→警戒

 真新しいセーラー服と学生かばん。

 ひたいに巻かれた包帯の下で武田祓巳ふつきは紫皇の反応を楽しむように笑った。


「ウチが監視のひとつも付けんと思ぉとったか。筒抜けじゃ、全部」


 紫皇の対人認識はあるところまで距離をおくと一気に精度が落ちる。


「……逮捕されたんじゃなかったのか?」


 全身が《恐れ》で動きにくくなるのを感じながら紫皇は訊ねた。


「はン、親切な大人がおってなぁ。まぁええからツラ貸せぇや」


 そのおびえを見てとったように祓巳は踏み込み、声のトーンを落とす。


「ぐずぐずしとったらあのお嬢ちゃんに何かあるかも知らんからのぉ」

「……分かった」


 脅迫と紫皇は解釈した。抵抗の余地はない。


「ええよ、まっすぐ歩き」


 廊下に出ると祓巳は紫皇の半歩後ろをついてくる。

 前時代的ぜんじだいてきな女学生とスーツ男の組合せは目を引くと思われたが、不思議と人気ひとけはない。


「どこに行くんだ?」

「言う通りに歩いたらええ。余計なことせんでな」


 にべもない返しに、それこそが難しいと紫皇は口を曲げた。

 執着とはよく言ったものだ。サニーと出会ってまだ一日も経っていないのに、彼女が傷付くことやもう会えなくなることがもはや恐ろしくて堪らない。

 震える足を何度目かに踏み出したとき、内蔵デバイスに通知があった。


【CAGイベントエリア内です! 種類:パレード 主催者:※※※※】


 同時にマップが表示される。エリアはほぼ全校舎を囲む形で広がっていた。


 イベントエリアは《盤外戦》のようにモジュールの使用制限はつかないかわりに、広範囲のもよおしを行える申請形式だ。主に《宝探しキャッシング》や《パレード》等で用いられる。


「これは」

「他からちょっかい出されんようにしとるだけじゃ。それにこれでナンボか騒いだところで警察は来んけぇの」


 市の管制はAIと人のダブルチェックだ。だがそれはつまり、AIシステムをだます手段があればその初動を遅らせられるということでもある。


 チャックの音に振り向くと、祓巳は学生カバンから取り出したマスクを顔にあてたところだった。鼻口をおおう防毒用だと分かる。

 紫皇は鼻から数回、外気を取り入れた。


「……気化麻酔薬か?」

「紫皇ぉ、お前わりあい便利な奴やったんじゃのぉ。姉弟子さまに壊されてしまうんが惜しぃなってくるわ」


 祓巳はけたけたと嘲笑うと前方へあごをしゃくる。進め、と。


「見逃してくれ、何でもする」

「無理じゃなぁ。ま、そういうことは姉弟子さまに直接たのんだらええよ」


 幽苺の視界に入った時点で壊されそうだと紫皇は思った。《怖れ》で止まりそうになる足を《倫理》と《合理》で抑えて進む。

 そこでふと、階段の陰からのぞく何かが目にとまる。

 倒れた人の下半身だった。


「……アンジェラ?」

「おい」


 ひとたび個人として認識すれば照合はかなりの精度で行える。服の種類や骨格、肉付きなどから紫皇は彼女だと判断し、駆け寄ろうとする。

 その背中に。


「――ガ、―― ッ 」

「余計なことすな、言うたじゃろ」


 スタンブレードが突き込まれていた。昨晩と同じ場所に、なお深く。

 直接に、物体的に、不可逆に何かが壊れてしまった感触があった。それを最後に、全てのシステムがダウンしていく。


「っと、仕方しゃあないのぉ、事故じゃ事故。ま、どうせ壊されるんに後も先もなかろ」


 もはやログにも残らない音声情報。

 それに重なるように、もう一つの告知が受け手なく響いた。


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