→声に振り向く

 キャップ帽にゆるいシャツのシルエット。

 こぼれる金髪の下には怒りをたたえた青い瞳。


「あんた今、何しようとしたの?」


 15,6歳くらいの少女だった。淡々と紫皇は答える。


「この料理を床へ捨てるところだ」

「ッ!」


 青い眼が鋭さを増した。


「あたしが許せないことを二つ教えてあげる」


 立てかけたギターケースをよけると、席間にできた通路で紫皇に対峙する。


「ひとつ、女とみるやたぶらかす軽い男マン・フア


 白い指がシャツえりにかかった眼鏡型グラスデバイスをつまみあげ装着した。ピンクフレームに星型ヒンジのポップデザイン。


「ひとつ、物を粗末に扱う礼儀知らずジャーク


 少女の指が宙を滑る。AR:拡張現実システムへのフリック入力。


「ひとつ、悪事を見てみぬフリする自分!」


 瞬間、紫皇が目にする世界に変化が起こる。

 狭い通路を囲むように光のラインが引かれ、目前の少女についてのさまざまなデータが標識のように表示される。


【Rank-Fアクター:Sunshine=Davis から《盤外戦ばんがいせん》の提案がありました】


 都市全域を覆う《CAGシステムネットワーク》を介した告知とナビゲート。

 【賛同する】【反対する】のボタンが明滅している。紫皇はいったん皿を戻した。


「それはアレか。二つといいながら三つ挙げるという古典的なキャラ作りか?」

「う、うるさい! 許せないことなんて生きてる限り増えていくものなのよっ!」


 若者らしからぬスレた人生観だと紫皇は評価する。


「《盤外戦》か。喧嘩は相手を見て売るべきだと思うがな、嬢ちゃん」


 デバイスに映った情報をはじいて紫皇は肩をすくめた。


 《Cyberneticsサイバネティクス Amakawaアマカワ Gamesゲームス》。

 観光都市としての天河の代名詞にもなっているその競技選手を《アクター》と呼ぶ。

 彼らは各国企業の扱う最先端技術の広告塔こうこくとうであり、CAGスタジアムでの競技大会はもちろんのこと、依頼を受けて街中で活躍する何処でも屋フリーランスだ。

 サンシャインと表示された少女はデバイスの向こうで目を細くした。


Cinoohシノー=Favelaファベイラ……ヘンな名前、ブラジル系? え、Rank-Extraエクストラっ!?」


 アクターは実績や装備によってランク付けされ、それによって受けられる依頼の種類や報酬も変化する。

 Rank-Fといえばアクター用の端末デバイス装備モジュールを登録したばかりの駆け出しで、対するExtraはランキングの枠に収まらない規格外であることを表していた。


「し、知ってるわ。荒事用の非公式改造品インフォーマルでしょう? アングラじゃ珍しくもない」


 言いつつも少女の重心がわずかに後ろへズレたのを紫皇は見逃さなかった。


「痛い目にあいたいのか?」


 すごむ声にサンシャインは一瞬、ひるんだように唇を結ぶ。


「言っておくが差は歴然だ。やればお前は大損をするし、俺にだって得はない」

「っ」


 言外に今なら見逃すと紫皇は告げている。だというのに。

 ぱちん、とサンシャインは自身の頬を叩く。


「……人助けってのはね、相手を見てやるもんじゃないのよ」


 逆に腹をえたようにその声は落ち着いていた。


「したいからするの。可哀想ね、計算でしかやることを決められないなんて」


 思考が巡る。簡潔すぎる理屈と見透かしたようなその言葉に。


「……意味が分からん」

「そう。分かったうえでやってるなら処置なしだけど、なら――」


 その一歩は確かな戦意の表れだった。

 紫皇はデバイスの選択肢から【賛同する】をタップして迎えうつ。


「一回は教えてあげるわ! 【起動ブート】 → 【跳ね馬ワイルドホース】!」


 音声命令コマンドと同時、シュウッという吸気音。サンシャインの左足が床へ吸いつくと同時、その小柄な身体が背を向けるように反転した。

 放たれた後ろりを紫皇は両腕でブロックする。


脚甲型キックモジュールと身体強化スーツあたりか?)


 アクターの装備はスタイルや愛好するメーカーによって様々で、非公式のものも含めると無限に組合せがある。サンシャインのそれは陸上系、一部の格闘、球技系種目でも選択肢に入るスタンダードな軽装タイプとみえた。


「っ、ったい、あっ!?」


 一歩も下がらず受け止めた彼女の蹴り足を紫皇は掴む。まくれ上がったシャツから黒いタイツスーツに包まれた脚線が露わになる。いつの間にか競技エリアを取り巻いていた他の客から野太い歓声があがった。


「こ、のっ、別にあなたたちの為にやってるわけじゃないんだからっ →【逆旋リバース】!」


 吸気音、こんどは紫皇が掴んだ足がスーツへ吸着する。それを軸足として、全身のひねりと共にもう一方の足が跳ねていた。

 両手だけを床へと残した、格闘ゲームのような逆立ち蹴り。


「な……んっ!?」


 シャツのすそがフレアスカートのように広がる。


 ところで、身体強化スーツは電気信号で伸縮しんしゅくする外筋肉とでもいうべきもの。性質上、皮膚のすぐ上に着用し普通はその上から服を着る。スーツが覆う部分と社会通念上、少なくとも着衣するべき部分とは必ずしも一致しないからだ。


 ぎくりと動きを止めた紫皇の顔面に、何の障害もなく二発目の蹴りは命中した。


「ぐ、う……ッお、前……なんで……はいてない、ん……だ……」

「へっ……あ!? き、ゃあああっ!」


 白く丸いその輪郭りんかくを両目にとらえたまま、バランサーが壊れたように紫皇の上体は天井を仰ぐ。

 サンシャインの羞恥の叫びが響く中、その意識はシャットダウンされた。

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