→学園へ向かう
進むにつれて見かける学生の数が増えてくる。
サンシャインはやや人目を気にしながら紫皇にだけ聞こえる声で
「ねぇシノー、あなたはさっきああ言ったけど、ウチの学校、モジュール禁止だから連れて行けないわ。さっきのアイツは例外なの」
申し訳なさそうに手を合わせる。
「預かってもらえるアテがあるから、授業の間そこにいてもらえる?」
「分かった」
母親との話に出てきたアンジェ氏、だろうか。
紫皇はうなずく。自分を連れて授業に出るわけにはいかないだろう。
「う、そんな顔しないでってば。半日くらいのことだから、ね?」
「そんな顔とはどういう顔だ?」
ぺたぺたと撫でられた頬を意識的に平常化して聞いた。
「いや、捨てられた犬みたいな顔をしてたような……」
「していない、大丈夫だ」
やや強く紫皇は否定した。
「そ、そう? じゃ、先に大学棟の方に――」
「大丈夫だ」
「なんで二回言ったの!? 分かったわよ、昼休みにも連絡するから!」
なにか引っかかる応答だったので念を押したのだがよくなかったらしい。
ともあれ定時連絡があるのはいいことだ。紫皇は了承した。
「……まったくもう、お父さんかっての」
一歩先を行きながらサンシャインはぶつぶつとこぼす。
やがて緑の芝生に囲まれて建つ、
ハイスクールと標識された
◇
第13研究室とドアプレートにはあった。
校門からもっとも離れた区画の端から二番目。
サンシャインは紫皇を後ろに見て「静かに」とジェスチャーするとドアをノックする。
「…………入って、います」
微妙に場にそぐわない返事を気に留めることもなく彼女は入室した。
「おはようございます、アンジェパパ」
見通しの悪い部屋だった。
ただでさえ広くない床面積に書類やらノートやらバインダーやら配線やらが散らばって、さらに対角に置かれた本棚とPCラックがそびえたつ壁のように視界を埋めている。
二つの障害を抜けた先の奥のスペースから、ごろりと黒い毛の
塊の前面の毛がもさりと落ちて、逆さになった人の顔があらわれる。
「…………サニーちゃん、ですか。駄目です今のワタシを見ては。ダメな大人がここにいます。後日また連絡しますので……すぅ……」
下半身だけ寝袋にくるまった女性だった。
くつろげたシャツの胸元から取り出した片眼鏡を、顔にのせたまま寝落ちした彼女を見てサンシャインは呆れたように肩を落とす。
「紹介するわ。あたしの四番目の父親。アンジェ……えーと、名前なんだっけ? ねえ、パパ、起きてよ、とっても大事なお願いがあるの! 起ーきーてー!」
しゃがんでアンジェの肩をゆするサンシャイン。
頑強に抵抗する彼女を紫皇はもう一度注視した。
「……その、アンジェ氏の、性別は」
「え? 女だけど……あ、うちのママは
結婚までしたのはこの人だけだけどね、とアンジェの鼻をネクタイでくすぐりながらサンシャインは言った。
「っくしゅ、……ぅーわかりました、起きます……ぁー」
のそりと上体を起こしたアンジェはそこで初めて、紫皇のことを認識したようだった。
「…………」
「……」
ぱちぱちとブラウンの瞳がずれた片眼鏡の奥でまたたく。
「…………はじめまして、アンジェラ=フランチェスカ=リツィーと申します」
「シノー=ファベイラだ、はじめまして」
紫皇が差し出した手にアンジェは応える。
だがそこで再び糸が切れたようにかくんと頭を落とした。
「アンジェパパ、疲れてるの?」
「…………おとといまでは、自分の論文を。昨日、というか今朝までは教授に頼まれた、非常に、どうでもいい仕事を。三日ぶりの安息なんです。だから、少しくらいだらしがないのは仕方のないことなんです、
「しないわよ、しない。今日は頑張ってるパパにいいこと教えにきたんだから」
うねるように波打つ黒髪をかきあげると、あらわになった白い耳に何事かささやくサンシャイン。直後、落ちていた頭がばっと起き上がって紫皇を凝視した。
「えっ……、本当、に……?」
さわさわと繋がれたままだった手が紫皇のそれを這いまわる。
「本当も本当よ。シノー、ちょっと後ろ向いて見せてくれる?」
紫皇が従うとサンシャインはその
後ろ首のアクセスランプがあらわになる。
「…………ぁ、あああ、サニーちゃん、これ、は」
「ね? で、ここから本題なんだけど、授業が終わるまで彼のことあずかってくれない? その間、いろいろ聞いたりしていいからさ」
「分かりました」
今までにない即答と力強い頷きだった。
「よかった! シノー、ばたばたして悪いけどもう練習に行かなきゃなの。ここで待っていてくれる?」
「分かった。いってらっしゃい、サニー」
「ん! 行ってくる!」
掲げた手同士でタッチを交わしてサンシャインは部屋を飛び出して行く。
手を振りながらその様子をじっと観察したアンジェは、ずるりと寝袋から這いだして立ち上がった。
「…………では、脱いで、ください」
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