ってしゃがむ。床でうごめいていた修理ロボたちがさっと巣箱すばこへ避難した。


「やいロボット、姓名せいめい生国しょうごくを答えな」

「シノー=ファベイラ、天河あまかわ出身だ」


 パラミラへ向け開かれた両目の空洞うろから、カミキリムシ型ロボがぞろりとい出た。


「ぎゃああああ!?」

「あーまだ修理中なのよ。シノー、気にしなくてもいいから」

「ああ、その方がよさそうだ」


 紫皇はうなずき、恐怖を与えないようまぶたを閉じる。目を離さずにパラミラが後ずさった。


「えー、ぇえー……私これにサニーちゃん取られてるの?」

「何よ取られてるって、最近じゃパラと顔合わせてる時間の方がよっぽど長いじゃない」


 イベントでの大健闘が呼びみずとなってチーム〈パラ&サニー〉はちょっとした注目かぶとなっていた。


「そういうことじゃ……まあいいや。見かけの割におとなしそうだし。で、報告は?」

「あ、そう、そうね、うん」


 パラミラにうながされサンシャインがあとの二人へ向き直る。


「アンジェパパ、シノーもそのままでいいから聞いて。実はあたし、予備練習生として参加しないかってCAGの公式チームから誘われたの」


 話しながら大きめの封筒をカバンから取り出した。上等なその表書おもてがきにはサンシャインの名前がある。


「普段は個人でトレーニングしてお給料ももちろん無いけど、定期練習やチーム考査試合トライアウトには参加できて、希望するなら寮もあるって」


 すくと起き上がって椅子にかけたアンジェが、居住いずまいを正した。


「それは…………良かったですね。おめでとうございますサニーちゃん」

「おめでとう、サニー」

「う、うん。えへ、ありがと」


 紫皇と二人で祝福の言葉をおくるとサンシャインは照れたようにその場でくるりと回った。


「ちなみに、どちらのチームに?」


 アンジェが訊ねるとぴたり、とその回転が止まる。


「……マルドレート社の」

「あぁではマリー・ピアさんと同じ……ひっ」


 向けられた鋭い眼差まなざしに、アンジェが椅子の背もたれに顔を隠した。

 サンシャインは怒りを抑えるように握りこぶしを震わせる。


「そう、そ、れ、さ、え、なかったらもっと素直に喜べるんだけど」

「あとちょっとで勝てなかったもんだからねー」


 あっけらかんとパラミラが言った。友人をなだめるようにその背に手をやる。


「いいじゃん、賞品トロフィーもポイントも手に入ったんだし」

「思いつくかぎり最悪の状況でね! 負けて泣きそうになってる時にカメラに大映おおうつしにされたあたしの気持ちが分かる!?」


 イベント最終戦。

 もつれにもつれたラストスパートを制したのはマリー・ピアだった。サンシャインの手は寸でのところでタワー頂上へ設置されたオブジェクトに届かなかった。

 にもかかわらず。


「いやぁ、まさか始めから賞品を受け取らない約束で参加してるなんて思わないよ。仕方ない仕方ない」


 マリー・ピアはその勝利を放棄した。もとより彼女にそれを手にする権利はなかった。


「…………まぁ、普通に考えれば身内が優勝して賞品までさらうわけにはいきません、よね」

「だったら二人になった時にゆずればよかったじゃない馬鹿にして! 絶対腹いせよあんなの!」


 結果サンシャインは負けてしまったショックで半泣きになり、その後よく分からない理由でトロフィーを得られた安堵あんどから全泣きするという醜態しゅうたいを会場全体の注目のなかさらす羽目になった。

 もっともそれは『協力して夢を掴んだ学生ペア』という美談のハイライトを飾るとして、だが。


「それで、サニーがまんまとしてやられた“約束”の結果がそのお誘いってワケ?」


 どうどうといきどおるサンシャインを落ち着かせつつパラミラ。

 まだ鼻息の荒い当人はそれでもまゆをさげると封筒に手を差し入れた。


「……えぇ、ご丁寧ていねいに二枚目の名刺まで入ってた」

「うーわ、それ首輪ってことじゃん。入ったらなし崩しでマウントとられるやつだよ」

「だとしても! 逃げるわけにいかないでしょこんなの!」


 名刺を封筒に放り入れるとそれを高く頭上へかかげる。


「アクターは人気商売、人目ひとめにつかなきゃ始まらないんだから。トラブルにはそのつど対処して、頑張って結果を残せばいい、それでゆくゆくはマリー・ピアさんにだって勝つ!」


 それはとても前向きな彼女らしいと紫皇は思った。


「……ま、サニーにはそれしかないかぁ」

微力びりょくながら応援、します。サニーちゃん」


 パラミラが苦笑し、アンジェが小さく拳をつくる。


「うん! ……えっと、それでね、シノー?」

「何だ?」


 サンシャインは紫皇の方へ足を向けた。

 何かを察したようなアンジェが無言で立ちあがり入口へ。


「パラミラさん、でしたか……ちょっと外へ、ジュースを買ってあげましょう」

「気の利かしかた下手か。心配しなくてもいいムードの邪魔したりしませんって。じゃね、サニー」

「ちょっ、二人ともそんなのじゃないってば!」


 連れだって出て行く二人をサンシャインが呼び止めるも、紫皇と二人残される。

 彼女はしばらくあーとかうーとか呟きながらドアの方を見つめていたが、やがて一人うなずくと紫皇へ振り返った。


「えーとね、その、あたしの部屋に来てほしいの、直ったら」


 ひざ立ちで視線を合わせるも、紫皇の目は閉じたまま。


「……その、寮の部屋にか?」


 だが紫皇は確かにその姿をとらえていた。なければ自身が立ちゆかない唯一無二ゆいいつむにの存在として。


「ううん、寮には入らないことにしたの。タダってわけじゃないし、学校にも遠いしね」

「ならサニーの家のか」


 サンシャインはうなずいた。


「ママにきちんとシノーのこと、話そうと思うの。あんまりいい顔はしないかもしれないけど、分かってはくれると思うから。許してもらったら、それからはウチで……いい?」

「分かった」


 即座に紫皇は同意したが、サンシャインはどこか不満そうに沈黙する。


「……もうちょっと何か言ってよ」

「何か、とは」

「感想とか! よっぽど調子はずれなこと言わない限り怒らないから!」


 むしろ怒られる可能性があることにおののいた。たらりと一筋の冷却水を流しつつ考える。

 サニーと一緒に暮らすこと。それはこの喪失そうしつへの不安をいだき続けるということ。

 彼女をずっと大切に思い続けられるということ。

 それは《怖れ》でもあり《幸せ》の先触さきぶれでもあった。

 恐怖は管理する。あらゆる危難きなんは排除する。そうして自分は彼女という幸福をみ続ける。それは、そんな日々は。


「楽しみだ、とても」


 答える。探査機能でサニーの表情を注視する。

 どこか憮然ぶぜんとして手を床へついた彼女は、紫皇の目前まで顔を寄せた。


「……へへ、あたしも」


 くしゃっと笑う。

 無意識に腕がその身体を抱き締めたのを、紫皇はコンマ数秒後に自覚した。



第二章 了

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Unknown:シノー=ファベイラの花嫁 みやこ留芽 @deckpalko

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