→身の振り方を考える

 外の明かりと前後して、店の方が騒がしくなった。


「大変だ、ヤクザ野郎の仲間が来やがった!」


 誰かの叫び。サンシャインが紫皇を見る。


「そうなの?」

「いや、たぶんもう敵対している」


 仮に幽苺の配下だとすると動きが早すぎる。紫皇の失敗を見越していたのかもしれない。


「あなたを……その、えっと」

「あぁ、処分するのと、あとは仕事の引き継ぎだな多分」


 口ごもるサンシャインに先んじて言うと、彼女は立ち上がった。


「引き継ぎって……! あなた、何するつもりだったの?」

「俺の仕事は商店街から人を移住させることだった。が、上にしてみれば無人になれば何でもいいのかもしれん。建物も、どうせ取り壊すわけだしな」

「そんなことっ!」


 ぱっと身をひるがえしたそのシャツすそを紫皇はとらえた。

 広がったそれが太ももをあやういところまで露出させる。


「待て、どうするつもりだ?」

「ふああ!? 何するのよエッチ、やめさせるに決まってるでしょ!」

「危険だ、逃げるぞ」


 やり口の派手さからみて相応に荒事あらごと慣れしたスタッフが出てきている。抵抗に意味はない。いや、本来なら逃げることもまた同様だがサンシャインがいる以上そうも言っていられない。


「イヤよ、離して!」

「お前を心配して言ってるんだ!」


 その言葉にサンシャインはびっくりしたように目をまたたかせると、きっとまゆを逆立てた。


「ママみたいなこと言わないで、不良中年のくせに!」

「……!」


 紫皇はぐうの音も出ない。表情パターンが《ショック》に変化する。

 手を振り払って座敷を飛び出したサンシャインはしかし、戻ってきて顔だけをのぞかせると言った。


「そうだシノー! あなた、子守こもりのバイトとか向いてるわよきっと! なんだったら後で紹介してあげるから!」


 紫皇のデバイスにサンシャインの宛先アドレスが送られてくる。登録を選択する間もなく彼女の姿は見えなくなっていた。



§      §      §



 通りへ出たサンシャインは息をのんだ。

 火の手はまだ遠かったが、商店街の入り口の方は昼間のような明るさだ。

 まるで地獄の口がゆっくりと迫って来ているよう。


「おぉ、可愛かあいらしい菜鳥ルーキーじゃな」


 そして魔的な光景を背にして悠然ゆうぜんと歩く、背の高い影。

 あい染めの着物に目の覚めるような朱いおび

 高く結ばれた髪束は時代劇の若侍わかざむらいのようにも見える。


「えらい若い声と思いよったが、予想以上じゃな。けど紫皇を倒したゆうことは、実はやり手の用心棒じゃったりするんかのぉ?」


 そして、まるでへびのような炎が腰に巻かれたモジュールから四方へ伸びていた。それらは周囲の建物の柱やひさしへ絡みつくと、執拗に焼きかしては次の獲物を探すように鎌首かまくびをもたげる。

 まるで既にこちらを知っているかのような口ぶりを、サンシャインはいぶかしんだ。


「話をするのか物騒ぶっそうなものを振り回すのか、どっちかにしてくれない?」


 若侍がクク、と喉で笑うと炎蛇がシュルシュルとモジュールへ吸い込まれていく。


「ええなぁねえやん。っとと、いかん。先に楽しんだら幽苺あねでしさまに仕置きされるわ」


 妖しく曲げた口元をそでで隠すと、イヤークリップ型の機械が髪のむこうにのぞいた。

 サンシャインはにらむ。


「あなたが、あなたたちがシノーに悪事をやらせてるのね?」

「誤解じゃなぁ、ウチはただアレが会社のために働きたいゆう気持ちをんでやっとるだけよ」

「こんなこと、働くって言わないわ! 問答無用!」


 サンシャインは間合まあいを測る。

 さりげなく眼鏡型グラスデバイスを装着すると、1フリックで相手の情報を参照した。


【Rank-Extraアクター:武田祓巳タケダフツキ へ《盤外戦》を提案しますか?】


 ひとまず選択を保留する。日本人らしいのが少し意外だった。


「おぉ怖。ほぉじゃけど問答無用いうんはな――」


 次の瞬間、


「――こんなんを言うんよ?」

「っ!? →【脱兎ヘラ】!」


 コマンドで半ばむりやりに後ろへ跳んだ鼻先を、横ぎの短刀が通り抜ける。

 大きく距離をとってからデバイスの表示を確認した。


【Rank-Extraアクター:※※※※ から《盤外戦》の提案がありました】

【《盤外戦》の提案に賛同しました】


「な、にこの表示……あたし、何もしてないのに!?」


 通常CAG競技といえば市のシンボルである競技場で行われるものを指す。

 だがそれとは別に非公式な、街中を舞台にアクター同士の合意によって行われるのが《盤外戦》だ。使用モジュールの制限がなく、またゲリラ的に起こる《障害物走パルクール》や《宝探しキャッシング》などの競技は市民や観光客にも人気がある。

 しかし一面、格闘競技の試合にかこつけた決闘行為の温床にもなっていた。


黒票ヘイピァオも知らんとはホンマの素人か」


 祓巳の指が宙を滑る。指揮か、でなければ方陣でも描くように。


「気の毒じゃけどまぁ、じゃけぇ悪く思わんでなぁ」


 直後、その腰のデバイスが火花を射出し、その軌跡を炎がほとばしった。


「→【脱兎ヘラ】! っう!?」

「おっと場外よ」


 AR上に表示された《競技エリア》の端を自分の背中がわりこんだことにサンシャインは気付く。安全措置によって全モジュールが停止。強化スーツは拘束着に、脚甲は足枷あしかせ同然となって動きを阻害する。


「いかんなぁ、一般カタギの方に迷惑じゃろ」


 そこに炎蛇が殺到した。


「しまっ――ッ」


 腕で顔をかばい、ぎゅっと目を閉じたその時。

 どん、と背中が何かに抱きとめられた。


「なんじゃ、おったんか紫皇」


 かんさわったように祓巳が片眉を上げた。

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