→a Chain oF love

 ログを確認。それは他の誰でもない、マスター登録端末からの命令コマンドだった。


「ごおっッ、ア……!」


 ホログラムがひび割れる。それは虹色の光を溢れさせたかと思うと、やがて灰白ののっぺりとした人型へと変化した。

 べしゃあっ、とそれが星雲せいうんを映す床に倒れ伏す。


 いつの間にか開いていたエレベーターホールから姿を見せたのはサンシャイン。


「事情がよく分からないけど、腹が立ったから押したわ。いい?」


 憮然ぶぜんとした表情で、タブレット端末をしまうと紫皇に近付く。


「……ああ、構わな――」


 言いおわる前に。

 ぱしぃぃんッ!と紫皇の頬がはじけた。

 紫皇が視線を戻す、呆然ぼうぜんと。振り抜かれた手のひらから。

 真っ赤な顔に涙をにじませて、サンシャインは怒っていた。


「あたしは……っシノーの弱点じゃない!」


 よろめく。足元がおぼつかなくなる。処理装置が発熱し冷却液れいきゃくえきがギュルギュルとひっきりなしに流動する。


「どうして!? シノーがあたしに遠慮することなんて一つもないじゃない! シノーは二度もあたしを助けてくれて……なに、ロボットだっていうのはそんなに卑屈ひくつにならないといけないことなの!?」


 下がろうとすると手を掴まれた。その感触にいくぶんか乱れていたあたいが落ち着いていく。ああ、間違いない。


「俺は、サニーから離れようと思っていた。俺自身のために」


 びくりとサンシャインの手が固まる。ひとみが紫皇を映したまま揺れる。


「……どういうこと?」

「嫌われるのが怖かった。危ない奴だと愛想あいそをつかされるのが嫌だった」


 きっと自分は彼女に危難きなんをもたらす。そうなれば彼女は自分をうとんじるだろうと。


「嫌わないわ」

「……そうかもしれない。お前の考えはときどき理解がむずかしいしな。だが俺はその《怖れ》から逃げることを、サニーの為になれる《幸せ》だと誤認した」


 タグ付けの不具合だ。サンシャインから離れることを《倫理》が一度は肯定していたせいで、大ルールが失われたあともその要求は看過みすごされた。その動機が、本来のみこむべき《恐怖》にあるにも関わらず。


「おためごかしだ。嫌われることから逃げるのを、サニーの為と思い込んで自分に許した」


 サニーは微妙な表情で一歩近付く。身体がぶつかるギリギリまで。


「シノー、あたしと一緒にいるのが怖いの?」


 見上げたずねねた。


「ああ、今も」


 紫皇はうなずく。正直気が気ではなかった。じゃあいらないと言われた時、自分がどんな行動に出るかまるで予想が出来なかった。


「そう」


 サンシャインは泣き笑いのような表情で。


「あたしも怖いわ。こうしてシノーといると」


 つぶやく。にぎった手は徐々に上へ。やがてその甲が紫皇の顔へ触れる。


「いつかあなたがまた無茶するんじゃないかって、そうして本当にいなくなっちゃうんじゃないかって考えたら、とても怖い」


 でもね、と赤くはれた目でかすかに笑った。


「それが大切ってことなんだわ。だから大丈夫」


 紫皇はそれを理解しようとつとめる。あいかわらずロボットには難しい飛躍ひやくだった。


「……大丈夫、なのか?」

「ええ、だって、そのために言葉があるんだもの。私はアイ――」


 そこでサンシャインは言葉を区切った。唇がためらうように動き、その両手が紫皇の肩を押さえてかがむようにうながす。

 ひざを曲げた紫皇の頭をかかえるようにしてサンシャインは耳打ちした。


「――あなたと離れたくないアイトレジャーユー、って」

「…………」


 その瞬間、紫皇は完全に安定した。これまでの乱れが嘘のように。

 だがそれとは別に突き上げるような欲求もある。叫びたいような、今すぐ走り出して展望台を何周かしたいような。

 実行しなかったのはこの状況でそれは適切でないと考えたからで、ひょっとするとこれがサミュエルの教えたという『男のマナー』なのかもしれなかった。


「ああ、俺もサニーを愛している」

「あい……ッ!?」


 できるだけ平静な声で返すと、ぴんとサンシャインの背筋が伸びる。


「……何か間違っていたか?」


 お互い顔が真横まよこにあるので表情から読み取ることができない。


「や、ううん、えっと…………それ、マリー・ピアさんにも言った?」

「分からん、言ったかもしれん」


 べちぃんっ!


 ほおが両側から手のひらで挟まれる。パッと身を離したサンシャインは眉毛を逆立さかだてて叫んだ。


「信じられない! どうしてそういうこと言うわけ!?」

「お前が聞くからだろう!?」


 紫皇が思わず語気を強めて返したとき、サンシャインのデバイスから着信音が鳴った。

 サンシャインはそれを繋ぐ。パラミラから。


『サニー! そっちが当たりだよ、アメノヌボコは確かに槍だけど、その“基底Base”は地面じゃなかった!』

『あれは国造りのために天から地へ刺されたものなの。だからそのBaseは天の側。用事が片付いたんなら上を見て、も多分そこにある!』


 その言葉にサンシャインは上を見た。ガラス張りの展望台の天井。その向こうに。

 満天の銀河があった。タワーを中心に天河すべてをおおうような星のうず


「――繋ぎ留めるものGravity Binder……恒星こうせいだわ」


 自然、サンシャインは最後のキーワードにいたっていた。

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