→聞き返す

「……何?」


 思わず聞き返す。

 十分の一もいていなかったアンジェの目はいつの間にか全開していた。


「お話を、しましょう。脱いで、ください」

「……何故」

「あなたはヒューマノイド。ワタシはその研究者。興味があります。服は邪魔です」

「どうして服が邪魔なのか聞いているんだが」


 機械相手であることを配慮してか言葉ことばを区切って話すアンジェだが、どうもかみ合わないと紫皇は困惑する。


「…………脱がないと、バラせません」


 ぼそりとつぶやかれた言葉に一歩あとずさった。

 無意識の行動だった。感情値が《恐怖》のパターンを形成している。


「そんなことをサニーは許可していないが」

「しましたよ。機械のあなたに“いろいろ聞く”というのはつまり、コアをひらいてコンピュータに繋ぐ、ということですから。そのためにはまず、構造を把握しなければ」


 ゆらり、とアンジェが近付く。

 紫皇は自分の背中が部屋の壁に当たったのに気付いた。


「…………ワタシが《怖い》ですか、ひょっとして? ますます興味深い」


 壁際に紫皇を追いつめたアンジェは密着した状態でスーツのボタンへ手を掛ける。


「動いちゃ、駄目ですよ」


 順に外しつつ、自らもブラウスの前をはだけていく。


「……なぜあんたまで脱ぐ?」

「手袋が嫌いなので……静電気とか、怖い、ですから。機械を、さわるときは」


 色白な胸元がこぼれでる。鮮やかな下着の色とのコントラストが目に飛び込んでくる。


「っ」


 ざわりと紫皇の感情値が揺らぎのパターンを変えた。

 駄目だ、不味い、この感情はマズい。

 昨夜サンシャインを怒らせてしまった時のものと似ている。


「…………いま、顔をそむけましたか? ワタシの肌から?」


 徹夜のためか血色の悪い無表情が回りこんでこちらの目をのぞきこんでくる。


「いや――」

「本当に、変わっていますねあなたは。人間並みの会話にボディランゲージ、怖れにそれから羞恥、ですか? セックスは、わかります?」


 だらだらと冷却水が肌を流れ落ちる。鼻がふれあうほどの至近から目を合わせられ、感情値はあきらかな負の値を示しているにもかかわらず逸らすことができない。


「質問、しているんですよ。あなたの中では今どんな処理がなされていますか? ああ、やはり、早くじかに繋げて確認しないと……!」


 もどかしげにブラウスを脱ぎ捨てスラックスのホックを外すとそれはすとんと床へ落ちた。完全な下着姿となったアンジェの指が紫皇のベルトにも伸ばされる。その時。


「――警告。不正なアクセスです。正規手段以外でのデータ閲覧に対してはオールデリート措置がとられます。あらゆる記録・ソフトウェア・システムは消去され復元されることはありません。警告――」


 紫皇の口から紫皇の声で、ひどく平坦で機械的な音があふれ出した。

 アンジェがさっとからだを離し、両の手のひらを掲げてみせる。


「…………それは、困りますね。サニーちゃんに、嫌われてしまいます」


 条件反射的に起こった出力に戸惑いつつ、紫皇は今ならばと顔を背けた。


「あー……とりあえず、だ。服を着てくれ」

「はい、ついでに着替えてしまうので、失礼しますね」


 ぷちん、とさらに何かが外される音がして、シノーは表情を険しくした。



 湯気のたつカップがふたつ、作業机に出される。

 一方のココアをひと口飲んでから、アンジェは紫皇にもうながした。


「…………どうぞ。セイロン茶、ですが」


 紫皇は熱いそれを一口のむ。ガチャン、とアンジェがソーサーにカップを叩きつけた。


「口の中を、見せて、ください」


 ずずっと椅子ごとにじり寄られ鼻とあごを掴まれる。


「……ぉおお、舌が、まるで本物の。奥にあるのは、分離機、でしょうか……?」

「想定されていない操作だ、やめてくれ」

「…………失礼しました。まさか飲めるとは、思わなかったもので」


 アンジェは手を離すと椅子ごと元の位置に戻っていく。

 テーブルにおいたバインダーを手に取ると、ひざの上でペンを走らせた。


「…………睡眠すいみん薬は効果ナシ、と」

「おい」


 紫皇が目をむくと、ゆらゆらと両手のひらを振ってみせる。


「誤解です。ただ、《蜃気楼の夢幻郷ゴーストファンタズマ》ならベースに有機的な……たとえば人の脳などがあるのやも、と」


 ひとり言のように呟くと同時、気付いたように顔を向ける。


「…………その顔は、《警戒》ですか? 安心してください。この街の研究者の間ではかなり有名な都市伝説ですし、誰にも言うつもりはありません。……今の、ところは」


 紫皇が知る限りで《蜃気楼の夢幻郷》についての知識を持つ人間はすべて反法規的イリーガルな組織に属していた。だが純粋な研究者、という人種と関わったことはない。


「…………中を開けると、煙のように消えてしまうプログラム。さらに調べようと深入りした人間も、いつの間にか消えている。暗部、ですね、街の」


 そこまで言ってアンジェはココアを一口。

 すっと居住まいを正すと紫皇へ向き直る。


「…………説明、してください。なぜ、あなたのような機械が、サニーちゃんと一緒にのか」

「ああ、分かった」


 ようやくまともに話ができそうだと紫皇は安堵した。

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