→視点:Cinooh=Favela

 ただひとつ、誤りがあった。


――だから死にたくねえってか。結局そこだろ、自己保存に大層な語り入れやがって。


 違う。紫皇の《倫理》は壊れている。武田祓巳ふつきに刺されたあの時に。

 だからこそ幽苺ヨウメイと刺し違えられた。自己保存のルールとはかけ離れた方法で。


 だがあとの言葉はおおむね正しいといえた。


 ――お前は人のことなんざどうでもいいんだよ。


 しかしそうなると自分はどうしてサニーを泣かせたくないと思うのだろう?

 破壊されることをいとうがゆえの理由づけでもなく。真に相手に共感する思いやりでもあり得ない。それは有機的ゆうきてきな、人間にだけ可能な領分だ。


  ――合金とゴムの体に詰め込まれた計算器の集合体がお前だ。


 幽苺やマリー・ピアに対する不安感と同じく、欲求へのタグ付けに齟齬そごを感じる。

 それはどうでもいいことにも、重要なことにも思えた。

 どうせ役立つ未来はないと《合理ごうり》は言い。

 それでもサニーは自分にとって重要だと《感情》は言う。

 ならば――と二つを比べようとしたところで、内蔵デバイスに着信があった。

 

 [Sunshine=Davis]


 これまでなら取らなかっただろう。だが今は話すべきだと思う。彼女は紫皇の破壊を知るだろうし、そうなればきっと胸を痛めるだろうから。


[もしもし]

『シノー……? シノー!? どうしたの!? なんでそんな場所にいるの!?』

[サニー、落ち着いて話を聞いてくれ]

『シノーってば! 返事して、ねえったら!』


 音声が通じていないのか。それでも感情値は徐々に安定していく。

 予想とは違ったが結果オーライだと思った自分は確かに勝手極まりない。


『……いいわ、今から行くからそのエリアから動かないで。絶対よ。それから――』

[待て、それはダメだ]

『もし、何か起こっているなら、あなたの命を第一に行動して。――これは命令! 破ったら許さないし、大嫌いになるから、シノーのこと!』


 があん、と全身を打ちのめすような衝撃が運動系を襲った。


「グ、う、ッおあああっ!!」


 四肢へ過剰かじょうにエネルギーが注ぎ込まれる。

 片手と両足だけで暴れ狂うように紫皇はね起きていた。


「ちっ! まだ動きやがるかよスクラップが!」


 サミュエルの悪態が聞こえる。跳ね上げられ、たたらを踏んだその姿が見える。

 目も耳も機能を失っていた。

 だがその足が床を踏む振動しんどうを、その声がふるわせた空気を知覚し変換することは出来る。


【Download driver completed “Spiderwebスパイダーウェブ”】

 :《星呑の蜘蛛ウーゴリアント》を倒した者に与えられる中範囲知覚

 : エコー探知、熱源探知サーモグラフにより360度の地形、動体をリアルタイムに捕捉する


 修理時に搭載とうさいされた探査たんさ装置がアクティブになっていた。

 背後へ回り込むステップ音、突きだされるナイフを知覚する。

 振り向きざまにそれを払うとなんのひねりもないパンチを繰り出した。


「ぶふぅあッ!」


 サミュエルが顔をゆがませて吹き飛ぶ。

 ともすれば五感が満足に働いていた時以上に紫皇は状況を把握できていた。


「理解した」


 刺された右手をだらりと下げたまま歩く。


「俺は間違えていた」


 起き上がろうとするサミュエルに告げる。

 相手の意に沿わない以上、その理由を伝えるのは誠意だと思ったから。


「サニーの安全や平穏は二の次だった。彼女から離れる必要はなかった」


 何よりも優先すべきと考えてきたそれは、たった今副次的ふくじてきな目標でしかなかったと理解した。究極においてまず自分が為すべきは。


「俺にとってサニーは、唯一無二ゆいいつむに資源リソースだ。俺はただ、それを効率的にみ上げる努力のみをしているべきだった」

「万難をはいして」


 それだけだった。


本性ほんしょうを見せやがったな機械野郎ッ!」


 サミュエルがえ起き、間合まあいを詰める。

 途中、その腕が振りかぶられ何かを投擲とうてきする。天井にぶつかったそれは跳ね返って紫皇の頭上へせまった。


「――!」


 左腕で打ち払ったそれは電磁パルスEMP発生器。

 同時、至近へ踏み込んだサミュエルのナイフが紫皇のあばらを切り裂いていた。


「ぐッ」

「開き直りやがって、気分はスッキリか? 寄生虫きせいちゅうめ!」


 処理装置にいくつかのエラー。


「……性質は近いと思う。だが共生は可能だ」

「それがナメてるっつってんだよフザケやがって!」


 サミュエルの指が何かをはじく。今度は横へ。壁に当たったそれは高い音を立てて紫皇を狙う。

 のけぞってかわす。形状と音から遅れてコインと推測する。

 くずれた態勢の右うしろへサミュエルがもぐり込んでいた。

 膝裏ひざうらへ斬電撃。瞬間的にシステムが麻痺まひし、右足が棒のようになる。


 タスクが倍増していた。位置と形しか分からないせいで、脅威度の整列ソートが行えない。たとえ小さなコインであろうと対応をせまられる。

 転がり距離を取る紫皇。


「そんなザマで何が共生だ!? 悪党外道あくとうげどうがこぞってむらがるのにお前は何が出来る!?」

「それは重要じゃない。俺はサニーと一緒にいたい」

巫山戯フザケるな与太野郎がああアアッ!」


 投げられた三つの何かとサミュエルがほぼ同時に迫る。

 飛来物はかわせる、かろうじて。だからそうせずにはいられないし、直後に自分はナイフに貫かれるだろう。

 刹那。

 

 見渡す限りは星空と銀河で埋まり、それと重なるようにして天河の街が広がる。


「あア……!?」


『あっと、正解へ近づいたプレイヤーがいるようです! 場所をお知らせすることは出来ませんが、該当がいとうする方には間違いなく伝わっていることと思います!』


 MR:複合現実ミキシドリアリティシステムによるイベント演出。CGと監視カメラ、空撮映像をリアルタイムで重ね合わせた空間イメージが、内蔵デバイスを介して紫皇の内部にも映し出されていた。

 むろん自身やサミュエルの姿も、飛来物の正体も。


(コイン三枚)


 それを脅威にはなり得ないと即断、向かってくるサミュエルの足を払った。


「くっ、そォッがぁ!」

「おおおおおおおおオオオオオッ!」


 いまだエラーをく右足を強引に床へとかませ、跳ね起きる。

 たたらを踏むサミュエルの背中へ向けて渾身こんしんの拳を振りかぶった。

 確実にふり向いたアゴをとらえるはずだったそれはしかし。


「――!?」


 身体がつんのめる。拳が止まる。

 目の前にいたのはサンシャインだった。体勢はそのままに、制服姿の彼女がふり返る。

 その顔がわらい、同時、ナイフの刃が紫皇の胸の中心をした。

 そのとき、横合いから、声。


「――――シノー、“裡門頂肘”」

「ホオアッチャァアアア!!」


 スタンブレードとすれ違うように半身で踏み込んだ紫皇は、突き上げるような肘打ちを対手へと放っていた。


【Commanded from“Cinematicシネマティック Kungカン fuフー”“Lǐ mén dǐng zhǒu”】

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