→宙天へ駆ける

 国際交流公園カクテルパークは星の海に沈み、夕闇より暗い周囲をめぐる天体やその残骸ざんがいが水平線をいく船のように見える。

 かと思えばそれは上に行くほど間隔をせばめて、まるで宝石を散りばめた砂礫されきの屋根のごとく天蓋てんがいを覆っているのだった。そしてその頂点には、名も知れぬ不動の星Fixed Star


 展望台を導線ガイドのようにはしる星雲をたどると、上への作業用通路に通じていた。

 通路といっても頂上付近保全ほぜんのためにめぐらされたむき出しの階段で、手すりがあるのが唯一の安全配慮といったみちだ。

 その最下段のおどり場で彼女は待っていた。


「待ちくたびれたぞ、あとの二人はどうした?」


 マリー・ピア=カミーレ=マレット。すれ違わなかったことから考えるとエレベータを使わず非常階段でのぼってきたのだろう。

 タワーの壁に背を預け言った彼女に、サンシャインは真っ向から対峙たいじした。


「置いてきたわ。というかあの怪人、あなたの差しがね?」


 問うとマリー・ピアは微妙な表情。


「……まぁ身内みうちというのは否定しない。私の管理不行ふゆとどきだ」


 それはどこか申し訳なさそうな、不本意そうなものだった。


「過保護な父でな。なんのい目があるのか知らんが余計な手出しをよくするのだ。今回は先んじて手を打ったつもりが裏目に出た」


 あんなのが父親なら同情するとサンシャインは一瞬思うも、それを振り払うように口をへの字にむすんだ。


往生際おうじょうぎわが悪いわよ! 最初からシノーを襲うつもりで誘い出したんでしょう!?」

「そう思われても仕方がないな。あくまで否定するが。ならばどうする?」


 冷静な表情をくずさないマリー・ピアに苛立いらだち、びしりと指をつきつける。


「決まってるわ、あなたに勝つ! 約束覚えてるでしょうね?」

「無論だ。だがここで待たせたぶん、お前は私に借りがあると思うがどうだ?」


 そっちから妨害を仕掛けておいて何を、とサンシャインはにらむ。だが先に進まれていたら今ごろゲームは終わっていたかもしれないのも事実。


「何が言いたいの」

「条件の追加だ。勝者が敗者にひとつ要求を通せることにしたい」


 さらりと言ってのけたその体を、思わず値踏みするように見回した。


「……正気? あなたの身体もモジュールも相当くたびれてるハズだけど」

「アマチュアに底を見せるようなきたえ方はしていない。それに例えそうだったとしても勝てると踏んで提案している」


 ひくりとサンシャインの下まぶたが震える。


「……それでシノーを手放てばなせなんて言うのはナシよ」

たがいの一存いちぞんで行える範囲、ということにしようとも。お前に合わせてあのヒューマノイドにも意思があると認めたうえでな」


 いちいち感情を逆撫さかなでする物言いだった。

 怒りをおさえて考え、長く息を吐いてから答える。


「いいわ、負けるつもりもないし」

「分かるとも、私もお前くらいの時はそうだった」


 マリー・ピアからスタート用アプリの招待がとどく。承認すると、デバイスに合図までのカウントダウンが表示された。


「……シノーは渡さないわ」


サンシャインが階段を見据みすえたまま告げる。

【On your marks】


「なら、足掻あがいてみせろ。青く未熟なその腕で」


 マリー・ピアが壁から背を離し前傾ぜんけい姿勢をとった。

【Get set】


「言われなくても!」


【Go!】


号砲が鳴る。二人は一瞬のズレもなく飛び出した。

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