→目を覚ます
回復すると、畳の上だった。
仰向けのまま脇を見ると、正座した
「あ、気がついた? 大丈夫? どこか壊れてない?」
店の喧噪がやや遠くに聞こえる。どうやら奥の
簡易自己診断プログラムを走らせる。
「……問題ない」
目立った損傷はない。アゴへの衝撃による意識の寸断はギミックの一部だ。
「そ。っていうかあなたって一体なに? やけに重いし、ちょっとひんやりしてるし、後ろ首にアクセスランプは点いてるし……人間、よね?」
おそるおそる彼女は訊ねてくる。紫皇を運んだときに気付いたのだろう。
「いや、俺はヒューマノイドだ。人に似せて造られたロボット」
機械ではあるものの外見は人間と変わらない。シリコンと電気粘性流体で構成された肌と筋肉はその動きすら人を再現している。
「へぇ……ええええっ? だ、ロボットって! 普通に話してるし! 動いてるし!」
サンシャインの驚きは当然で、いかに技術の発展がめざましかろうと紫皇のスペックは現代において異次元に違いない。
同じように滑らかに動く体を造ることはできるだろう。違和感なく言葉を理解し、応答するAIも、自然な声音生成も可能だろう。だがそれらを統合し、あらゆる状況に対応できる創造力と学習能力をもたせるとなると未だそれは夢想の領域だ。
「技術レベルについて言っているなら気にするな。俺にも詳しくは分からん」
「自分のことなのに!?」
「嬢ちゃんは自分の身体がどういう
サンシャインは言葉に詰まった。手のひらをじっと見つめ、首を捻ってうなる。
「ん、んー? ……いや! だって、人間は神様が作ったものだけど、あなたは違うでしょう? 少なくともあなたを作った人はその仕組みを知ってるはずだわ」
「――
紫皇の口からでた単語に、きょとんとして彼女は見返してくる。
「何それ?」
「……この街のどこかにあるらしい研究施設、またそれらが作った超技術群。集団なのか個人なのか、そもそも人間なのかもわからないが。時おり市民に接触しては、何世代も進んだオーバーテクノロジーを与える。それこそ降ってわいたように」
まるで出来たから使えって言うみたいに、とは紫皇が立ち聞きした幽苺の言。
「っ、それ聞いたことある! あれでしょ、街のどこかに宇宙人との
それはいかにも都市伝説めいていたが大元は同じ噂話と思われた。
「じゃあ、その宇宙人があなたを造ったの?」
「いや宇宙人ではないと思うが。製造元が不明なのは確かだ。気付いたらこの街にいて、それから……まあ、いろいろあって中華マフィアの構成員に――」
「どんな色々よ!? あ、ちょっと!」
紫皇は立ち上がった。
「……喋りすぎた。今日のところは勘弁してやるから帰りな、嬢ちゃん」
「待ってよ! ロボットならなおさらだわ、こんな人に迷惑かけることしてたらいつか神様に怒られるわよ、転職しなさい!」
伸びたサンシャインの腕が紫皇を引きとめる。
何の権利があって、と紫皇はしばしその手を見つめた。
だが確かに、とこれから自分を待つ終末的スケジュールが
――失敗したらブチッ、ね。
会話ログの参照と同時、感情値が一気にネガティブ方向へふれた。
「わ、ちょっとどうし……つめたっ!?」
冗談ではない。幽苺はやるといったら必ずやる。
うつぶせに倒れそうになったところで、支えようとするサンシャインに気付き両手をついた。
「……帰りたくない」
「へっ、え!? 何いきなり、いやそれどっちかっていうと女の子のセリフじゃない!?」
下敷きだけはまぬがれたサンシャインが混乱してまくし立てるのをうつろな表情で見下ろす。
紫皇には大きく目指すべき目的や守るべきルールがあらかじめ設定されている。それは人間らしく振る舞うための機能であり、やむをえず満たされなかった場合には様々な悪影響がある。
死なない、破壊されないというのは大ルールの最たるものだった。
「死にたくない」
「えっ、死ぬの? ま、まさかそれでヤケになってあたしを? ロボットなのに!?」
暴れるサンシャインに気付き、慌てて体をどける。
だがそれ以上は何も出来ず、ごろりと仰向けに転がった。
「ソーセージは嫌だ……」
「ねぇロボットなのよね? さっきからやること言うことワケわかんないんだけど」
「放っといてくれ、こっちは今落ち込んでるんだ」
このまま店へ戻って仕事をやり直すという選択は妥当と思われなかった。
もう一度サンシャインと敵対することに、正体不明の値がブレーキをかけている。
(なんだ、あの尻が引っかかってるのか、もしかして?)
彼女についてもっとも印象的なエピソードという点で疑わしいが確証はない。
当人の方を見れば、真剣な顔で何かを考え込んでいた。
「うんっと、事情は分からないけど……死んじゃうような場所なら帰らなきゃいいじゃない。誰にも責められやしないわ。なんならその足で警察に行けばいいのよ」
「難しいな。そもそも――」
その時、にわかに窓の外が明るくなった。
文明的なLEDや赤色灯とも異なる、原始的な光の色。
何かの割れる音、怒声。
オレンジの炎色はまたたく間に宵色の窓へにじみ広がり始めていた。
「――
サンシャインが息をのんだ。
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